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2 名も無き魔女の最後




 アシュリーとして生まれる前の人生。それはきっと前世と呼ばれるもので、私は魔女だった。


 ほかに名前はない。周囲からはただ魔女様と呼ばれていたから。


『魔女様、どうか忌まわしい干ばつから民をお救いください……!』


 魔女とは、"魔"に通ずる者の尊称だった。

 私が女だったので魔女と呼ばれていたけれど、性別が違えば読み方も違ったのかしら、と思ったこともある。


 世界には、目には見えない力の素が溢れている。

 私はそれを『魔素』とし、体内に吸収することで『魔力』に変化し、身体中に巡らせる魔力の道を『魔管』と呼び改めた。


 千年前、私はこれらの三要素を用いて、精霊の力を借りることに成功した。

 火、水、地、風、光、闇。

 世界を構成する六大元素、自然を司る種族であり、本来精霊とは同じ世界にいながらも決して交わることはない存在だった。


 しかしどういうわけか、私は彼らの意識に呼びかけ、心を共鳴させることで力を借りられた。

 確か誰かが、私という存在が『媒介体』の役割を担っているのだと言っていた気がする。


 私は魔女として民の願いに耳を傾け続けた。実際に民の願いを聞いていたのは私を支持する人たちだったけれど、それでも徐々に国から憂いが消えていくのを肌で感じていた。


 いつしか魔女様として頭を垂れられ、ひれ伏されるようになった。

 もうその頃には、不自由と息苦しさが常に付きまとうようになり、私の話し相手といえば付き人の子どもだけ。その子は、奴隷商に無理やり舌を抜かれたらしく会話ができなかったけれど、数少ない私の友人だったと言える。


 そして18歳を迎えた年のこと。

 空をぶ厚い黒雲が覆い、大地は生気を奪う瘴気で溢れかえった。

 原因は、天から忽然と現れた邪竜によるもので、己以外のすべての生物を滅し尽くすことが動力源だという破壊生物だったのだ。


 皆が、私に助けを乞うた。私だけが邪竜の脅威に立ち向かえるのだと信じた。

 

『……い、っ……で、あい』


 ──行かないでください、と。ただひとり、付き人のあの子だけは私を引き止めてくれた。

 ずっとローブで隠れていた顔があらわになり、その子はぶんぶんと頭を振っていた。そのたびに黒髪が激しく揺れて乱れた。


『あなた、そんな顔をしていたのね。ふふ、ずっとそばにいてくれたのに、まさかこんなときになって初めて見られるだなんて』


 そして、なぜ奴隷商に捕まっていたのかという事情も察した。この子の髪と瞳が、かなり珍しい色をしていたからだ。


『……ありがとう、私と親しくしてくれて。あなたがいたから、寂しさを感じることがうんと減ったの。本当に感謝してる。あなたのこと、誰よりも大好きよ』


 瞳に涙を浮かべるその子の頬に手を添える。


『親愛なる私の最初で最後のお友だち。どうかあなたの世界が、この先も続きますように』


 その子に名前はなかった。というよりも、私が知らなかっただけ。

 魔に通ずる魔女の私は、誰かの名前を呼ぶことさえ許されなかった。舌に乗せた音から、魔力が宿り周囲に影響を与える可能性があるからだ。


 実際にはそんなことないのだけれど、あくまでも私が崇められ信仰される対象であり、その線引きが必要なのだときつく定められていた。


『……っあ、う……だ、ぁ……』


 立ち去る間際、あの子は私になにかを言っていた。残念ながら聞き取ることはできなかった。



『あ〜〜! 本当なら自由に旅をしたり、恋とかしてみたかったぁ!』


 私だって18歳の女だし、巷の女の子たちのような人生に憧れもした。

 結局すべて叶わずに終わりそうなので、邪竜を前にして叫ぶことしかできなかったけれど。


 私は愛用の長杖を握りながら、一歩ずつ邪竜に近づいていく。至るところで竜巻があがっているし、強風に乗って瘴気がびゅうびゅうと体に直に当たっているし、普通の人なら確実に命はなかった。


 ……実を言うと、この辺りから最後の瞬間までの記憶は曖昧で、とにかく私は邪竜をなんとかしようと多くの精霊の力を借りて対抗していたと思う。


 ようやく邪竜を鎮める糸口を見つけることはできたのだけれど。そうそう、それが自分の身を依代にして邪竜そのものを封じなければいけなくて。


 ここに来た以上は覚悟を決めていたし、今さら命が惜しくて逃げるなんて考えは浮かばなかったものの、未練はどうしてもあった。


 その心が、力を貸してくれていた精霊たちには筒抜けだったのだろう。

 

『え? なに? 私の魂を、なにするって──』


 命を賭すその瞬間、七大精霊たちが私にある提案を持ちかけた。

 提案というか、もう私は依代として半分意識を失いかけていたから「試しにやってみるからよろしく」くらいの声かけだったけれど。


『成功するかわからないが、お前の魂を一時的に我々の界域に移そう。次にお前と繋がりを持った肉体が誕生するまで』


 それが千年前の名も無き魔女、私の最後だった。



 ***



「……これ、って…………私、まさか…………っ……()()()()()()()?」


 こうして私は、ルベスト諸侯連邦の海域で前世の記憶を思い出したのだった。


 なぜこのタイミングなのかはまだ把握できていないけれど、ひとつだけ言えるのは──。


「今世の私の立場、ややこしすぎない〜!?」


 人生には未練タラタラだったので生まれ変われて嬉しいけれど、前世魔女の私が今世では出来損ないの聖女候補で、しかも魔女信仰が根強い領土の公爵家に嫁ぐ状況になっているとか、ちょっといろいろ盛りすぎる!



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