21 誰が為の信仰
「わざわざ魔女塔に乗り込んでまで抗議するとは、最近の噂に違わず新興魔女教団っていうのは粗野が目立つ者たちばかりのようだ」
「それはこちらの台詞だシュバルツィア公爵。なにを血迷って聖女などという穢れた信仰者を娶ったというのだ!」
大広間に乗り込んできた新興魔女教団の十数人。その先頭に立つ一人がギルベルト様に食ってかかる。
声は壮年の男性のようだけれど、顔が見えないので具体的な年齢は分かりそうもない。
「……無益な争いをなくすための手段だと再三にわたって説明したはずだが?」
「我々は断じて容認できないと伝えた!」
「ギャンギャン喚きやがってうるせェな。いちいちテメーらの許可なんているかよ」
高圧的な大声に耐えかねてか、ジョルトラ侯爵が獣耳に小指を突っ込みながら口を開く。
聖女の受け入れに否定的な様子だった彼だけれど、どうやら新興魔女教団には賛同したくないみたい。
そしてそれは、ほかの諸侯たちも同じようで……。
「やはりまどろっこしいですわね〜。新興風情など野放しにしておく必要ありまして?」
「今ここで片付けるというのも手か」
「あら、何を生ぬるいことを言っていますの? まずは拘束してじっくりと丁寧にお話をお聞きしないと」
「蟲人族の話とは、毒を使った拷問のことだろう。一人だけ生かして根城を叩いたほうが早い」
やれやれと首を横に振りながら妖艶な笑みを浮かべるウィリケウム侯爵。
さらには冷ややかに双眸を細めたルブルム侯爵代理が腰の武器に手を添えている。
「うーん困ったな。魔女塔で私闘と死闘は厳禁だ。ここは穏便に済ませたいけどね」
「ハッ、穏便にだァ? 腹ん中ではテメーが一番コイツらの息の根を止めたくてうずうずしてるんじゃねェのか」
「あはは、誤解を招くような発言はよしてくれよジョルトラ侯」
「面倒くさいこと、いや。もう海にかえりたい」
続いてグレンツェン公爵、ジョルトラ侯爵、シーニアス双侯爵。各々が意見を口にしている。
「はあ……」
すべての発言を耳にしたギルベルト様は、肩の動きだけでも十分に分かるほどの大きなため息を吐いた。
(なんだか統率がないというか……バラバラな気がするわ)
先ほどの宣誓の際には皆が足並み揃えて立っていたというのに、新興魔女教団を前にした彼らの意見はそれぞれで違っている。
それ自体が悪いという話ではないのだけれど。
しかし、どうにも。
(流れる空気が悪いというか、見ているこっちがハラハラするというか……もしかして六大諸侯たちってそんなに仲が良いわけじゃない?)
そんなことを考えていると、新興魔女教団のほうに動きがあった。
「うわっ」
「きゃっ」
どすん、と荷物を放り投げるように。
新興魔女教団が大広間の床に叩きつけたのは。
(――子ども?)
それは十にも満たなそうな数人の子どもたちだった。
足首には、枷がはめ込まれている。
「なんの真似だ」
ギルベルト様の低い声音が響く。
それまで比較的自由に発言していた六大諸侯たちの顔色にも変化が表れた。
一瞬にして大広間の空気がピンと張り詰めたものに変わる。
「交換条件だ。子どもらと引き換えに、聖女を我々に渡せ」
「その服、孤児院の子どもだな。なぜ傷を負っている?」
「暴れて逃亡を図ろうとしたから少し痛めつけただけのこと。しかしこれも魔典の教えに則った折檻であり我々は魔女様の御心を代弁するため――」
なんて仰々しく言葉を並び立てているけれど、途中からほとんど私の耳には届いていなかった。
(魔典? 教え? なによそれ。魔女の御心の代弁が、子どもを人質にして聖女を炙り出すことなの?)
乱暴に扱われた子どもたちを目にした瞬間、胸の辺りがざわついて、ひどく重苦しくなる。
ルベスト諸侯連邦の地に着いて、多くはないけれど人々の思想や考えに触れてきた。
千年前の魔女――私を崇拝する姿勢には常に驚かされてばかりだったし、自分のことでありながら傍観気味に物事を捉えていた部分もある。
そんな私を『聖女』として見る周囲の目は、疑念や嫌悪、苛立ちや畏怖など、負の感情ばかりだったけれど。
(新興魔女教団のように、魔女の御心を翳して強引に要求を通すような人はいなかったわ)
正直、まだここに来て日が浅い私に何が正しいとか、どちらが間違っているなんて断言できない。
でも、これだけははっきりと言えるわ。
(子どもを痛めつけることが正当化される理由なんて、初めからクソ喰らえよ)
***
新興魔女教団に震える孤児たちを前に、ギルベルトは込み上げる怒りをなんとか内側に留めていた。
今まさに、一番やってはいけないタブーがこの場でおこなわれている。
それは千年前の魔女を信仰する六大諸侯がなによりも理解するところであり、決して侵してはならない"魔女の御心"を踏み躙る行為であった。
(笑わせやがる)
奴らは魔女に盲信し信仰を説いていながら、こうもあっさりと地雷を的確に踏み抜いたのだ。
(――あの人は、子どもを傷つけられるのがなによりも許せなかった)
それすら理解できないくせして、誰が為の信仰だ。
意見が合わなかった六大諸侯たちも、孤児が痛めつけられたのを見て同じような思いに駆られているのだろう。
各々が憤りを覚え、だからこそほんの数秒だけ静止が生まれた。
その最中、ヒールの音がカツンと鳴った。
「あなた方が、私の何を知っているんです」
唱えたのは、六大諸侯の誰でもない。
「御心だの教えだの、それは本人が言ったのですか? 私が、子どもを痛めつける行為を許容すると? …………本当に?」
ゆえに大広間から逃げることもできず立ちすくんでいた参加者たちは騒然とした。
おそらく新興魔女教団に姿を見られないようにギルベルトの背後で匿われていたであろう『聖女』が、ひょっこりと姿を現して、あろうことか意見したからである。




