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19 聖女(魔女)と六大諸侯と夜会 4



「聖女さん、こんばんは。うふふ、円卓の間ぶりね〜」


 現れた二人のうちの一人、蟲人族の六大諸侯が私ににっこりと妖艶な笑みを向けた。


(うわぁ……)


 体のラインがはっきりと分かる光沢感に溢れたドレス姿。上品な色気を纏った彼女に、私たちの様子を密かに窺っていた夜会参加者たちは頬を赤く染めていた。


 男女問わず、良い意味で美の暴力の当てられている。かくいう私もその一人だった。美しすぎて目が眩しいわ。


 そんな人が私に微笑みかけてくれるものだから、まじまじと見てしまう。


「そこまで分かりやすくうっとりするやつがあるか」

「……はっ、すみません」


 呆れ口調のギルベルト様に諭され、私は居住まいを正す。

 改めて彼女に向き直り、謝罪を入れた。


「大変失礼をいたしました、ウィリケウム侯爵様」

「ふふ、構いませんわよ〜。円卓の間では早々に退室なさっていたから、お話できるのを楽しみにしていましたの」

「私と、ですか?」

「ええ、もちろんですわ」


 にっこりと目を細めるウィリケウム侯爵に私は驚いた。

 ジョルトラ侯爵とはまるで異なり、同じ六大諸侯である彼女の態度は誰が見ても私に好意的だったからだ。


「では改めて、わたくしは、ヴァイオラ・ウィリケウム。ご覧の通り蟲人族です。蟲人族はこのような異形の姿ばかりですけれど、どうかご容赦くださいませね」


 するとウィリケウム侯爵の背にある半透明の蟲羽がカサ、と小刻みに動いた。光を纏った細かい鱗粉が床に落ちていく。しかし、完全に下に落ちる前に鱗粉は綺麗になくなってしまった。


(異形だなんて)


 ジア帝国には人間以外の種族はいない……と言うのは語弊かもしれないけれど、異種族が堂々と暮らしていける国ではなかった。


 そのためジア帝国では、人間以外の種族を見たことがない人が大半である。だからウィリケウム侯爵はあえて先手を打つような発言をしたのかもしれない。


 あなたたち(ジア帝国)にとっては異形でしかないでしょうから、怖がらせないように先に謝っておきますね――と。


(千年前も、獣人族と蟲人族は見た目からいろいろと誤解を受けていたわね)


 特に蟲人族は見た目による周囲の反応が顕著に表れていたと思う。ウィリケウム侯爵は人間に近い姿をしているけれど、血筋によって姿形はかなり変わってくる。


(異端と同じく、異形は否定的な意味合いとして使われることが多いのに)


 ジア帝国出身の私を気遣ってくれたのか、ウィリケウム侯爵の口から「異形の姿」と言わせてしまったことに、なんだか申し訳なく、そして少し悲しくなった。


「あの、ウィリケウム侯爵様」

「なんでしょう?」

「お気遣い痛み入りますが……ただ種族の特性が反映されたお姿、というだけのことですし、私は蟲人族を異形だとは思っていません」


 そう言ったところで、ウィリケウム侯爵の表情に少しの変化が表れた。


 笑ってはいるけれど、口角がほんのわずかに下がっている。

 いらないことを言ってしまったかもしれないと、私は早々に発言を切り上げた。


「と、とにかく、こちらこそよろしくお願いいたします!」


 ギルベルト様の妻を名乗る以上、六大諸侯の反感を買うわけにはいかない。

 そんな理由がなくたって私としては穏便に交流したいわけで、ジョルトラ侯爵の二の舞になるものかと気合いの入った笑みを浮かべた。

 

「ウィリケウム侯、そう牽制しなくとも彼女はどの種族に対しても寛容だ」

「……ええ。そのようですわね。シュバルツィア侯も、この短時間で随分聖女さんと仲良くなられたようで」


 ウィリケウム侯爵はギルベルト様にうっすらとした笑みを向けた。


「だからそれもひっくるめてなんかおかしいってオレ様は言ったんだ! 聖女の受け入れに不満を持っていたはずのヤツが、気色悪ィくらいエスコートしやがって」


 二人のやり取りを聞いていたジョルトラ侯爵は、私を睨みつけながら「グルル」と獣人特有の唸り声をあげた。


「妻をエスコートするのは夫の役目だろう」

「ハッ、その妻に出会い頭で離婚だなんだと言われていたのはどこのどいつだァ?」

「いろいろと誤解があっただけだ。今はこうして互いに納得した上でいる。そうだろう、アシュリー」

「は、はい。先ほどは勢いあまってとんでもないことを口走ってしまいました。六大諸侯の皆さまにもご迷惑をおかけしまして申し訳なく思っています」


 とは言ったものの、ジョルトラ侯爵は全く納得していない様子だわ。

 彼の言う「匂い」の正体がはっきりしない以上は、どうしたって警戒を緩める気はなさそうだ。


「…………匂いは、わからない、けど……音は、変」

「え?」


 その時、後ろからくいっと裾を引かれた。

 振り返って確認すると、魚人族の少女が立っていた。


 私よりもはるかに背が小さく小柄でヒレ耳をぴろぴろと動かしたその少女は、六大諸侯の一人、シーニアス侯爵である。


「ほら見やがれ! 獣の鼻と魚の耳がその女の発する何かに気づいたんだっての。これで分かっただろォ!」

「……変、だけど。いやじゃない」

「アア? なんだって?」

「ライオンくんは、ちがうの……? あたしは、この音すき……ライオンくんは、そのにおい……きらいだった?」


 たどたどしい言葉を発しながらも強く断言したシーニアス侯爵に、ジョルトラ侯爵は私をちらっと一瞥したあとで狼狽え始めた。


「す、好きとかそういう話をしてんじゃねェ!」

「…………じゃあ、きらいな匂い?」

「意味のわからねェ匂いだって言ってんだよ!」

「……ライオンくん、わんわんおこってばっかり…………こわい」

「わんわん言ってねェし、つーかそのライオンくんってヤメロ!」


 堪らず怒鳴り声をあげたジョルトラ侯爵から逃げるように、シーニアス侯爵は私の後ろに身を隠した。


 腕に当たるシーニアス侯爵の手のひらは、思いのほか冷たくひんやりとしていた。


(えっ、えっ、隠れるのは私の後ろでいいのかしら? 警戒はされていないようだけど。というかジョルトラ侯爵、ライオンくんって呼ばれているの!? ……やだ、可愛いっ)


「聖女の発する神聖力の特別な気配に君の嗅覚やシーニアス侯の聴覚が刺激を受けた、という結論でひとまず収めたらどうだい?」


 コツンコツンと優雅な靴音を引き連れて現れたのは、ハッとするほど色素の薄い髪と瞳を持つ青年だった。


「君の声はこの会場中によく響くからね。広がらないようにシュバルツィア公あたりが防音魔法をかけているようだけど、俺たち六大諸侯が必要以上に騒ぎを大きくしてはいけないよ」

「先ほどから喚きすぎだと言っているのだぞ、若輩猫」

「なんだと根暗鬼ィ!」


 さらにはジョルトラ侯爵を窘めるようにして、額上に二本角を生やした鬼人族の青年がやってくる。


(この色素の薄い人が白公爵で、こっちの鬼人族の人は確か六大諸侯代理で……あれ、ということは)


 いつの間にか六大諸侯(代理含め)がここに勢揃いしている……!?



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