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18 聖女(魔女)と六大諸侯と夜会 3



「アシュリー……アシュリー?」

「はっ!」


 長杖、虫取り網、洗濯物、下着……。

 特定の単語がぐるぐると頭の中を行ったり来たりしていると、視界いっぱいにギルベルト様の顔が現れた。


「アシュリー、聞こえるか」

「……ギルベルト様、いつお戻りに?」

「今だ。そうしたらお前が放心しているってノクスとラナが慌てているから何事かと思っただろ」


 はあっと息を吐き出したギルベルト様の様子に、私は慌てて謝った。


「申し訳ありません、ちょっと心の動揺を隠しきれず……」

「動揺?」


 魔女時代に多用していた長杖があんなに仰々しい代物として遺されているとは知らなかったんです。……とは言えず、私はやんわりと首を振って「いえなんでも」と答える。


 ギルベルト様は訝しげにしながらも深く聞いてはこなかった。

 その理由は、ギルベルト様の肩を叩き掴んで現れた彼が原因だろう。


「よおォ、シュバルツィア公ォ」

「ジョルトラ侯、声をかけるなら普通にかけろ」


 ギルベルト様は嘆息し、自分の肩に乗せられた手を払いのける。ジョルトラ侯と呼ばれた獅子耳の青年は、ニヤリと口の端を曲げた。


「ツレねぇなァ。宣誓が終わったなら、テメーの番をオレ様に紹介しろよ」

「……アシュリー。コレはガウラ・ジョルトラ侯爵。六大諸侯の一人、獣人族の領主だ」


 挑発的な発言や目つきに一切動じることなくギルベルト様は紹介してくれた。

 それにしても六大諸侯をコレって。大丈夫なのかしら。


(彼が獣人族の……この時代は獅子が長なのね)

 

 細身ながらガッシリとした体躯に少し焼けた肌。ほかの参加者よりもかなり薄着な装いは、ジョルトラ領の気候が反映されているのか、布が少ない代わりに装飾品が多く取り入れられていた。


(確かジョルトラ領はほとんどが熱帯だったわね。だけど魔女時代は魔素の異常変動で雨季が全くこなくて、長い乾季に苦しめられていたわ)


 それも千年前の記憶なので、状況が大きく変わっているかもしれないけれど。


(ギルベルト様もそうだけれど、六大諸侯って思いのほか若い人が多いわよね。この人なんて、私と同じくらいかそれより少し下に見えるわ)


 ガウラ・ジョルトラ。彼は、私が円卓の部屋に入った際に見かけた諸侯の中でもかなり印象に残っている。すごく笑い転げていたし、一番騒がしくしていた人だから。


「初めまして、ジョルトラ侯爵様。アシュリー・ダフネルと申します」


 獲物を射止めるような鋭い眼光に見つめられながら、私は優雅にお辞儀をしてみせる。

 

「お前が、聖女」


 すると、ジョルトラ侯爵は静かに目を窄め、鼻をクンと動かした。

 顔を顰めながら足を前に動かし、ジョルトラ侯爵は私に詰め寄ってくる。


 その瞬間、わかりやすくあった敵意がほんのりと緩み、奇異そうな面持ちに変わった。


「…………。円卓の間じゃ気にしてる暇もなかったが、なんだこの匂い? お前、なにを肌に擦り込んでいやがる」

「肌に……? ええと、確か身支度を手伝ってくださった方が練り香水というものを少しつけてくれたはずですが」


 ほんのりと香る花の香りに癒されていたのだが、匂いがきつかっただろうか。

 話では獣人族の鼻にも配慮された調合がされているとか、つけてもらう際に説明を受けたけれど。


「違ぇよ、そんなわかりやすい香料じゃねェ。もっとこう…………なんだァ?」


 すると、ジョルトラ侯爵はさらにクンクンと鼻を動かした。

 難しい表情を浮かべるさまは、まるで難解なパズルに挑む子どものように不可解さを極めている。


(よくわからないけれど、ずっと顔が険しいわ。やっぱり私、臭い……?)


 しかし、そのような反応をしているのはジョルトラ侯爵のみ。彼の背後に控えている護衛の獣人たちは、あからさまに聖女の私を警戒した様子だった。


「ジョルトラ侯。いくら獣人族が匂いに敏感とはいえ、人の妻を執拗に嗅ごうとするのはいただけないな」


 その瞬間、隣に立つギルベルト様が私を腰を抱き、近くまで引き寄せた。

 さり気ない動作にされるがままでいると、対峙したジョルトラ侯爵がむっと表情を顰める。


「なにが人の妻だ気色悪ィ。聖女相手にいつまでパフォーマンスを続けてんだっての。その女が意味のわからねェ香りを漂わせてんのが悪いんだろーが!」

「その香りとやらを気にしているのはお前だけに見えるが?」

「……知るかよ! オレ様は人一倍鼻が利くんだ。そのオレ様がなにか嗅ぎとったってことは、確実になにかあるってことなんだよ。おい聖女ォ!!」

「は、はい」


 感情の起伏に合わせて尻尾を左右に乱暴に揺らしたジョルトラ侯爵は、鋭い目つきで私を睨んだ。


「テメー、やっぱりなにかしてやがるなァ? オレ様の鼻を狂わせて、油断を誘う魂胆だろうがそうはいかねェ!」

「……はあ」


 心当たりのない私はその勢いに押され、ぽかんと口を開けて相槌を打つしかできなかった。


(香りってなんのこと? まさか神聖力と魔力の両方を持っているから、一部にしか判別できない独特の香りを発生させてしまっているとか……なんて、そんなことあるのかしら)


 しかも最悪なのはジョルトラ侯爵の周りに控える護衛の獣人たちが「ガウラ様が言うんだからなにかある!」という判断をして私を敵認定しかけていること。


「あらあら〜、こちらまで大きな声が飛んできていたけれど、ジョルトラ侯、なにか問題でもあって?」

「…………うるさい……」


 不穏な空気に包まれつつあったこの場に、穏やかな女性の声音が響く。


「ウィリケウム侯、シーニアス侯」


 ギルベルト様の視線の先には、蟲人族と魚人族の特徴を持つ二人の人物が立っていた。



 

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