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1 欠落した出来損ない聖女候補



 テイル大陸最大のジア帝国は、千年の歴史を誇る宗教国家だ。


 千年前、大陸中を覆った"災い"に立ち向かい、見事平和を取り戻した大聖女レグシーナの尊名を掲げ、レグシーナ教を国教として定めている。


 帝国の中心である大司教座都市・皇都イグドラシルには、大聖女レグシーナの聖墓があるとされており、それは巨大な大樹によって守られていた。


 この千年、大聖女レグシーナの恩恵は途絶えることなく今代にも続き、毎年ジア帝国の民からは『神聖力』を宿す赤子が数十人単位で誕生していた。


 神聖力を宿す者はもれなく、女は聖女候補として、男は聖女を守護する聖騎士として、誉高い人生を歩むことになるのだった。


 とまあ、信仰心がそれはそれは根強く、テイル大陸の人間の半数以上が当たり前のように崇拝するのがレグシーナ教である。



  ──ちょっとここで、私についての説明を少しだけさせてほしい。

 私の名前は、アシュリー・ダフネル。はるか昔、大聖女に忠誠を誓った七聖使徒家の末裔、ダフネル子爵家の私生児である。


 七聖使徒家の血筋は高い神聖力を有し、レグシーナ教と帝国を支える存在だ。

 私生児ではあるけれど、一応私もダフネル直系子孫の血が半分混じっているので、例に漏れず神聖力を宿していると思われていた。


 しかし私の体には、ほんのわずかの神聖力しか備わっておらず、代わりに魔力という禁忌のエネルギーが秘められていたのである。


 なぜ禁忌なのかといえば、千年前に大厄災を引き起こした災いの象徴である魔女が宿していた力であり、レグシーナ教では当然のように悪しき力とされていたからだ。


 私に魔力があると知った父は、本気で私を秘密裏に始末するか悩んでいたらしい。

 なにせ七聖使徒家という尊号を担う家門の当主であるわけだし、位でいうと末席の七番目。立場が弱いために断罪を恐れたのだ。


 そこで父が起こした行動というのが、隠蔽である。

 

 異母兄、異母妹よりは劣るけれど、質と量は規定範囲内だと嘘をつき、素知らぬ顔で私を聖女候補として入教させたのだ。


 そして齢7歳で聖女候補となった私は、それからの月日を修行に捧げた。

 しかし、元から神聖力が少なかった私は、どんなに頑張っても並以下であり、次第に出来損ないの聖女候補と言われるようになっていった。


 転機が訪れたのは、18歳の成人の儀だった。

 掻い摘んで結果だけを言ってしまうと、完全にバレたのである。私の神聖力が小鳥の涙程度のものしかなかったということに。


 しかも隠蔽工作をしていた張本人である父は、私がダフネル家の聖具を勝手に持ち出し、私の判断で神聖力があると嘘をついていたのだと言い放った。

 さらには身に覚えのない罪や数々の汚職行為まで被る羽目になってしまい、私は聖女候補から罪人へとあっという間に成り下がった。人間、落ちるときはとことんらしい。


 そこからはトントン拍子に事態は動き、私は教団の地下牢に一時投獄され、大司教がどのような決定を下すのかを静かに待っていた。


 1ヶ月後。私の元に訪れたのは、すっかり嫌悪の表情を隠さなくなった異母兄だった。元から好かれてはいなかったけれど、騒動の後は顕著な変化となって表に出ていた。


「アシュリー。今からお前には、ルベスト諸侯連邦のシュバルツィア家に向かってもらう」

「シュバルツィアって……あの、黒公爵の?」


 大聖女レグシーナの時代、時を同じくして複数の民族がテイル大陸の最東端に広がる大地をそれぞれ割拠し、幾度となく戦争を繰り返していた。

 それらが統一され、最終的に出来上がったのがルベスト諸侯連邦である。


 そしてルベスト諸侯連邦とは、シュバルツィア公爵家を含め、テイル大陸で唯一レグシーナ教ではなく、災いの象徴の魔女を信仰しているため帝国とは折り合いが悪かった。


「ああ、そうだ。そこでお前に役目の遂行を命ずる。詳細はこの紙に記載してある。尚、これは大司教の寛大な措置であり、今後ダフネル家がお前と関わりをもつことはないと思え」


 腹違いの兄からから事実上の絶縁を言い渡された。

 

「はあ」


 だというのに、私は短く声を出すだけ。それが異母兄の癪に障ったのか、彼は鉄格子をゴンッと拳で叩いた。


「昔からそうだな。お前は動く人形のようだ。感情は希薄、常になにを考えているのか理解できない。ただ呼吸しているだけの、欠落した人間だ」


 欠落した人間。

 そう、神聖力と魔力の秘密のほかに、それが私の抱えるもうひとつの問題だった。

 

 聖女候補でありながら、まるで心がない。


 意思はあるし、思考もできる。

 しかし異母兄の言うように私は人間として大きく欠落していた。だからこそ父が隠蔽を企てたときも、まるで他人事のように従うだけだった。


 生まれつきそういう人間もいるというのは知っている。

 先天的であれ後天的であれ、感情が欠如して生まれてくる人がいて、信徒の中にも極小数だけれど存在した。


 しかし、私のはそれとも違っていた。

 具体的にどこがどう違うという説明はできないけれど、なにか別の問題がある。

 そんな直感が働いていたからか、異母兄は私を薄気味悪く思い、過剰に疎んでいたのだと思う。あとは無意識に魔力の気配を感じ取っていたとか、そんなところね。



 私の中に欠けている"得体の知れないなにか"。

 それを理解できたのは、あれよあれよと皇都を追い出され、ルベスト諸侯連邦の海峡に入った瞬間のことだった。


「うっ、おえええっ」


 突然、激しい頭痛と吐き気に見舞われた私は、移動船の甲板でうずくまった。

 ズキン、ズキンと重々しい鼓動を刻みながら、頭には濁流のように記憶が流れ込んでくる。



「……これ、って…………私、まさか…………っ……()()()()()()()?」



 すとん、と心と体がひとつになった感覚。


 私の、アシュリーの魂と、もうひとつの私の魂が溶け合うような、不思議な心地がした。

 私は頬を伝っていた脂汗を拭い、顔を上げた。



「……思い出した。私、聖女じゃなくて、魔女だったわ」



 千年前、この時代で言うところの"災い"を鎮めるために命を賭した記憶がある、魔女である。


 けれど、あれ?

 どうして私がその災いの象徴になっているのかしら。




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