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《幕間》六大諸侯円卓招集会



 ――アシュリーが『離婚していただけませんか』と告げに来る少し前のこと。


 ルベスト諸侯連邦六大諸侯の一人、黒公爵ギルベルト・シュバルツィアは円卓の間の椅子に腰掛けて物思いにふけっていた。


「おい! おぉい!!」

「……あ?」

「オレ様の近況報告中に堂々と考え事とは、いいご身分だなァ、シュバルツィア公ォ。ちゃんと話は聞いていたのかよ、なァ?」

 

 ギルベルトから見て左斜め前の座席に座った獅子耳の青年が吠えるような勢いで言った。

 苛立ちよりも挑発の色が濃い表情に、ギルベルトは脚を組み直して鼻を鳴らす。


「この精確な書類のおかげで大方理解できる。ジョルトラ侯、また補佐に書類作成を丸投げしたようだな」

「な、なんのことだァ」

「貴様にしては知性に溢れすぎた文字羅列だと遠回しに言っていると気づけ、若輩猫」

「テメェ今なんつった根暗鬼!」


 獅子耳の青年、六大諸侯の一人であり、獣人族を束ねるガウラ・ジョルトラ侯爵は、キッと正面を睨みつけた。


「獣の耳がありながら聞き取れなかったのか、若輩猫。それは飾りということか? そして僕が根暗なのではない。貴様が粗暴なのだ」

「なんだとォ!? オレ様は猫じゃねェ! ライオンだァ!」


 根暗鬼と呼ばれるのは、額上に二本角を生やし、寡黙そうな見た目に反して容赦なく毒づく鬼人族の青年、シン・ルブルム諸侯代理。

 彼は苛立った獣人侯から威嚇の声をあげられてもすまし顔で腕を組んでいる。


 この円卓の間では最年少の諸侯と諸侯代理である二人は、昔から犬猿の仲であり、顔を突き合わせれば口喧嘩を始めていた。


 そんな二人を昔から知るギルベルトからすれば、子猫と小猿がわちゃわちゃじゃれ合っている光景にしか見えないのだが、円卓の間でもこの調子なのはいただけない。


「どちらも口を慎め。ジョルトラ侯、俺は誰が書類を作成しようが構わない。それこそ得意な者に丸投げしようがそれはそちらの勝手だ。だが、中身と説明内容が食い違っているのはどうなんだ?」


 ギルベルトは獣人侯から配布された書類の束を持ち上げ、ひらひらと振って見せる。

 自分の失態に気づいた彼は、反論することもできず耳と尻尾をへにゃりと垂らしていた。


 獣人侯は頭脳明晰とはほど遠いが、決して馬鹿ではない。書類仕事が性に合わない性格というのも理解している。


 しかし、せめて頭の中だけでも領内のことは詳細に把握しておくべきだ。六大諸侯の招集会ともなればなおのこと、他領のギルベルトに指摘されていてはまだまだ未熟と言わざるを得ないだろう。


 とはいえ――。


「ルブルム侯代理、お前ももう少し穏便に済ませろ。じゃれたり口喧嘩をするなら外に行け、この場に来てまですることではないだろう」

「……以後気をつける」


 シンは案外あっさりと非を認めた。ギルベルトには頭が上がらない様子である。


「うふふ。お見事ですわね〜、シュバルツィア公爵」


 ギルベルトの右斜め前に座した優美な女性がぱちぱちと軽い拍手をしていた。

 薄紫色の肌と前頭部には二本の触覚という身体的特徴を持つのは、蟲人族を束ねるヴァイオラ・ウィリケウム侯爵だ。


「ウィリケウム侯、どうやらお楽しみいただけたようでなによりだ」

「わたくしも仲裁に入るべきか迷いましたけど、仲睦まじい兄弟のように見えましたので、静観させていただきましたわ〜」

「俺も同じく」


 蟲人侯に便乗するように手を挙げたのは、ギルベルトの対面位置に座る青年、シリウス・グレンツェン公爵。通称、白公爵と周囲からは囁かれている。


 黒公爵という領地の歴史や雰囲気、力が深く絡んだギルベルトとは違い、彼が白公爵と呼ばれる第一の理由はその風貌にあった。


「グレンツェン公、お前も随分と呑気に傍観していたな」

「あはは、そんなに根に持たないでくれよ。俺が止めるよりも、君のほうがこの子たちは素直に聞く耳を持つだろう?」


 透き通る白髪と、肌。色素の薄い白銀の瞳は、まるで雪の結晶のようにどこか儚く美しい。

 世界を構築する六大元素。その各々の自然を司る精霊の加護下で、おそらく『光』属性一番の使い手である彼にふさわしい風貌と言えた。


 しかし、そんな白公爵を含め、どの諸侯をも凌ぐ実力を持っているのが、闇公爵であるギルベルトだ。


 六大諸侯の中でも極めて強力な闇の力を扱い、さらには生まれつき()()()()()が備わっているため、高い評価を受けていた。


「お前の場合は、無駄な労力を使いたくなかっただけに思えるがな」

「いやいやそんな、俺だってやるときはやりますよ。ねえ、シーニアス侯」

「…………あたし、あんた、よく知らない」

「ええ!? 一応何度か顔を合わせているのにかい?」

「そうだっけ……?」


 社交的な白公爵の言葉をばっさり切り捨てたのは、ギルベルトの左隣席でちょこんと膝を抱えて座る水色髪のヒレ耳少女、魚人族を束ねる長の一人であるアクアナ・シーニアス双侯爵だ。


 アクアナには双子の兄がおり、海上都市と海中都市を分担して統治する関係で、二人揃って同等の爵位を保持していた。そのため双侯爵とも呼ばれている。


 またアクアナは海中都市にいることがほとんどであり、六大諸侯の招集会も双子の兄が出席してばかりだった。しかし今回、内向的すぎるアクアナに「たまには地上の空気を吸ってこい」と兄に背を押されたことで、渋々現れたのである。


「……黒公爵、けっこん、おめでとう」


 突然、アクアナが横を見て言った。


 各領地の近況報告も終わり、雑談に移行するのは何ら不思議ではないものの、まさかアクアナがこの話題を振るとは誰も思わなかった。


「祝いの言葉、感謝する」

「…………うん。でも、聖女だから? ずっと音が、イライラしてた」


 魚人族のアクアナには、常人にはわからない音波を感じとることができる。

 表情にはさほど出ていなかったギルベルトも、このような指摘を食らって黙り込む。


 態度からは察せなかったほかの諸侯たちも、ギルベルトが内心穏やかでないことくらいわかってはいた。

 なんたって聖女である。ジア帝国レグシーナ教団からやって来る、魔女を災いの象徴と侮蔑し、異教徒と罵るやつらだ。


 すでに決議が成されて六大諸侯合意の上で締結された契約とはいえ、聖女を受け入れる心の準備ができているかといえば、おそらく誰もが首を横に振ると思う。


 それでも民のため、領地のため、精霊の加護が込められた大結晶の修復に神聖力を頼るほかない。


 このまま大結晶の修復が間に合わず、精霊の加護が失われてしまえば、より大きな問題に繋がりかねないからだ。


「……チッ、気分がわりィ」

「こらこら舌打ちはよくないよジョルトラ侯。シーニアス侯が怯えているじゃないか」


 にこやかな笑みを顔に貼り付けて宥める白公爵だが、彼の目が一番殺伐とした雰囲気を放っていた。

 魔女信仰に熱いグレンツェン公爵家が、今回の件を快く承諾していないのは当然のこと、どの諸侯よりも腸が煮えくり返る思いなのだろう。


「うふふ、けれどわたくしは、少し興味がありますわ」


 頬に手を添えて朗らかに言った蟲人侯に、各々の視線が注がれる。


「魔女様を冒涜し続け、長い歴史において何度もこちらを裏切ってきたレグシーナ教団……その根源からおめおめとやって来る聖女がどれほどのお方なのか、今からとても楽しみです」

「ふん、傲慢で浅はかな女に違いない」

「鼻が曲がるような気色悪い臭いをさせてるに違いねえェ」

「たまにはまともなことを言う」

「たまにはってナンダ!? そこは余計だァ!」


 こういうところでは意見を合致させる獣人侯と鬼人侯代理に、ギルベルトは内心ため息を吐いた。


 考えも価値観もバラバラで、本来ならいがみ合っていた種族。

 そんな者たちの共通点といえば、千年前に生きた魔女を敬っているということ。

 どんな理由であれ、異なる種族の長が一堂に会せるのは、魔女という絶対的な対象があってこそなのだろう。


 しかしその保たれた均衡も、年月をかけて少しずつ崩れゆこうとしているのを、ギルベルトは予感していた。


 大地も、加護も、六大諸侯も――限界なのだ。


 千年前、初代六大諸侯たちは、魔女を想って『誓い』を結んだ。

 強い信仰心、何代にも続く誓いの継承によって起こる代償が、少しずつ各々と取り巻くすべてを蝕んでいる。


(…………この状況を、あの人は、どう思うだろうな)


 過ぎ去りしあの頃が不意に脳裏をよぎる。

 記憶に触発されて舌がどうにも疼く。葉巻を咥えたい気分だがさすがに自重した。


 ギルベルトは静かに瞼を下ろし、背景を打ち消した。


 その時、円卓の間の扉が開け放たれた。

 ギルベルトは立ち上がって予期せぬ乱入者の姿を確認する。


「何者だ」


 すると、現れた少女は初めこそ焦った様子だったが、ギルベルトを見つめる顔には歓喜の感情が滲んでいた。



「はじめまして、親愛なる旦那様――」


 頭上から降り注ぐステンドグラスの光を浴びているからだろうか。

 

 淡く透き通る白茶色の髪と、澄んだ紅色の瞳の可憐な少女。

 ギルベルトにはその者の姿が、ひどく幻想的で、神々しくさえ見えたのだった。





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