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12 失われる精霊の加護



「精霊の加護が、失われている……って、どういうことですか?」


 動揺が声色に出る。そんな私の様子を少々気がかりそうにしながらも、シュバルツィア公爵は話を続けた。


「……火、水、地、風、光、闇。精霊は世界を構成する六大元素であり、自然を司る種族。だが本来同じ世界にいながらも決して交わることはない存在と言われている。ここまでは知っているか?」

「はい。教団の教えにも精霊の概念はありました。ただ、六大元素の枠組みに収まらないさらなる奇跡の力、神聖力が上位互換であると学びましたが」

「は、これはまた大層なことで」


 教団の教えに関する内容には、シュバルツィア公爵も面白くなさそうに肩を竦める。


「ルベスト諸侯連邦では、精霊が息づく際に魔素が生成され、大地に降り注ぐことで生物は恩恵を受けるとされている。そして精霊が俺たちの世界に干渉するために必要なのが大結晶だ」

「精霊が世界に干渉するための、大結晶…………」

「なんだ? どうかし……」

「ああああーーーーっ!!!」


 ここまでの話を踏まえて、私は堪らず声を上げていた。

 突然の奇声を聞いたシュバルツィア公爵は、何事かと腰を浮かせる。


「うるせえ」


 しかし私の反応を見て緊急性はないと察すると、顔を顰めて一喝した。


「も、申し訳ありません……」


 そう言いつつも、私の頭は大結晶に関する気づきでいっぱいだ。

 気づいたというか、唐突に思い出したというか。


 精霊が世界に干渉するために必要な大結晶。

 それは千年前に、私の魔力によって生み出された「結晶化空間」の用途と酷似していたのである。


(大結晶と結晶化空間……呼び方は違うけれど、媒介としての役割は同じだわ)


 千年前、ルベスト諸侯連邦でいくつもの争いが勃発した背景には、この大地に精霊が干渉できずにいたことも大きな要因となっていた。

 それを解消するため、私は精霊の界域と大地との間を仲介する結晶化空間を各領土に作ったのだ。


「公爵様、ひとつお聞かせいただきたいのですが」

「今度はなんなんだ。いきなり騒がしくなったり静かになったり、忙しいやつだな」


 苦言を呈しながらもシュバルツィア公爵は「なにが聞きたい」と片手をこちらに向けてくる。


「その大結晶は自然にできたものなのですか」

「……なに?」

「ほら、そのう……自然発生したものを各諸侯の方々が守護するというのも奇妙な感じがしまして。誰かの手によって生み出しているからこそ、守られているし修復が必要なのかなぁとか、ちょっと疑問に思いまして」


 探るような目つきを向けられたため、なんとなく居ずらくて視線が下に落ちていく。

 私はつんつんと自分の人差し指同士をくっつけたり離したりしながら平静を保った。


「お前の推察通り、大結晶は千年前に魔女様の魔力によって作り出されたものだ」


 思いのほかさらりと答えてくれたので、一瞬反応に遅れてしまう。けれどすぐに深い嘆息が漏れた。


(大結晶ってやっぱり私が作った結晶化空間のことじゃないの!!!)


 そうだと確定した途端、私の中で大結晶の修復が一気に他人事ではなくなってしまった。

 

 魔力とは用途に合わせて力を扱う際に必ず消耗するもの。しかし結晶化させることで消耗を防ぎ形を残したままでいることができる。

 しかし千年もの時間が過ぎれば劣化や綻びが出ても不思議ではなく、だからこそ今回の修復に繋がるわけで……精霊の加護も失われつつあるということなら……。


(魔菅が損傷している今の私じゃ元の状態に戻すこともできないし、かといって何もせずにいるのは落ち着かないわ……って、ん?)


 ついひとり黙々と考え込んでいた私は、すぐ隣から感じた気配にふと顔を上げて確かめた。

 

「ここ、公爵様!?」

「随分と自分の世界に入り込んでいたな?」


 いつの間にか私の真隣に座っていたシュバルツィア公爵は、自分の膝を肘置きにしてこちらを観察していた。


「さっきの奇声といい質問といい、なにか気がかりなことがあるんだろ。一体なにを考えてる?」

「そ、そんな大した内容では。少し情報を整理していただけです」

「お前、それで誤魔化せたつもりなのか。誤魔化すにしても相手は選んだほうがいいぞ」


 まずい。かなり怪しまれてしまっている。

 大結晶の話をしてから心ここに在らずで神妙な顔を晒してしまっていたのだし、変に思われても仕方がないけど。


 どう誤魔化そうか口をもごつかせていると、部屋の扉がノックされた。


「入れ」


 シュバルツィア公爵の了承を得て入ってきたのは、黒い服装に身を包んだ青年である。


「兄さん、夜会予定時刻3時間前になりました」

(兄さん!?!?)


 驚愕する私の隣で、彼は軽く頷いた。


「もうそんな時間か。アシュリー、話は一旦中断だ」

「え、ですが……」

「最初に拒否権はないって言っただろう? ひとまずお前は、3時間後の夜会のため俺の妻としてふさわしく着飾ってこい。いい加減その使用人服を脱いでな」


 そう言ってシュバルツィア公爵はチラッと私の装いを目視する。


「これって使用人服だったのですか」

「気づかなかったのか? 誰が用意したのか知らないがおそらく嫌がらせだぞ」

「着心地も良いし、用意してくださるだけありがたいですし。それにある程度肌も守れていますから十分です」


 でも、これであの女性使用人たちの表情に納得がいった。嫌がらせをしたつもりが感謝されてバツが悪かったのだろう。


「…………。謝罪は入れておく。家門の者が悪かったな」

「いえ、こちらも嫌われる立場だと理解していますので」


 案外そういったところを気にするシュバルツィア公爵に笑みを浮かべながら、私の視線は扉の前に立つ青年へと移る。


 シュバルツィア公爵もそれに気づいて紹介してくれた。


「俺の弟、ゼインだ」

「初めまして、ゼイン様。アシュリーと申します。よろしくお願いします」

「……どうも」


 あら、ムスッとした顔をされてしまったわ。

 シュバルツィア公爵とよく似た容姿をしているけれど、彼のほうが少し童顔だ。年齢を聞けていないのでもしかすると年相応なのかもしれないけれど。


「じゃあ、とりあえず行ってこい」


 そんなほらさっさと行けみたいなジェスチャーをしなくても……。


 話が中途半端に終わってしまい不完全燃焼といった感じだが、どうやら私は彼の妻としてこれから行われる夜会に参加しないといけないらしい。


 円卓の部屋でも額に触覚を生やした──虫族の諸侯の方がそんなことを言っていた気がする。


(当初の目的とはだいぶ予定が変わってしまったけれど、大結晶のことも気になるし、今は公爵様の案を受け入れるべきかしら)


 にしても雑に退室させるなぁと思ったけれど、彼は私が逃げ出したところで行く宛てなど特に決まっていないことを見透かしていたのかもしれない。

 それか、容易に捕まえる自信があるのか。


(ひとまず様子見ね)


 そう考え、私は大人しく従うことにした。



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