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11 妥協案




 シュバルツィア公爵のごもっともな意見を聞きながら「二度目の人生、そう上手くはいかないものね」と考える。


「やっぱり処断とか、こちらでも罪人として拘束されるのでしょうか……」


 もう死にたくはない。それが切実な願いだ。

 でも、私は処断されてもおかしくない状況にある。


 するとシュバルツィア公爵は、クッと小さく吹き出した。


「そう世界の終わり間際みたいな顔をして結論を急くな」


 ……ある意味世界の終わり間際は見たことあるけれど。そんな冗談言っていられないわ。


 私は肩を落とし、詫びるように頭を下げた。


「いえ、さすがに上手くいけばさくっと離婚して今度こそ自由な人生を送れるかも、なんて都合の良い夢ばかり考えていましたから。公爵様のおっしゃる通り、人生舐めていた世間知らずな自分がお恥ずかしいです」

「お前も大概極端すぎないか? なにも俺はそこまで言っていないだろ」


 やれやれ、とため息を吐いたシュバルツィア公爵は、そばにあるソファにどかりと腰を下ろした。

 こちらに視線を投げると、「お前も座ったらどうだ」と顎をしゃくる。

 私はそれに従い、彼と反対の位置に置かれたソファに座った。


「まあ、なんだ。お前を全面的に信用することはできないが、悪い奴じゃないのは見てわかる」

「そう言っていただけるのはありがたいですけど……」


 言うほど私の人間性を判断する材料なんてあったかしら、と思わず小首を傾げる。

 シュバルツィア公爵は苦笑しながら続けた。


「お前が抱えているその伝書鳥、そいつは魔獣の一種だ。主人以外には滅多に懐かず弱味を見せない。ましてや怪我した体を他人に預けるなんてもってのほかだ」

「この子が、ですか?」


 膝の上にいる伝書鳥を見下ろすと、私に向かって気の緩んだ鳴き声をあげた。

 

(そういえば、前世から動物や魔獣には懐かれやすかったけれど。それは今世でも変わらないのね)


「魔獣独特の勘を働かせているのか、主人に仇なす敵や輩を魔力で嗅ぎ分ける習性がある。そいつがお前の膝で大人しく寝ているってことは、俺にとってお前はそこまで悪い存在じゃないってことだ」


 そう言い切ったあとで、シュバルツィア公爵は「まあ、一鳥の反応をすべて真に受けやしないが」と付け足した。


 そして、彼の視線がより深く私を射抜く。


「ジア帝国出身のレグシーナ教団に身を置いていながら、お前はあまりにも教えに染まっていなさすぎる。魔女の都に魔女塔……俺の知る教団信者共は、ルベスト諸侯連邦で大聖地とされている場所にいてそんな平然としていられないんだよ」


 彼の指摘にぎくりとした。ノクス団長からも疑惑の目を向けられていたが、あまりにも呆気なくこの環境を受け入れている私の存在は、異質なのかもしれない。


「今のところ害はなく、話も普通に通じる。なら、お前をただ罪人として拘束するのは惜しい」

「……惜しいって?」


 同じ言葉で返すと、シュバルツィア公爵はじーっと私を見つめてきた。

 穴があきそうなほど強く、執拗に。

 

(なんなんだろうこの間は)


 不思議に思いながら見つめ返していると、彼は子気味よく笑った。


「その動じないとぼけ顔、やっぱり適任だ」

「あの、なにがです?」


 わけが分からず尋ねれば、シュバルツィア公爵ははっきりと告げた。


「お前……いや、アシュリー。このまましばらくの間、俺の妻にならないか」

「え」

「聞いておいてなんだが拒否権はない」

「ええ……」


 なにか考えがある様子のシュバルツィア公爵は、脱力した私を見るとさらに愉快そうにした。


 でも、正直理由が謎である。私は現段階で話せるすべてを彼に打ち明けた。

 けれどそれがこの人にとって『惜しい』と思わせるものだったかと言えば、そんなことないような気がする。


「あの、私を妻のままそばに置いたところで、聖女としての役目は果たせませんし、それどころか後々役に立たないとバレて大変な事態になりそうなのですが?」

「それはそうだな」


 まるっきり同意と言いたげに彼は首を縦に動かした。次第に周囲を漂う緊張感がほんのりと薄れ、雑談のような空気に移り変わる。


「そうだなって……なにが目的なのですか」


 私の問いに、シュバルツィア公爵はソファの背もたれに体を預け、長い脚を組むと話を再開した。


「細々とした理由はあるが、まずはなによりも混乱を避けたい。俺は平和主義だからな」

「私も同意見ですが……」

「だが、お前の素性を各諸侯(あいつら)が知れば、騒動は免れない。特に血気盛んな獣人族や執念深い鬼人族、腹の底が読めない蟲人族、魔女様の信仰に熱心なグレンツェン公爵家あたりは黙っていないはずだ」

「特にというか、もうほぼ全員なのでは」


 シュバルツィア公爵も「魔女様」と言っていることになんだか少しびっくりした。

 それにしても、教団のしでかした契約違反が諸侯たちに知られてしまえば、やっぱり私の断罪待ったなしらしい。


「加えて半年後にはこの魔女の都で千年祭が催される。だからこそトラブルは避けなければならない」

「千年祭……?」

「簡単に言うと、千年前に世界を救った魔女様の栄光を讃えて感謝を捧げる祭りだな」


 どうやらルベスト諸侯連邦では、百年単位でこの祭事が催されているらしい。

 ジア帝国でも似たような教団主催の祭事があったけれど、あちらは大聖女レグシーナを讃えるものだったわね。

 いや本当に、今の私からするとレグシーナって誰よって話なんだけど。

 

「魔女様が世界を救った年から今年でちょうど千年。その栄えある祭事の主催として順番が回ってきたのが、シュバルツィア公爵家というわけだ」


 つまり、シュバルツィア公爵家が主催を務める以上、面倒ごとは持ち込みたくないということね。

 今ここで契約違反の事実が明るみになれば、確実に半年後の祭事に影響が出るだろう。そもそも無事に開催できるのかも疑わしくなってくる。


「理由はわかりましたが、それでもやっぱり私が大結晶の修復をできないとなればいずれバレてしまいますよね」

「大結晶の修復に関しては俺のほうでなんとかする。お前が気にする必要ない」

「ですが、もともと修復には神聖力が扱える聖女でないといけなかったのですよね?」

「それは少し語弊がある。あくまで修復の手段のひとつが神聖力だっただけで、ほかに手立てがなかったわけじゃない」


 嘘を言っている感じではないけど、彼の言葉を素直に受け入れるにはすでに状況が悪い。

 だってほかに手立てがあるのなら、最初からわざわざ大金と引き換えに聖女を娶らないわけだもの。


「納得がいかないって顔に出てるぞ」

「いえ、まあ……そうなんですけど。そもそも大結晶とはなんなのでしょうか」 


 それすら私はよく分かっていない。なのでこの機会に聞いてみたのだけど、ものすごく驚いた顔をされてしまった。


「……そのあたりの事情も知らされていないのか。いや、そうか。さすがに知られているのは教団関係者の中でも極小数だろうな」


 ぶつぶつと独り言を呟いては納得してしまったシュバルツィア公爵の様子を不思議に思いながらも、前のめりになって返答を待った。


「ならお前は、このルベスト諸侯連邦を"精霊の加護が失われし大地"と、教団連中が影で言っていることも知らなかったわけか」


 その発言を聞いた私は、思わずぱちぱちと瞬きを落とした。



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