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9 理由



「……聞き間違いでなければ、今離婚って言ったか?」

「はい、申しました。聞き間違いではありませんのでご安心ください」


 シーン、と流れる空気。

 誰かの吹き出す声がした。


「ギャッハッハッ! さっそく夫婦喧嘩とは仲が良いじゃねーかシュバルツィア公ォ」


 円卓に座した諸侯のうち、ひとりの青年がお腹を抱えてゲラゲラと笑い転げている。


(頭に耳が生えている……ってことは)


 考えていたところで、目の前に佇むシュバルツィア公爵もといギルベルトは天を仰ぎ深いため息をついた。

 片手で顔の半分を覆い、それから私をチラッと確認する。


 そして──。


「ひあっ!?」

「諸君、どうやら我が妻は旅疲れにより随分とご乱心の様子。しっかり休息を取らせながら立場を認識させる必要がある。というわけだ、先に退席させていただく」


 私を軽々と肩に担ぎあげたシュバルツィア公爵は、饒舌に語りながら扉へと歩いていった。


「あらあら〜、うふふふ。では、夜会でお会いできるのを楽しみにしていますわね、聖女さん」

「え、あ、はいー……」


 頭から触覚を生やした妖艶に微笑む女性がゆったりと手を振っている。あまりにも絵になる笑顔だったので、私はすごすごとお辞儀をしていた。

 

「なにが、"あ、はいー"だよ、ったく。呑気なもんだな」


 吐露するシュバルツィア公爵の声を耳にしながら、担がれた私は円卓の部屋を後にしたのだった。



 シュバルツィア公爵に担がれ連れてこられたのは、見るからに客室のような雰囲気のある豪奢な部屋。

 彼は無言のまま室内にある長ソファに私を下ろすと、その場にしゃがみ込んでじーっとこちらを食い入るように見つめてきた。


「これが、聖女ねぇ……」


 しげしげと呟くシュバルツィア公爵。さっそく聖女ではないことを告げようかと思ったけれど、先に彼のほうが尋ねてきた。


「お前たちレグシーナ教団は勝手に日時を変更して、結果三週間も早くルベスト諸侯連邦に入領したっていう報告なら伝書鳥で知っている」


 三週間も日にちが早まっていたというのは驚きだわ。


「で、だ。黒の騎士団と一緒に公爵邸へ向かっていたはずのお前が、なにがどうして魔女塔にいるんだ?」

「……行き先をこちらに変更したためです。公爵邸に向かう進路で飛竜と陸竜が縄張り争いをしており、急遽迂回して公爵様と合流することになりました」

「それは初耳だな」


 シュバルツィア公爵は立ち上がり肩を竦めた。ノクス団長が伝書鳥を飛ばしていたはずだが、まだ届いていなかったということだろうか。


 と思っていれば、バルコニーに続く硝子扉からコンコンと音がなった。

 二人揃ってそちらに視線をやると、見覚えのある黒い鳥が外側で羽ばたいている。


「どうやら今届けに来たようだな」

「大変。怪我をしています」


 シュバルツィア公爵は硝子扉を開けて鳥を右腕に乗せた。

 足首に括りつけてある足環と小さな筒を外して中の紙を確認している。彼の表情から察するに、進路変更の旨が書かれているのだろう。


「あの、薬箱はありますか」

「なぜ?」

「この鳥を手当てしないと」

「……というわりに自分の力は使わないのか。神聖力を使うほどでもないって?」


 ああ、そっか。傷の治癒なら神聖力を使ったほうが手っ取り早いわよね。

 私にも少しなら神聖力があるけれど、ぶっちゃけ使えない。


(体内にしっかり魔菅もあるし、教団でも水をうっすい聖水に変えるくらいの力量しかなかったもの)


 ちなみに聖水とは、体を清めるために用いられる神聖力が込められた水である。

 軽い体調不良や怪我ならこれを飲めばすぐに治る優れものだ。


「……できることなら神聖力でこの子を治してあげたいのですが、それが出来ない事情がありまして。ですので薬箱をお貸しいただけないでしょうか」

「わかった。渡す代わりに、その事情とやらを聞かせてもらおうか。離婚を申し出たわけも一緒にな」


 それからすぐにシュバルツィア公爵は薬箱を持ってきてくれた。

 私は傷ついた鳥を膝に乗せ、羽の付け根部分を優しく持ち上げ、清潔な布で傷口を拭き取る。


「……じつは私、レグシーナ教団では、聖女ではなく聖女候補という立場でして」

「は?」


 ぽんぽん、と消毒液を染み込ませた布を傷口に当てる。


「ルーチェ様から聞いた話によると、そもそも聖女の受け入れに関して諸侯の皆さま全員不本意なことであり、もしかするとほかにも大結晶を修復する方法があるかもしれないというのも窺いました」

「待て」

「ですので、おそらく用済みどころか役に立ちそうもない場違いな女がこれ以上公爵様の妻としてそばにいても無意味だと思い、離婚していただけないかと──」

「待て待て待て」


 口を動かすのと手当てするのに夢中になっていた私は、シュバルツィア公爵の声にハッと視線を前に動かす。


「あんのクソッタレ銭ゲバ教団が……」


 シュバルツィア公爵は片手で頭を抱えたまま、小さく呟いた。


 え、今なんて?



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