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「きゃああっ!!私が運び込んだ机がぁぁぁあ!!!」

 騒ぎ立てる弥往終をよそに、理央は反射的に和昭の身体を支えようとする。

「……低血糖か!?しまった、急ぎすぎた!私、何も持ってなくて……」

「キャンディあるよ!グミ、キャラメル、麦芽糖、フルーツ味のハードキャンディも……」

 弥往終はどこからともなく、まるで手品のように、くしゃくしゃのキャンディをいくつか取り出した。

 グミの包装に巻かれたアルミホイルには、五日前の製造日が記されているが、中のグミはすでにカサカサに乾ききっていて、薄皮一枚でかろうじて形を保っている。

 キャラメルを包むライスペーパーは、水に浸されてから干されたかのようにシワシワで、キャラメルにぴったりと張りついており、キャラメルそのものもベタベタになって包装紙と一体化してしまっている。

 麦芽糖のプラスチック包装には小さな穴が空いており、そこから入り込んだホコリが表面の粘つきと混ざり合って、灰色っぽい汚れがまとわりつき、本来は黄金色に輝いていた麦芽糖もすっかりくすんでしまい、ところどころに異物まで混じっていて、食欲をまったくそそらない。

 フルーツ味のハードキャンディのセロファン包装にはいくつも擦れた跡があり、何度も揉まれたような痕跡が残っている。中のキャンディも凸凹で、見るからにボロボロだった。

「それとこれも!先週の水曜日に文学部のミニ博物館からこっそりいただいた貢ぎ物の飴だよ!骨董品用の栄養補助だって!それからそれから……」

「フルーツ味のハードキャンディでいい。ありがとう。」

 理央はそのフルーツ味のハードキャンディを受け取り、素早く包みを剥がし、慎重に和昭のわずかに開いた口に差し込んだ。

「……効いてくれればいいけど。」

「だいじょーぶ、絶対効くから!糖分はかなり高いし、私なんか一口食べたらその場で生き返ったくらい。低血糖ならきっと効くはず。

 今すぐじゃなくても、そのうち効いてくるから、ついでに……ちょっとおしゃべりでもしよ?」

「うん。」

 理央はなんとなく頷いたものの、和昭のサポートがない状況でどう話を切り出すか分からず、思考の海に突入してしまった。だが――

 考え込みながら何気なく机の上に視線をやったその瞬間、ふと目が止まった。

 水がこぼれた机の表面。木目だと思っていた細い溝が、水に濡れたことで――まるで地図のような、奇妙な模様を浮かび上がらせていた。

 しかも、その凹みに沿って、何かが埋め込まれている。近づいて見ると、どうやら糖分が結晶化したような粘ついた物質……飴のようなもの?

 どう見ても、これは誰かが意図的に描いたものだ。

「えっと、ここって、いったい何の場所……」

「ストップ!」

 和昭の顔色も少しずつ戻ってきた。

 目を開けると同時に、弥往終がフルーツの果汁がついた指で理央に“しーっ”と制止のジェスチャー。もう片方の手では、あの汚れた麦芽糖を使って、机上の模様にさらに何かを書き加えていた。

 彼女が目を開けると、弥往終が理央の発言を制するような仕草をしているのが見えた。もう一方の手では、すでに汚れてしまった麦芽糖を使って、机の上にさらに数筆を書き加えていた。

「ほら見て!換気ダクト!もし君たちの言った通りなら、このツタはすぐにまた大きな変化を起こすはず。で、今の私たちは――」

 その言葉が終わるより早く、古本修復室全体が激しく揺れ始めた。

 理央はすぐさま書棚を掴んでバランスを取り、そのとき金属の棚の表面に細かな氷の結晶が浮かんでいることに気づいた。

 この窓のない恒温・恒湿の部屋の温度が、急激に下がっていた。

「……バックアップ電源が作動するはず。少し待って。」

 弥往終は指先で本棚にうっすらと積もった白い霜をなぞりながら、何かに気づいたようで、急いで荷物をまとめ始めた。

「今の私たちは第一層にいる。最上階には防湿庫があって、あそこの低温システムは西側の換気ダクトを通じて連結されてる……低温環境なら、あのツタの活動は鈍るはず。」

「なるほど。つまり西側の階段を使えば、生き残れる可能性が高くなるってこと?」

 弥往終は《植物行動予測モデル》の原稿もまとめてバックパックに押し込みながら、「見破られるとは思わなかった!この通気システムのパターン、三日間張り込んでやっと突き止めたやつなんだから!」

「……三日間、他にもずいぶんいろいろやってたんだな。」

「本探しのついでにね?」

 外から金属がねじれるような嫌な音が響いた。まるで巨大な獣が吠えるかのような不快な轟音だ。

 だが、音の方向と強さからして、こちらに向かっているわけではなさそうだった。

「ちょっと、様子を見てくる。」

 和昭はドアの方へと向かった。今の状況で、ただ座して待つという選択肢はない。

「お願い。」

 数秒後――

「理央!ツタが引いてる!換気ダクトの方に向かってる!」

「……今なんて言ったの?!」

 理央の声が部屋の中に反響した。

 彼女の脳裏にはすぐに図書館の消防用フロアマップが浮かぶ——防湿庫には三つの液体窒素タンクが、まるで時限爆弾のように古本用の防腐剤の保管室にぴったりと並んでいる。

 そしてその換気ダクトからは、繊維が裂けるような耳に障る音が響いてきていた。

 まるで全員の「まだ大丈夫」という淡い期待を引き裂くかのように、建物全体の警報が突然鳴り響かせた。

 血のような赤い警告ライトが天井から網のように降り注ぎ、弥往終の青ざめた顔を照らし出した。

 スピーカーからは電子音がノイズ混じりに歪んで流れる。

「け……い……こく……メチルシクロプロペン……濃度超過……」

「最悪だ!実験用のエチレン遮断剤と古本用の防腐剤……あの筋肉バカ、同じ場所に保管してたなんて!前から警告してたのに!!

 さっき言ってた通り、この状態のツタは暴走状態!高確率で酸性粘液を分泌するはず!それが硝化セルロースの防腐層を腐食したら……硝化セルロースの分解で一酸化窒素が大量に出る、そこにエチレンが反応したら――」

 ドオォォォン!!

 ――地下からの爆音がその言葉をかき消した。

「ちっ……言い終わる前にもう始まったか。」

 弥往終は揺れる中、理央と和昭の手首をしっかりつかんだ。

「二次爆発が起きる前に別の建物に避難しなきゃ!

 今ごろツタたちは高濃度エチレンを目指して集まってる!さらに、やつらはニトログリセリンも生成する!臨界温度に達したら本当に終わる!!」

「でも今の状況ならどう――」

 和昭の言葉が終わる前に、弥往終はすでに部屋の隅のカーペットめくり、どけておいた緑青に覆われたマンホール蓋と穴を露わにした。

「ここ!!増築の時に残されたメンテナンストンネル!これ使えば、他の建物に抜けられる!!」

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