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第07話 正当な後継者

 緘黙かんもくを命じたフォルスと共に応接室の扉を通る。

 またもや目の前で待機されていて、アリアナの目の前には騎士と並べるほどの恰幅の良い男性。


「……マティーア侯爵、私は貴公が腰を落ち着けたまま出迎えたとしても咎めたりしないが?」


「勿論、陛下の労りの心は存じております。しかし、ご容赦ください。昨夜あの場にいた一人として、御身を案じる気持ちが抑えきれなかったのです」


「……フォルス、早く扉を閉めて」


 溜息混じりに命じ、応接室は閉ざされる。

 廊下と隔たりが出来た瞬間、侯爵は紳士の仮面を剥いだ。


「本当に、ほんっとうに大丈夫かい? テオを君の部屋に連れて行って出来たら私も顔見てすぐ帰るつもりだったのに、応接室に通されて君はばっちりお出迎えスタイルで、私とっても動揺してるんだけど」


「はい。とても伝わってます」


 動揺の側面が強烈だが、心配で仕方ないと親心に似た感情をこうも浴びさせられれば、アリアナも神妙に頷く他ない。


 テオドールの実父母は生まれたばかりの子を残し、流行病で逝去。そして実父の兄だった侯爵がテオドールを引き取り、書類上の実子として養育している。

 そういう経歴があり、ちいこいテオドールと幼気なアリアナを知る愛情深い男が、昨晩の惨事を目撃した。さもありなんの結果だ。


「体はこの通り、問題ありません。ゆっくり休んで、食事も済ませてきました」


「そのようで安心した。それにしても本当に不思議だな、アリアナ嬢の毒耐性体質は」


 致命傷は手を尽くしてもらい完治、服毒は耐性によって解毒が間に合う。アリアナの命の余数に関して、そういう事で誤魔化している。

 異様な回復速度は医者すらも理解出来ず、病弱だった頃に特殊な免疫が出来たのでだろうと勘違いしてくれた。


 風邪を引きやすい、腹を壊しやすいを繰り返しただけで、不死身になってたまるか。

 しかし都合が良いので、訂正せず、沈黙した。


 不死身の女王の正体が魔族クリーチャーの禍々しい術だと明らかになれば、即処刑だろう。

 だからアリアナは自覚無さそうに「わたし自身も不思議です」とすっとぼけてから、姿勢を正す。


「暗殺騒ぎに主催の離席、非常に混乱させたと思います。平時より警戒させていましたが、有事の対処も甘く、お恥ずかしい限りです」


「いやいや、あの状況で無茶を言うな。ヴァレリオ殿に任せて自力で退場しただけで、混乱は最小限に抑えられた。対処としては充分過ぎる」


 少なくとも侯爵目線では、王として最低限の事は出来ていたようだ。アリアナは密かに胸を撫で下ろす。

 侯爵は片目を瞑りながら大袈裟に肩を竦めて見せる。


「今日の私は『肩車のおじさま』として来たんだ。堅苦しい話は抜きにしよう」


「……今のわたしでは、おじさまを潰してしまうかもしれませんね」


「まさか。君一人くらい私の肩はびくともしないさ。でも、アリアナ嬢も立派なレディになったからね。以前の羽のような軽さに、王冠分くらいは足されているかもしれない。この歳で張り切って、不敬者と叱られたくないからね」


 戴冠前の幼少期のように抱え上げていたら、確かにあちこちから怒られるだろう。

 アリアナとマティーア侯爵本人の間に直接の血縁関係はない。表面上は一時期近所に暮らしていただけの、王族と貴族でしかないのだ。

 くすくすと笑うアリアナの緊張が解けた様子を見て、侯爵は奥の扉を片手で示す。


「つい長話をしてしまった。テオは奥で待たせている。顔を見せて、安心させてほしい」


「わかりました」


 応接室は手前と奥の二室に分けられている。

 基本的には手前の一室を使うが、奥は使用人や護衛に聞かれないための極秘の話し合いの場として使われる。


「フォルス、貴方はここで待っていてください」


 命令に従い、フォルスは静かに一礼して扉の前に待機する。


(……まぁ、普通に聞こえるから、追い出しても無意味だけど)


 人族の耳の造形を模しているが、構造は別物だ。

 フォルスの耳は先程から、奥の部屋で落ち着きなく動き回る子供の行動を聞き分けていた。

 聞かれたくない話をしようと、事情を隠そうとしようと、全部筒抜けなのだが――命令なので黙って見送る。


 そんな騎士の思考に気付かないままアリアナは扉をノックし、奥の部屋へ進む。

 テーブルを挟んで対面に置かれた二脚ソファ、その片方に行儀よく腰掛けていた仮面の子供が慌てて立ち上がる。


「アリアナさま! だ、大丈夫なのですか? 父上から毒を飲んだと、」


「この通り、大丈夫ですよ。座って話をしましょう、テオ」


 鼻から上を覆い隠す黒い仮面のせいで表情が読み取れないが、震える声色と戦慄く口元を見れば心配しているのは充分に伝わる。

 手前の部屋にあった茶を持ち込んでおくべきだったと悔みつつ、アリアナは子供――テオドールと同じソファで隣に並ぶように腰を下ろす。


「今はわたしと二人だけなので、仮面を外しても大丈夫ですよ」


「はい」


 嬉しそうに返事をして、ほぼ覆面に近い仮面を外すとテオドールは解放感に息を吐いた。

 柔らかそうなプラチナブロンドのマッシュヘアの隙間から覗く、桃色と水色の虹彩。王家の血筋に現れるアースアイを無邪気に細め、まっすぐな好意を込めてアリアナに向ける。


「必要だとわかっているんですが、これをつけてるとどうしても前が見えにくくて。ちゃんとアリアナさまのお顔が見れてよかった」


「わたしも。テオの元気そうな顔が見えて嬉しいです」


 フェンイザード国、いまや二人きりとなってしまった王家の血筋を引く子供達は、久しぶりの再会を和やかに喜び合った。

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