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パルト

作者: PXXN3

パルトは疲弊しきった脚に鞭打ちながら駆けていた。

獣道すらない森の奥のうっそうとした下生えを何度も突き抜けてもう体中が傷だらけだった。

それでも走り続けなければならない。

体はとうに限界を迎えていたし、心はとっくに折れていたが、足を止める選択肢はなかった。


パルトには十二歳年下の妹がいる。

その妹の婚礼の儀式が迫っていた。

贈り物をするために妹の好きなテヨムラの花とピピの実を採りに森に入ったのだ。

婚礼の祝祭までに戻らなければ意味がない。

背中に括り付けた荷物の中にはしっかりとヨドムラの花とケルチェの実が入っている。

崖から落ちた先にはそれしかなかったのだ。仕方あるまい。

ただ家でのんびり寝ていればいまごろ祝いの客から酒を飲まされ心の浮くような言葉を聞かされていたに違いない。

なぜこんな目に遭っているのだろうか。


あの日パルトは、妹に祝いになにがほしいかと聞いたら「ただ元気でいてくれればそれでいいわ」と言われたのだ。

妹が出て行ってしまうとパルトは家に独りになってしまう。それを心配しているのだ。

両親を亡くしてからパルトは十人の弟妹を育て、最後に残った妹が巣立っていくのだ。

義弟はいいやつだ。お義兄さんもいっしょに住まないかと聞いてくれた。

しかし神聖な新婚家庭に厄介者がいたのでは迷惑になる。


他のきょうだいがみな家を出てからも妹は手元に残ってくれた。

パルトが働かずにぐうたらしていても養ってくれた。

パルトは妹の婚礼をきちんと祝ってやりたかった。盛大に。だれにも見劣りしない立派な宴を開いてやりたかった。

義弟はいいやつだ。パルトがいなくても完璧な婚礼の儀を行うだろう。

せめて贈り物だけでも。

そう思って家を飛び出した。


五年間ろくに働かずごろごろしていた脚は萎え、うまく動かなかった。

すぐに全身が痛くなり、息が苦しくなり、目がくらんだ。

それでも妹のためにポピの花とモンモの実を手に入れたかった。

妹が稼いだ金で買うのではなく自分の力で手に入れなくてはならなかった。

そうしてあてもなく森の中をさまよった挙句、崖から落ち道に迷ってしまったのだ。

これでは婚礼に間に合わない。

焦ったパルトは手あたり次第に辺りの花を摘み、実をもぎ取って歩き回った。

そうこうするうちパルトはユンニに出会った。

「そこにいるのはパルトか?」


パルトは不思議だった。

なぜこんな森の中にユンニがいるのだろうか。

ユンニは義弟の父親だ。

子どものころから知っている近所の兄貴分だ。

これからは親戚になるのだ。

「こんなところでなにをしているんだ?」


パルトは答えられなかった。

森でポピの花とモンモの実を採ろうと思ったのに道に迷って帰れなくなったとは。

おかげでこんな恐ろしい深い森で大けがをしてしまったし、服もボロボロだ。

「お前がいなくなったと妹が探していたぞ」

ちょっと贈り物をしようとしただけなのに心配をかけてしまった。

「そこに背負っているのはなんだ?」


パルトはなにも言えなかった。

本当はポピの花とモンモの実がほしかったのによくわからないものを採ってしまったからだ。

見た目はよさそうだったから問題ないと思ったがなにかと聞かれても答えられない。

「ちょっと見せてみろ」

妹の義父と言えどせっかくの贈り物を先に見せるのは気が引ける。

「うぅ……」

「お前、俺の畑で盗みを働きやがったな」


パルトはなにを言われたのかわからなかった。

だれのものでもない森の中で命をかけて採ってきたのだ。ユンニの畑などしらない。

「ぅあ……」

「こんなにププルの花とクァンナの実を採ってどうする気なんだ」

「ぁ……」

パルトはなにがなんだかわからなくなり一目散に逃げだした。

「おいこら、待て!」


パルトは疲弊しきった脚に鞭打ちながら駆けていた。

獣道すらない森の奥のうっそうとした下生えを何度も突き抜けてもう体中が傷だらけだった。

それでも走り続けなければならない。

体はとうに限界を迎えていたし、心はとっくに折れていたが、足を止める選択肢はなかった。


「そこまでだ」

突然目の前に村人たちが現れた。

ユンニもいる。義弟もいる。妹もいる。

険しい森の中の道に村人が勢ぞろいしている。

パルトは混乱した。吐き気がする。

見るな。

やめろ。


「お兄ちゃん、どうして? どうしてわたしの婚礼の日にこんなことするの?」

妹が泣いている。

やめろ。

「お義兄さん、これ以上迷惑をかけないでください」

やめろ。

「パルト、俺の畑を荒らしまわるとはどういうことだ?」

やめてくれ。

「なぜ畑の中をぐるぐる走り回ったりしたんだ?」


ぜいぜいと荒い息をしながらパルトは土にうずくまった。

「ぅ……あ……」

なにも言葉が出てこない。

助けてくれ。

背中からケルチェの実が零れ落ちた。

「……ぃ」

妹に差し出す。

最期の贈り物だ。

「クァンナの実? 義父さんの畑の?」


パルトは動かなかった。

もうなにもわからない。なにもできない。

森で探し回ってやっと手に入れたケルチェの実だ。

息もできないくらい走り回って手に入れた贈り物だ。

「お兄ちゃん、わたしの婚礼の贈り物を探してくれたの?」

そうだ。祝いの言葉も贈りたいが声が出ない。

「パルト、……祝いはみんなでするものだ。宴の準備はできている。お前の盗ったププルの花とクァンナの実は俺からの贈り物としよう」

パルトの採ったヨドムラの花とケルチェの実だ。


妹と義弟は婚礼の儀を終え、村を挙げての祝祭が行われた。

パルトも身綺麗に整えられ祝宴に参加した。

ユンニはパルトの手を引いてこう言った。

「お前はもう妹の世話になりたくないんだろう。ならうちの畑の手伝いをしな」

パルトは恐ろしい森の中で働くことになった。


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