92 ある意味、日常の一コマ?
翌日、坂崎君から藤巻君にとりあえずの一報が入りました。
うん、中村さんのお相手候補さんの件ですね。
「此れと言って悪い評判は無いらしい。強いて挙げれば奨学金くらいか。母子家庭という事もあり、中々に苦労してきているのは確か。ただ、患者との遣り取りを含め、悪い噂は今の処ない」
「実家に仕送りもしていて、金銭的な余裕は余り無いから私生活も堅実。趣味は自転車でのサイクリングかあ。うん、普通に良い人っぽいね」
病院内での評判も上々、人当たりも良い。うん、特に今の時点で問題になる感じでは無さそう?
ただ、一抹不安があると言えばあるんですよね。
「今の処、中村さんの片思いの可能性あり」
そうなんですよね。周りからの聞き取りの状況で、中村さんとお付き合いしていると認識している人は一人も居なかったんです。誰に対しても穏やかに接する為、中村さんが一方的に勘違いしている可能性もあるそうです。
「まあ、中村さんもまだ付き合って無いって言ってたし、恋愛未満って所かもだよ?」
それこそ、周りに敢えてアピールするような話でも無いですから。もっとも、恋に恋する可能性が大の中村さんですから、思いっきり片思いの可能性もありそうですけどね。
我が家の傍のファミリーレストランでそんな話をしていると、そのファミリーレストランに一組の家族が入ってきました。偶々私の位置から入り口が見えていた為、人の動きについ視線が向いたんです。そして、慌てて視線を逸らしました。
「日和さんどうかした?」
私の挙動に違和感を感じた藤巻君が、私の視線を追いかける様に入口へと振り返ります。その視線の先にいたのは、レストランの入り口で案内待ちをしている3歳くらいの男の子を連れた夫婦でした。
「あれ、例の従兄です」
偶然って怖いですよね。
今私達が居るのは、病院の傍という訳でも、私の家の傍という訳でもありません。栄の町中にあるファミリーレストランです。子供連れという事もあり、本当に偶然が重なった結果だと思います。
「先日言ってた従兄? あの、病院に来てたって言う」
「うん。出来れば遠くの席に座って欲しい」
見渡す限りでは、どの席も埋まっていて満席状態です。その為、恐らく席が空くのを待つ形になったのだと思いますが、気づかれたく無いですね。
「タイミングを見て出ようか。しまったなぁ、個室のある店を予約すれば良かった」
「今更だし、そもそも想定していない状況だから気にしないで。ごめんね、こっち事で変に巻き込んじゃって」
我が家の親戚とのゴタゴタですし、藤巻君的には関係ない事ですから。そんな事を思いながら藤巻君に謝ると、藤巻君が真顔で反論してきました。
「日和さんの親戚筋だと僕にも関係あるから。避けた方が良い親戚の情報とか、聞いておかないととんでもない失敗しそうだよ?」
確かに知らない事には対処できないですよね。今回の様にどういった繫がりで知り合うか判らないし、あっちの家って知らずに藤巻君が仲良くなる可能性だって0では無いですね。
「うん、そうだね。ごめん。今度、ちゃんと説明するね。でも、あの男の子元気になったみたいで良かったね」
親同士の確執などは、その子供達には関係ありません。育っていく過程で若しかすると歪んだ情報で対立する様になるかもですが、今の段階で子供にまで敵意を持つことはありません。そもそも、まだ幼い子供が病気になっていれば普通に心配しますからね。
「病院で車椅子に乗ってたんだよね? 歩調に違和感は無いし、骨折とかでは無かったみたいだね」
ただ、そうなると何故うちの病院に来ていたのかが気になります。
「何で病院に来てたとか調べなかったし、見る限りでは元気そう。インフルエンザとかは時期じゃ無いし、でも車椅子ではちょっとグッタリしてたからなあ」
今更ながらに、来院していた理由位調べれば良かったかもと思わなくもない。
そんな事を考えていると、タイミングの悪い事に私の後ろの席にいた人達が立ち上がった。会話からしても食事を終えて引き上げるみたいです。
「うん、何となくこうなるような気がしてた」
「流石の現場運。若しくは主人公体質?」
「それは絶対に違うと思う!」
思わずそう愚痴が零れるのは仕方がないと思う。ただ、その後に続いた藤巻君の言葉は否定させてもらった。
「日和さんってヒロインって感じじゃ無いから、やっぱり主人公?」
「もしかして、巻き込まれ体質とか言いたい?」
「あ、そっちか! でも、これは巻き込まれた訳では無いから巻き込まれでは無いな」
そんな馬鹿話をして現実逃避をしようとも、従兄家族はやってくるわけでして。あと、ここのレストランのトイレは入り口横にある為に、こちらも回避不可能なんですよね。
「こういう時って、顔を背けてたりした方が良い? それとも、私は気が付いていませんよって感じで藤巻君を見ている方が良い?」
「背けてるのは駄目だね。こっちは何も悪くないんだし、普通にしていれば?」
こういう時の普通が判らないから聞いているんでしょ! そう言いたかったんですが、余計に目立つから騒げません。思いっきり不服ですって表情に出して藤巻君を見ると、そんな私を見て藤巻君が笑っていました。
「もう!」
「いや、そういう日和さんは珍しいなって思って」
藤巻君が無責任に笑っている。思わず小突いてやろうかと思ったんだけど、そもそも向かいの席に座っているのでそれは難しい。
「ぐぬぬぬぬ」
「初ぐぬぬを見たかも。うん、貴重だ」
そんな馬鹿話をしていると、後ろの席の片付けが終わって、案の定、従兄家族が案内されてきました。
気が付かないでくれないかなあ。
そんな儚い期待をするんですが、残念ながら期待は期待で終わっちゃいました。
「えっ」
あちらも私が此処にいるのは想定外だったんでしょう。驚いたといった声が聞こえ、その声に反応した私と思いっきり目が合っちゃいました。
「日和ちゃん?」
「ご無沙汰しています」
親交が途絶えている従兄妹同士とはいえ、直接何か問題があった訳では無い為ご挨拶はしました。出来ればこれで終わらないかなぁって願ったんですが、残念ながらそうはいきませんよね。
「歓談中に申し訳ありません。お会いする機会も無いかと思うので、この場で謝罪させて頂いても良いでしょうか?」
家族で席に座った後、和夫さんだけが此方の席にやって来てそう切り出しました。
「あの、周りの視線もありますし、何に対する謝罪かも判らないので」
レストランはお客で満席状態です。その為、和夫さんが頭を下げると周りからの視線がどうしても集まります。
「そうだね、こんな所で迷惑だと思う。本当なら謝罪にお伺いしたい所だけど、ご自宅を知られるのは嫌だと思うから。私も結婚して、家族を持って、漸く我が家の異常さが解って来たんだ。だから、もし会う機会があったら謝りたいと思ってた」
和夫さんの視線が、後ろの席に一瞬注がれる。ご家族を見たんだと思う。
「謝罪は受け取りました。私も、私達の家族も本家とはもう関わらないで要られればそれで構いません」
実際の所、和夫さんと実家の関係とか気にならないかと言えば噓になります。ただ、それを態々時間を作ってまで聞きたいかと言えば其処まではって所? 詳しく聞いても面倒が増えるだけな気がしますし、言っては何ですが従兄という他人ですから。
「うん、ありがとう。良ければご両親にも申し訳ありませんでしたって伝えておいて欲しい」
そこは了承して、私がこれで終わりかと思ったら、和夫さんは最後に爆弾を投げ込んでくれました。
「あ、あと、私は実家と距離を置いたけど、次郎は実家に居るんだ。就職に失敗して、アルバイトなどでフラフラしている。日和さんと会った事は言わないけど、私にも両親からお金の無心とかくるし、一応だけど気を付けて」
「え? えっと、判った。ありがとう」
和夫さんは一通り話をした後、自分達の席へと戻っていきました。
私は藤巻君に合図をして、そのまま席を立ちます。食事は終わっていますし、やっぱり居心地は悪いですから。
「行こうか」
席を立つ時に和夫さんのお嫁さんと目が合いました。お互いに会釈をして、そのままレジへと向かいますが、お嫁さんは穏やかそうな人に見えました。
「伯母さんと真逆のタイプっぽいな」
まあ、見ただけではその人の本質は判らないので、実際の所は知りませんよ? ただ、優しそうな、あと礼儀正しそうな印象は受けました。
「このまま帰る? どっか喫茶店でも行って愚痴でも聞こうか?」
「うん、喫茶店に行こう。このままモヤモヤして家に帰るのも嫌!」
藤巻君は思いっきり苦笑を浮かべます。でも、こういった時にはちゃんと話を聞いてくれるんですよね。それだけでも気持ちって救われますから。
「それにしても、次郎さんはニートかあ」
「従兄?」
「うん、弟さんの方。交流は無かったから良く知らないけどね」
ただ、そう言えば前世で私が働いていた時も、話題に出なかった気がする。本家との交流が無かったと言うのもあるけど、和夫さんの事は話題になっていたのでそう言う事だったのかな。
「最近はフリーターとか、ニートとか、良く言われるようになったよね。家族は大変だな」
「その皺寄せがこっちに来なければ良いなあ。でも、そっかあ。和夫さんも結婚して実家と距離を置いたんだ」
伯父さんと言うより伯母さんの性格的に、お嫁さんとも色々とあったんだろうなあ。
前世でも何かと言ってくるのは伯母さんだった。介護費用などを無心して来ていたのを知っているし、祖父母が亡くなった際に遺産相続で父と揉めてたのも知っている。前世でお母さんが愚痴っていたのを覚えているけど、確か100万円貰ってお終いだったはず?
家も土地も同居していたから伯父さん達が貰って、貯金は無いから相続する物が無いと言われたはず。
まあ、今回はもう関係ないから。絶対に関わりたくないなあ。
思わずそんな事を思ってしまうのでした。




