90 騒動は思いもよらぬとこから
その日、家に帰るとお母さんに今日の出来事を報告しました。
「和夫さん結婚してたのね」
「多分だけどね。車椅子の子供連れてたから。まあ、結婚式とか呼ぼうにも連絡先が判らなかったと思うし。呼ばれても困るといえば困る。でも、面倒事にならないといいなって」
和夫さんが自分の両親に私と会った事を話すかどうかは判りません。そもそも、和夫さんがなぜ名古屋にいたのかも判りませんが、若しかすると名古屋で働いているのかも?
「親戚だからと言って、簡単に住所や電話番号を教える事は無いと思うわよ? せいぜい病院に尋ねて来るくらいだと思うけど、子供の通院があるなら何かしら声を掛けて来る可能性はあるわね」
「しまったなあ。こんな事なら研修先を大学病院にしておけば良かった」
大学病院であれば、そもそも人の数が違います。勤務している医療関係者の数も多く、余程でなければバッタリ遭遇するという事も無いでしょう。
まあ、そもそも今回の様な事は想定していないというか、普通は出来ないので意味のない話なんですけどね。その後、一応お姉ちゃんにも話はしておきました。あくまでも一応ですが、既に別の病院に勤めているお姉ちゃんも、住所がバレている訳でも無いのでお母さん達も問題は無いでしょう。
多分ですが。
そんな事が合って暫くは警戒していたんですが、幸いにして何かが起きるという事も無く時間は流れて行きました。私自身も別に和夫さんの子供の事とか調べたりもせずです。足にギブスを着けていた事から整形外科かな? とは思うのですが、態々調べるのも変ですし。
「あ、鈴木先生! ちょっと良い?」
私が何時ものようにお昼休憩に入ると、研修医の坂本先生が声を掛けて来ました。
同じ研修医という事で、カンファレンスなどを一緒にする事もあり面識はあります。私より1学年上な事と、私が寮生活をしている訳では無いので交流は殆ど無く親しくは無いですけど。
「はい、これから休憩に入る所です」
トレーに乗ったきつねうどんとお稲荷さんを持って坂本さんの向かい側の席に腰を下ろしました。
まあ、普通にオープンな食堂なので気にせずにいますが、何となく厄介事の気配がプンプンします。
「ごめん。ちょっと連絡しておいた方が良いと思って」
そう言って話してくれた内容は、今日診察した患者さんの保護者が私の事を気にしてたという事です。
「鈴木日和という医師が此処で勤務していますかって河合先生に尋ねてね。まあ、総合で尋ねればすぐ判る事だし、河合先生も一瞬悩んだみたいだけど居ますよって答えちゃったんだ。一応、相手は親戚って言ってたし、同じ鈴木姓だったからって言うのもあったと思う」
「あ~~~~」
うん、大体の状況は判りました。そして、詳しく聞くとやはり和夫さんの事でした。子供は進くんと言うそうです。
「車椅子に乗ってるのを見たけど骨折?」
「ああ、外果裂離骨折。子供あるあるだけど、ギブス固定して様子を見ている感じ。ただ、最初に見て貰った病院では痛みが続く原因が判らなくてこっちに回された」
外果裂離骨折ですかあ。あれは捻挫か骨折かが判りにくいんですよね。レントゲン撮影では判りにくいのもあって、それで此方に回されてきたのでしょうか?
「元気な子供さんっぽいですね。走り回って足を捻ったかな?」
「そんな感じだね。痛みが引かないのと、内出血でこれはってなったみたいだね」
子供の怪我あるあるですが、放置せずにキチンと病院で診察させたのは合格点ですね。子供の言う事と話半分で放置して大事になる事もありますから。
「それで、うちの病院での診察はまだ続くのですか?」
「いや、とりあえず診断も出たし、あとは家の傍の整形で問題無いから今日で最後。だから鈴木さんの事を聞いて来たんだと思うんだけどね。で、話をして良かったのかなって心配した河合先生から伝えといて欲しいって」
和夫さんも病院内で直接声を掛けられればと思っていたのでしょうか? ただ、この病院での診療が終わるので急いで確認した? それでも態々確認する必要性が良く解りません。
「一応、父方の従兄なんですが、うちとは絶縁状態なんです。私が最後にあったのも高校生の時くらいですね。だから医師になっているのも、ここに勤務しているのも知らなかったと思います。問題は何で態々確認するのかって所なんですが」
そう話をする私の表情は、困惑と言うか、何とも言えない表情を浮かべていたと思います。
「あ~~~、そっか。まあ、僕達も変だなって思いはしたんだ。親しい親族なら鈴木先生が此処に勤めてるのも知っているはずだよね? まあ、そう言う僕は親戚の動向なんて知らいけど。でも、医者に成ったって聞いたら勤務先は聞きそうだけどなあ。それに、直接鈴木さんに聞けば良い事だよね?」
「ですよね。普通は他の医師に尋ねませんよね?」
結局、そこで先に食事を終えていた坂本先生は仕事へと戻っていきました。私はうどんを啜りながら今後の展開について考えます。ただ、どうでしょうか? 別に仕事先を知られても余り困らないような。
総合受付などで呼ばれるくらい? あ、病院に電話して来るとかもあるかな? でも、そこは取次を断れば済むだけだし、それ程心配はない? 受付で暴れられたりしたら迷惑だけど、流石に其処まで馬鹿じゃ無いだろうし、警備員さんもいるから大丈夫。
「流石に、そこまで執着するとかは無いだろうし。その必要性もないと思うし」
ちょっとモヤモヤしながら私も仕事に戻ります。どんなに悩もうとも、こちら側から何かしらの行動を起こすわけでは無いのです。その為、どうしても待ちの体制になってしまいますが、関わり合いたくないという点で仕方が無いと思います。
その夜、家で何と言って報告しようかと考えながら帰宅すると、中村さんが訪れていました。研修医として独立した事もあり、4月から我が家にはあまり来ることが減ってたんですが、今日お邪魔して良いかと連絡があったんです。
研修医となって、何かとストレスでもあったかなと愚痴を聞くつもりで了承したのです。そうしたら、面倒事というか、相談事の種類が違いました。
「あ~~~、そっか。そうきちゃったか」
「うん、その話を聞いたとき、何とも言えない気持ちになった」
今、私の目の前に座っているのは中村さん。棚田医大で研修を始めたんですが、其処で問題が発生しているそうです。
「医師繫がりで研修先を調べたみたいで。一応、横槍が入る可能性も考慮して研修先を棚田医大にしたんですけど」
そうです。中村さんの駄目親父です。
ここ最近、病院にちょくちょく電話をしてきて、指導をしている医師経由で中村さんの進路に対し口出しをしようとしてくるらしいのです。
「第一希望は私も内科なんだけど、口出しされると他に変えたくなる」
「その気持ちは分からなくもないかな」
中村さんの実家は主が内科なので、奇しくも中村さんの希望とマッチしちゃっているんですよね。指導してくれている医師も学生時代の騒動は聞いているらしく、直接の取次とかは遮断してくれているらしいのですが。
ただ、一応向こう側が主張している内容を伝えてくれるので、そこで中村さんが精神的に参って来ているというか、愚痴を聞いて欲しくてやって来たんです。
「お兄さんは、それで反発しちゃったのかもね」
「うん。聞いてみたらそうだった。ずっと内科だ内科だって言われてて、そこは黙って聞いているふりをして、専攻する際に変えたって」
う~~ん、中々に業の深い親子関係だなあ。
思わずそんな感想が出てきてしまします。
ただ、今回は中村さんの希望する専攻が内科という事で、その後に何かと揉め事が起きそう。中村さんもそれを気にして専攻を変えようかと悩んでいるみたい。
「今、配属されているのが整形なんですよね。今後、老人も増えるしニーズ的には悪くないみたいで、今回の事で何となく整形も悪くないかなって思い始めてます」
「美容じゃない方?」
「美容じゃない方」
成程。美容整形も何かと訴訟リスクが高いですからね。大学でもそういったリスクの説明がキチンとされますから。
「整形外科は将来個人で経営ってなると大変じゃない? 療法士さんを複数雇わないと駄目だし、設備や病院の大きさとか、色々とハードルが高そう」
「個人での開業は考えてないです。将来の事は分からないけど、実家の事もだけど育児とか出てくれば休まないとでしょ? 子供育てるのって大変だし」
恐らく、自分の事が頭に過っているのかな? 中村さんの家の場合は古い考え方などが色々と阻害しちゃってるけど、そこから出てしまえば大丈夫とは思う。まあ、こればかりは何とも言えませんけどね。
ただ、それよりも気になるのがですねぇ。
「育児って言葉が出て来るって事は、そういうお相手がいるの? 出来たの?」
今まで中村さん自身のそういった話は聞こえてこなかったんですよねぇ。私と藤巻君の事をヤイヤイと言ってはいましたけど、中村さんに恋人がいるとは今まで欠片も聞いたことがありません。
「え? あ、違うよ! 一般論だよ一般論!」
両手をぶんぶん振りながら慌てる中村さんですが、これは怪しい。何かしらの変化があったはず!
「で? お相手は? 年上? 同じ医療関係? ん? お姉さんに相談してご覧?」
「お姉さんって、鈴木さんは同じ年じゃないですか!」
顔を真っ赤にする中村さんですが、うん、これは黒ですね。
「今日は長い夜になりそうですねぇ」
「あ、明日も仕事だから帰ります! 愚痴を聞いてくれてありがとう!」
慌てて立ち上がる中村さんですが、その両肩を背後からガシッと抑え込む人が。
「あらあら、良子ちゃんもそんなお相手が出来たの? おばさんも興味があるわあ」
「えっ!」
背後に置かれたお盆を見ると、どうやら飲み物を持ってきてくれたみたいです。ただ、タイミングよく話を聞きつけて、こっそりと中村さんの背後に近寄って来ていました。
え? 私ですか? もちろん、最初から見えていましたよ?




