88 4月になって
藤巻家への訪問を無事に終え、気が付けば4月となり病院勤務が始まりました。
棚田医大と提携もしており、学生時に実習で行った病院でもある為、緊張はある物の不安という面で以前の研修の時の方が強かったと思う。ただ、その当時は姉も勤務していたけど3月で退職している。その為、何となくだけど姉同様に私も4、5年で退職すると思われている。
「姉は柴田さんとべったりでしたし、でも私は違いますよ?」
「それでも柴田さんの所へ行く可能性は0では無いだろう?」
それもあって、私は休憩時間に小児内科で指導を担当してくれている医師、南部先生からそんな事を聞かれている。
「どうでしょう? 柴田さんの病院は、娘さんの美穂さんとうちの姉が入ったので医師の数は十二分に足りたと思います。だから私が誘われるとしたら10年後とかのお話になると思います。その頃には私も結婚していると思いますから」
「ああ、大学の同級生とお付き合いしているんだったか」
一応、藤巻君とお付き合いしている事はオープンにしています。変な噂とかされるのも嫌ですし、特に病院は勤務している女性の方が多いですから。女性同士の交流には特に気を使ってるんですよね。
「何事も無ければ来年くらいには結婚するかもですし、そうなると私だけの意見でって事にもならないと思います。それもまずは専門医になってからですけど」
まだ卵の殻がお尻にひっついている状態ですからね。2年後に専門を決めたとしても、そこから様々な症例などを実地で学ばないと。そう考えればやはり10年は最低掛かりそうです。
「一応は小児内科希望だったよね?」
「はい。内科と小児内科が第一希望です」
実は小児科医師の数は今も増加しているんです。ただ、実は若い層の医師の数は横ばい若しくは減少しているんです。新しく医師を目指す人からは実は余り人気が無かったり? まあ少子高齢化は避けては通れない状況が見えてますので、自身の将来目指す先としては致し方ないのかな。
「産科は検討しなかったの?」
「はい、色々と考えると二の足を踏んじゃいます」
医師数に対する訴訟リスクが産科医は高いんです。外科に次いで2位。そして、それ以上に私には向いていないと判断したのは、死産などに直面した際の心構えとかでしょうか? 高齢者は良いという訳では勿論ありませんが、まだ幼い赤ちゃんの死に常日頃から直面する可能性が高い事に自分が耐えられる気がしないんです。
そんな会話をしながら、早々に診察室へと向かいます。午後からは救急外来などでやってくる子供達の診察があります。勿論、私だけで判断何て出来ませんけどね。まあ、3か月単位で研修先が変わりますし、外科や救急科などに回れば此処まで落ち着いて昼食はとれませんが。
そんな感じであっという間に時間は過ぎて行きます。
ハッキリ言って余裕なんて欠片も有りません。
カルテの整理をしたり、患者さんの診療、治療などのカンファレンス資料を作成したり、勿論、まだ新人ですから雑務主体ではあるんですが自分なりの発表資料も作成しないとなんです。
「聞いていて、予め覚悟はしてたけど結構大変」
「うん、日々時間に追われる」
同じく今年から研修医として勤務している瀬古さんと昼食を取りながら情報交換しています。瀬古さんは現在内科で研修中。初期研修だと色々な科で研修するので、それぞれの科の情報収集は大事です。
「鈴木さんは寮じゃないから夜に情報交換できないのが残念」
「まあ、寮に住むほど家が離れて無いから」
病院の寮に入れるならそっちの方が家賃や立地的にもお得なんですよね。その為、研修医の人の大半が寮住まいになります。今後、早出や残業が増えて行けばっていうか増えるので、そうなると近い所に住む方がメリットは大きいです。
働く前に事前にキチンと説明されていたし、他のアパートやマンションなどを選ぶより楽だよね。人間関係とかは運が絡むし判らないけど。まあ、そういう所も含めて良い病院を選択したとは思いますよ。
姉や美穂さんからの情報もあるので、最悪な病院は避けれました。特に姉に続いて同じ病院という事で、他の先生達からも親しみを持ってもらってます。それでも、どこも似たような物ですが研修医を取り巻く環境は結構ブラックに近いグレーな環境らしいですが。
今後、様々な要因があって研修医の就労環境は改善されて行くんですが、その様々な要因を考えると気持ち的には更に落ち込みそう。
「ところで、鈴木さんってお嬢様? ほら、運転手付きの車で通勤しているし」
お昼ご飯を食べ終わった瀬古さんが唐突に、更には思いっきり興味津々な表情で尋ねて来ました。ああ、来たなあって気分ではあります。
「母方の親族がお金持ちなのは確かですね。で、まあ、色々とあって、そこからボディーガードを兼ねて送り迎えしてもらってるんです。運転手さんは元警察官の人達で、だから安心出来るんですよ」
ここで変に誤魔化して良い事は無い。その為、対外的に話せる内容と、この話が広まっても一定の安全を担保できるように元警察官が護衛してくれている事を公にする。これで何かしてくる人は余程だと思う。
「うわ、元警察官の人達って、一人じゃないんだ。他にも居るの?」
「まあ、一人だとそれこそ労働時間がでしょ? 契約している所は一か所だから人数は関係ないかな」
具体的な事は話さない。これは徹底する事にしている。
「凄いなあ。あ、お付き合いしている人もいるんでしょ? その人も資産家?」
「その話、どっから聞こえて来た! まあ、隠しても意味無いから言うけど、まあ資産家一族なのは間違いないよ? 今、別の所で研修医してる」
何処から話が広まったのか。恐らくこの会話も明日には病院中に広まっているだろう。もっとも、この病院の院長先生などは姉や美穂さんの一族絡みである程度の情報は持っているけど。
ただ、私は同じ研修医の人達と比べると明らかに丁寧に扱われている気はする。特に看護師の人達が私と他の研修医の先生とで態度が違って首を傾げた。
「ああ、それは鈴木さんのお姉さんのお陰だ。それこそ、お姉さんが務めていた時には何かとゴタゴタしたから。まあ、ベテラン看護師からすれば研修医はひよっこだからさ。それこそ、思いっきり舐めてかかってね。で、思いっきり反撃されたんだよ」
ふと気になって南部先生に尋ねると、予想外の回答が得られました。そして、その話を聞いていた看護師のお姉さんがクスクス笑っています。
「もしかして、結構有名な話ですか? 皆さん知ってるとか」
「そうだね。水島君は直接その場を見てたんじゃないかな?」
南部先生が看護師さんへと視線を向けると、それはもう満面の笑みを浮かべています。
「そうですね。患者さん第一の病院で何をやってるんだって、それはもう見事な正論で。色々と問題のある人達でしたから、私達も本当に仕事がやりやすくなりました」
「あ~~~、追い出しちゃいましたか」
まあ、あの姉の事ですから、徹底的に心を折にいったかな? 下手な反論を封じ込めるだけの証拠は用意しただろうし、きっと居辛くなって退職でもしましたか。まあ、そこは詳しく聞かなかった事にします。ただ、そのお陰で職場環境が改善したのなら良し?
姉の恩恵も有り、当初想定していたより遥かに過ごしやすいスタートを切った私です。ただ、又もや面倒な事に巻き込まれそうな予感が漂ってきました。
「鈴木さん、今度良ければ食事行きませんかぁ? 新人の先生や看護師で食事会とかしないかって話が合って」
私の前で必死に話しかけているのは、今年勤め始めた看護師の渥美さん。内科勤務の為、直接一緒に仕事をする事は今の処ありませんが、
このお誘いなんですが、思いっきり裏があるんです。既に寮住まいの瀬古さんが一度参加しているんですが、医師目当ての看護師の狩場? 男性医師には女性看護師が群がり、女性医師には男性看護師が群がるらしい。瀬古さん的には1度で十分、それこそ身の危険すら感じたくらいらしい。
「ごめんね。発表に使う資料作りしたいし、実家暮らしだから両親の許可が下りないかな」
やんわりと幾度目かのお断りを入れる。その後も食い下がる。ただ、その理由をそれとなく水島さんから聞いていたりする。
「鈴木先生は色々と気を付けて見えるので余計な事かもしれませんが」
そう言って教えて貰った内容は、ある意味で何処にもあるありふれた話だった。
「私を落とせば逆玉ですか。まあ、否定はしませんが、私はお付き合いしている人がいますよ?」
「そんな事を気にするようなメンバーじゃ無いみたいですよ? それに、どうもあの子達ホストクラブに出入りしているみたいで、逆玉狙っているのは其処のホストみたいです」
まあ、懇親を兼ねた1次会が終わった後に、女性達だけでそのホストクラブに行くって感じらしいです。
「私ってホストに嵌るように見えるんでしょうか? 自分で言うのも何ですが、全然想像が出来ないんですけど」
「ほら、え? あの人がって事もありますから?」
何にせよ水島さんの忠告はありがたかったです。
最初の懇親会に参加した瀬古さんにその時の様子を尋ねると、翌日も勤務があったのと研修医でお金にも余裕が無かった事、そして一番の理由は全然楽しくなかったからという事で一次会で帰ったそうです。
「あの一次会の雰囲気で2次会参加する医師は居ないって。ましてや2次会でホストクラブ? 無い無い、あの子何考えてるの?」
「うん、そう思うけど一応注意してね。知っていれば対処も出来ると思うし」
その後の懇親会の様子を知らないので言えませんが、既に被害者が居ない事を祈りましょう。
「うん、ありがとう。もう関わらないようにする」
瀬古さんも思いっきり苦笑いしていますが、本当に困った人っているんですよね。
前世でも確かにホストに嵌ってお金をつぎ込んでた人っていましたよね。そういう人って余裕がある内は良いけど、無くなって来ると何を仕出かすか判らない印象があります。
「鈴木さんは実家暮らしで送迎付きだから安心よね。羨ましいわ」
「瀬古さんも良い所のお嬢さんでしょ? 恋人もいるって聞いてますよ」
前に聞いたんですが、瀬古さんのお父さんも会社を経営しているそうです。それと、やはり既に結婚を約束している人がいるそうです。
「研修期間が終わらないと結婚できないけどね」
「ですね。慣れて来ると一気に振られる仕事が増えていくらしいです。まあ、報連相はしっかりする様にと、カルテは丁寧に書けしか今の処言われていませんが」
実際に、看護師との対立も含め毎年ある事の様です。その為、指導医に対しても、看護師長に対しても、何かあったらキチンと報連相をするようにと言われています。其処を怠ると後々になって大きな問題に発展してしまうそうで。
「とりあえず、今の事も報告しておきますか。それこそ、何かあってからだと遅いですからね。特に若い看護師の子も連れて行かれてると問題が大きくなる可能性が高いかも」
「あ、そうかあ。うん、私も報告しておく。面倒だから放置する気だったけど。でも、鈴木さんってやっぱり落ち着いているよね。凄いなあ」
何やら変な誤解を与えてしまった気もしますが、この騒動が早く落ち着いて欲しいですね。
そして週末、藤巻君に近況報告のついでにその話をしたら、思いっきり心配されました。
私的には笑い話的な話のつもりでしたんですが、そのせいで仕事が終わった時と、家に帰ったら時に連絡を入れる事を義務付けされちゃいました。
なんか面倒だなあ。でも、逆の立場なら同じような事を言いそう。やっぱり心配しますからね。




