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86 藤巻家本家

 藤巻君の実家へと顔を出した後、今回の帰郷における最大の試練? テーマ? 藤巻君の医学部進学に際し多大な援助をして頂いた本家へのご挨拶へ赴く事になりました。ただ、藤巻君の両親を残し、私達は先行して訪問する事に。


「親父は又牧場に行かないとだから、本家に顔を出すのは夜になるかな。母さんも家の事とかあるし、先に行こうか」


「うん。それは良いけど、本家だから気を使わないととか無いの?」


 中村さんから聞いた本家と分家の関係は、それこそ殿様と家臣みたいな感じだった。特に何かを準備する事無く本家へ向かおうとする藤巻君に思わず質問する。


「まあ、子供の頃は日中ずっと預けられてたから、本家って言っても自宅とそんなに変わらない。手土産も買ってあるし、気楽に行けば良いって」


 関係性を聞くだけでも、中村さんの所とは大きく違うなあ。そんな事を考えながら車に乗って本家へと向かった。


 何と言っても棚田医大の学費を全額負担してくれたというのですから凄いですね。まあ、建前上我が家も同様の状態なのですが、普通に考えて3千万円以上の援助です。ポンっと簡単に出せる金額じゃありません。


「えっと、牧場は?」


 てっきり本家と牧場は同じ場所にあると思っていたんですが、案内されたのは思いっきり時代劇なんかで出て来る武家屋敷でした。そして、何処を見ても牧場はありません。


「ああ、ゴメン、勘違いさせたかも? 牧場はもっと山の方」


 目の前にあるお屋敷と勝手に想像していた藤巻家本家とのギャップに驚きます。


「家が畜産業始めたのは戦後からだから。歴史はそんなに古くないし、それまでは普通に稲作がメインだった」


「あ、そうなんだ」


 なんか意外ですね。ずっと古くから牛を育てていたのかと思ったら、想像以上に歴史は浅かったです。ただ、その後の話で、言われてみればそんな物かと納得しました。


「肉食が日本に広まったのも明治頃からだし、戦後に牛肉の安定供給の為に国と県が畜産へ力を入れたのが始まり。爺さん達に言わせると中々安定しなくて苦労続きだったらしい。それこそ、親族総出で頑張ったお陰で今があるって何時も言ってる」


「言われてみれば、昔は牛肉何て食べなかったんだよね。今だと信じられないね」


 当たり前にステーキや焼肉、すき焼きやしゃぶしゃぶなど美味しいお肉料理は沢山ある。それが広まったのが100年程の歴史しか無いというのは驚きを通り越して違和感すら感じてしまう。


「だね。僕もお肉は好きだから」


 藤巻君は笑うけど、それこそ凄い事なんだろう。ただ、その先の話を聞くことなく車を駐車場に止め、藤巻君の後について本家の門をくぐる。


「邦彦です! 帰りました!」


 玄関を超えて家の中へと入ると、大きな土間とその先には明らかに二桁人数の人を想定した水場? 台所? 兎に角そんな場所が目に飛び込んできました。そして、大きな土間を挟んで右に何だろう? なにか部屋があって、左に畳の間が広がっています。


 その畳の間の奥からワイワイと人の声が聞こえてきました。


「おや、邦くん遅かったね。早く上がりなさい」


「もうみんな待ち構えているよ。ほら、お連れさんも遠慮せずに」


 現れたのは先程会った藤巻君の親戚のおばさん達だ。私達を見る表情には、興味津々という言葉が浮かび上がっているかのよう。私と藤巻君はお互いに顔を見合わせて苦笑を浮かべる。


 そして、入り口の畳の間から案内されて奥の間へと移る。すると、そこには数人の年配の女性と手摺のある座椅子に座ったお婆さんがいた。


 あ、あのお婆さんが藤巻君の祖母かな。


 その両隣にいる老婆も同じくらいの年齢に見える。しかし、やはり中央に座椅子で座っている姿は、御頭首様っていう感じがした。


「おや、邦彦君お帰りなさい」


「よう帰って来たね。はよこっちにおいでなさいな」


 両隣にいた老婆たちから声が掛けられる。藤巻君は勝手知ったるという様子で、特に畏まる事も無くずんずんと前に歩いていく。


「お祖母様、無事に卒業出来ました。あと医師免許も取れました。ご支援ありがとうございます」


 藤巻君はお婆さん達の前に来ると、膝をついて深々と頭を下げました。私は、藤巻君の後ろで同様に正座をして軽く頭を下げます。


「お帰りなさい。頑張ったねぇ」


 お婆さんは、ニコニコと笑顔を浮かべて藤巻君を見る。そして、次にその視線を横へとずらして私を見ました。その眼差しは四日市の祖母の様だった。


「邦彦が、まさかお嫁さんを連れて戻って来るとは思わなかったわ。邦彦の祖母の美代と言います。此れからも邦彦を宜しく頼みますね」


「おお、邦彦の嫁さんか。それは目出たいねぇ」


「ほんに、あの小さかった子がもう嫁を貰う年になったかね」


 何やらお婆さん3人で盛り上がっているんだけど、何となく思いっきり胡散臭さが漂います。私だってソコソコ経験は積んでいますし、こういった老人達の悪ふざけは幾度か経験もしていました。


「あ、鈴木日和と申します。藤巻君とお付き合いさせて頂いてます。ただ、正式にお付き合いを始めて日が浅いので、まだ結婚の件は保留して頂いています」


 この時、私はお嫁さんと言われてしまった事で、思いっきり焦りました。でも、ここは素直に状況を説明します。変に濁しても良いように振り回されそうですからね。そんな私に慌てたのか、藤巻君がパタパタと手を振りました。


「鈴木さんゴメン、大丈夫、揶揄われてるだけだから。まだお付き合い始めたばかりって事は伝えて理解して貰えてる。ばあばも冗談きつい。それで僕が振られたらどうするの」


 藤巻君がそう言ってお婆さんたちを睨みつけると、お婆さんたちが一斉に笑い出した。


「何を言うのかねぇ。男のくせにグズグズしているから後押ししてあげようと思った祖母心だよ。ほほほ、良さそうな娘さんじゃないか。邦彦が態々挨拶に連れてくるくらいなんだ、本気なんだろう?」


 うん、確かに御頭首様なのかな? 祖母の発言っていうより、目上の者からの発言って感じがします。

 藤巻君が何やら説明してくれている間、私はお婆さん達を観察しています。恐らく、これが俗にいう長老組っていうのかな? その割には此処にはお婆さん達しかいませんけど。


「何やら不思議そうに見ていますが、何か気になりますか?」


 長老組の一人が私に話しかけて来ます。温和そうな表情ですが、それ以上に好奇心旺盛っぽい眼差しが気になります。


「申し訳ありません。私の家は親戚付き合いなどが希薄なので、ついつい珍しくて。皆さんご親戚で仲が良いのですね」


 私の言葉にお婆さん達3人は会話を止め顔を見合わせて笑い出します。その様子を不思議そうに眺める私ですが、藤巻君は何か大きな溜息を吐きました。


「そうねぇ、仲は悪くないかしら?」


「あら? そうなの? それなら嬉しいわ」


「そやねえ、付き合いは長いねぇ」


 そう言って更に笑い出しますが何でしょうか?


 藤巻君が振り返って私を見ます。


「親族間の妬み僻みなどは普通にある。同じ職場で働けばそれは仕方がない」


「えっと、それ此処で言っちゃっていいの?」


 真剣な表情で私に告げるけど、本人達の目の前で言って良い内容では無い気がする。しかし、その発言を聞いたお婆さん達は姿勢さえ崩す勢いで爆笑し始めた。


「ほ、ほんに、邦坊は笑かしてくれる」


「嘘の付けない子ねぇ」


「邦彦、貴方は変わりないわねぇ。ええ、まあ年寄りは其処に色々な物が覆いかぶさりますから。それにしても、お医者さんになれば其処から一歩外へ出ます。貴方は聡い子ですから、よく頑張りましたね」


 何となく、藤巻君も親族間で色々とあったのかも知れない。うちだって父方を引き合いに出せば色々と問題を抱えていたし、それが代々続く一族ともなると更に対象が増えるし大変そう。


「お嬢さんも聡い子ね。本当に、邦彦は人に恵まれる子ね」


 その言葉に藤巻君はぺこりと頭を下げる。


 まあ、同年代の従兄とかからは敵視されそうなキャラクターだからなあ。


 頭が良くて親世代以上からの評価は高く、それでいて嘘やおべんちゃらは言えない。ぶっきら棒なのは育った環境からなのか、それとも生まれ持った性格なのか。好かれる人からは好かれそうだけど、嫌われる人には思いっきり嫌われそう?


 その後、藤巻君のご両親が来るまで藤巻家の事とか、牧畜の事。更には幼少期の藤巻君の事などを教えて貰っていた。もっとも、幼少期の話は流石の藤巻君も必死に会話を切ろうとしていたけどね。


「ところで、牛肉はお好き?」


「はい。特に好き嫌いは無いです」


「良かったわ。今日の夕飯を楽しみにしててね。せっかく来ていただいたんですから良いお肉を出させるわ」


 そう言って笑う藤巻君のお祖母さん。どうやら私に対し悪い印象は持たなかったみたいで内心でホッとしました。


 そして、夕方に入り続々と集まって来る藤巻一族に私はちょっと呆然としました。


「従兄弟や再従兄弟の子供とか入れたら100名は超える」


 事前にそう教えて貰っていたんだけど、実際にその様子を見ると驚きしか無いですね。


「うん、混沌だ」


 思わず口から零れちゃいました。ただですね、まず子供の数が凄いです。それこそ乳飲み子から始まって高校生や大学生の子を含め30人超えらしいです。


「畜産しているからか、子沢山が歓迎される。我が家はレア」


 うん、藤巻君の所は一人っ子ですからね。ただ、そっかあ想像していた以上にインパクトが強い。確かに子供の数が3人以上いれば単純計算で一族の数は増えますね。思いっきり時代の流れに逆行している一族だね。


 そんな事を思っていると、同世代っぽい人達がこっちへと集まってきました。


「邦! 医者に成れたって! 凄いな!」


「邦君久しぶり~~~! お嫁さん連れて来たって?」


「正月ぶり! 無事国家試験受かったんだって! やったなあ!」


 何やらあっという間に人だかりとなります。そして、その輪の中に私も引きずり込まれました。


「え? 同じお医者さんなんですか? 凄い! 良いなあ、私勉強できなくて、何か憧れちゃいます! 装いとかもやっぱり都会だなって感じですし」


 一通り紹介してもらった後に、何故か高校1年生の里美ちゃんに質問攻めにされています。尋ねると大学は出来れば名古屋に出たいそうです。


「お姉ちゃん達にも聞くんだけど、うちって農業系に進む人が多くって。子供の頃から牧場で育ってるから別に牛は嫌いじゃないけど、やっぱり臭いし? ほら、男の子とデートするにも気になるし」


 うん、会話してても今どきの子ですね。ただ、ブランドとかよりも名古屋の大須に行ってみたいとか。


「私は名古屋とかに出たいし、そっちで良い人見つけたいなあ。お医者さんなんて高望みしないけど」


 そんな事を言い出すので、若しかして藤巻君を狙ってたりするのだろうかと聞いてみた。


「邦兄は無いかなあ。頭は良かったけど、子供の頃から全然遊んでくれなかったし」


 だそうです。うん、親戚の子を集めて一緒くたに育てる環境では、よく遊んでくれるお兄ちゃんやお姉ちゃんが人気が高いのでしょう。そこには医者だ何だの打算など無く、これだと藤巻君が慕われるには少々厳しそう。


「そうなんだ。確かに、あんまり面倒見は良くなさそうだね」


「良くなさそうじゃ無くて本当に良くないの! 勉強ばっかりしてる。だから上のお兄ちゃんやお姉ちゃん達からも評判良くないよ? まあ、お医者さんになったら頼られるかもしれないけど、名古屋から帰ってこないよね?」


「うん、大学病院で暫くは勤務するって言ってたからね」


 チラリと藤巻君の方を見るけど、明らかに藤巻君は同年代に囲まれて面倒そう。その様子に思わず吹き出しそうになる。


 すると、そんな私の視線に気が付いたのか、こっちをちょっと睨みつけてくるけど、こればかりは自業自得かな?


 少しして大きなテーブルに料理がドンドンと運ばれてくる。その量に再度ドン引きするけど、此れだけの人数の胃袋を養おうとすると仕方が無いのか。土間の奥にあった大きな調理室を思い浮かべ、今頃そこでは女性陣が必死に料理をしているんだろうと想像を働かせていた。


 その後、意外な事に誰もが食事は静かに淡々と取っていく。勿論、小さな子供や乳幼児はその限りでは無い。ただ、男性陣は食事を終えた者から順次簡単に挨拶をして引き上げて行く。


 てっきりお酒を飲んでの飲み会になるんだと思ってた。


 私はその様子を不思議に思い見詰めていると、藤巻君がその答えを教えてくれた。


「今から交代で畜舎行く人もいるし、そうでない人も朝が早いから無駄に遅くまで飲まない」


「成程、でもそれってアルハラとか無さそうで良いね?」


 私がそう言うと藤巻君はちょっと考え込む。そして、私達の会話を聞いていた人達が笑い出すので、どうやらそれも違うのかな? まあ、兎に角無事に藤巻君の実家訪問は終わったとみてよいのかな。

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― 新着の感想 ―
漁師と農家は自分達で作ったものを食べられるけど牛や豚は専門の処理施設で資格持ちの専門家が処理しないと駄目だからなあ。牛乳や鶏ならギり出来るけど今じゃ養鶏してても鶏も絞めれない人のほうが多そうですね。
畜産の一族って、一般的な生活してると馴染みがないので、読んでておもしろい
結婚したら米と肉には困らないんだろうなぁ
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