84 両親への紹介
運命の日曜日? 私は家の近くの喫茶店で藤巻君と待ち合わせをします。
「あ、お待たせ! 早いね」
待ち合わせの時間より15分くらい早めに喫茶店に着くと、驚いたことに藤巻君は既に到着していました。私は慌てて藤巻君の向かいの席へと腰を下ろしますが、うん、藤巻君は思いっきり緊張しているみたいです。
「藤巻君がこんなに緊張しているの見た事無いかも」
つい思わずニヤニヤとしながら藤巻君を見ると、非難的な眼差しで此方を見ます。
「そんなに待ってない。あと、当たり前だけど緊張している」
「なんか見てて楽しいかも」
ついついそんな感じで揶揄ってしまうけど、良く考えたら将来的に結婚を前提としている相手の両親へ挨拶となれば、緊張するのは良く解る。良く解るんだけど、普段ひょうひょうとしている藤巻君が此処まで緊張するとは思っていなかっただけに、ニヤニヤするくらいは勘弁して欲しいかな。
「後日、逆の立場で感想を聞こうか」
「え?」
「忘れているようだけど、明後日一緒にうちの実家に行くよね。その時の鈴木さんの様子を楽しみにしとく」
藤巻君の指摘を受け、逆の立場を考えると確かに緊張してガチガチになっている自分の姿が思い浮かびます。
「じ、時期を改めよっかなあ」
「もう家の両親には伝えたから、そこは勘弁して欲しい。最大限フォローはする!」
まあ、確かに先延ばししていても何時かは訪問しないとですよね。でも、正式に結婚を決意してからでも良いような?
何となく逃げの思考に入りそうな私に危機感を持ったのか、藤巻君は目の前にあるコーヒーを飲み干して立ち上がりました。
「よし、行こうか」
「え? 私何も頼んでないって言うか、来たばっかりだけど?」
一旦席に着いたし、小市民な私としては何も頼まずにお店を出るのには引け目を感じるんですが。
「勢いが湧いたときに行かないと行き辛い」
「ごもっとも」
まあ、その気持ちも判らなくはないので、藤巻君を連れて我が家へと向かいました。
「うわ! マジで此処かあ。やっぱり凄いな」
一応は高級マンションですし、入り口には警備員さんも常駐しています。1階はホテルのロビーっぽい作りになっている為、遊びに来る場合は敷居が高いかもしれない。前世の私だったら思いっきり尻込みする事間違いないですね。
「セキュリティー重視で選んだからね。あ、ちょっと待ってね」
カードキーを取り出して、1個目の扉を潜りました。すると2個目のガラスの扉が立ちふさがります。ここは警備員さんの視線を受けながらタッチパネルに部屋番号と暗証番号を入力しないと駄目なんですよね。この時、不審者チェックを警備員さんがしてくれます。
ほら、前の人が扉を開けたのに便乗してマンションに入る事が出来ちゃいますよね? そういった危険を防ぐのが警備員さんのお仕事の一つです。
「鈴木様、お帰りなさいませ。ご友人ですか?」
「ただいまです。はい、若しかすると今後ちょくちょく来る事になるかもなので、宜しくお願いします」
「了解いたしました。警備をしております大橋と申します。土日は私が警備している事が多いと思いますので、宜しくお願い致します」
警備員の大橋さんが藤巻君に挨拶をします。藤巻君も挨拶をして、そのままエレベーターへと乗り込みました。
「凄いなあ。僕の住んで居るマンションとは雲泥の差だな」
「それなりにお高いけどね。でも、色々と安全の事を考えて此処に引っ越したの。最近ようやく慣れて来た感じかな」
そんな事を話しながら最上階へと移動します。最上階は我が家とお姉ちゃん達の二部屋しかありません。その為、エレベーターを出たら扉が二か所しか無い事に藤巻君は驚いていたけどね。
そして、さっさと鍵を開けて家に入ろうとする私に、慌てたように藤巻君が待ったを掛けました。
「ちょっと深呼吸をするから待って」
「あ~~~、うん、判った」
3回ほど深呼吸をした藤巻君が、私を見て頷いたので鍵を開けてドアを開きます。
「ただいま~~~。藤巻君を連れて来たよ。あ、藤巻君、そのスリッパ履いてね」
玄関に用意されていたスリッパを指し示し、私は自分のスリッパを履き藤巻君を招きます。家の奥からはパタパタとスリッパの立てる音が聞こえてきて、ひょっこりとお母さんが顔を出します。
「あら、お帰りなさい。貴方が藤巻さんね、母の鈴木幸子と申します。これから宜しくお願いしますね。さあ、入って入って」
「あ、日和さんと同期生の藤巻邦彦です。宜しくお願いします」
玄関の所でお母さんと藤巻君が簡単に挨拶を躱しました。私は、それを何となくむず痒い思いで見ています。うん、何かこっちが恥ずかしくなって来ちゃいますよね。
「藤巻君、ほら、こっちだよ」
リビングへと案内しながら様子を伺うと、先程まで解れて来ていた緊張が再燃したのか、またもやちょっとガチガチな藤巻君になっています。
お母さんの後に連れ立ってリビングへと入ると、お父さんが椅子に座って待っていました。うん、腕を組んで威厳を出そうとしているのか表情もちょっと強面? ただ視線は藤巻君を見て、私を見て、お母さんを見てとちょっと忙しい。
「ほら、藤巻君、こっち。改めて両親を紹介するから」
藤巻君の手を引っ張ってお父さん達の向かい側に案内します。ここで、お父さんも立ち上がりました。
「日和の父です」
「改めまして、日和の母の幸子です」
「藤巻邦彦です。日和さんと同じ大学の同期生で、結婚を前提にお付き合いをさせて頂いています」
藤巻君が深々と頭を下げました。
お父さん達が先に言葉を掛けて、藤巻君も慌てて大きくお辞儀をします。こういう時って私はどうすれば良いのかな? 藤巻君に合わせてお辞儀するのも変だし、お父さん達に合わせてお辞儀をするのも変。
ちょっと居た堪れない気分になりながら、双方に着席を促しました。うん、司会的な立ち位置が一番自然かもしれない。
「えっと、事前に説明してあるから細かい事は省くよ? 今お付き合いしている藤巻君です。同期で、先日無事に国家試験を通ったから4月からはお医者さん? こ、こんなところかな?」
双方の視線が私に注がれて、何だか思いっきり緊張しちゃいました。ただ、これ以上何って説明をすれば良いのか判らないし、お付き合いしている人ってだけですよね?
「私は明後日に実家へ帰省します。その時に、ぜひ日和さんを両親に紹介する為同行をお願いしました。私の両親に紹介する前に、きちんと日和さんのご両親にもご挨拶したく思いお伺いさせて頂いた次第です。どうか、宜しくお願い致します」
どう話を進めれば良いのか悩んでいる間に、藤巻君が今日の訪問の主旨を話してしまいました。まあ、今日の段階では深い内容何て全然なくて、本当にご挨拶に来ただけなんですけどね。
「ふふふ、日和からは色々と聞いていますわ。面白い男の子がいるって」
「ちょっ!」
突然にお母さんが変な事を言い始めました。っていうか、今は藤巻君の発言に対し何か言う段階じゃないんですか!
「面白いですか?」
横目でチラリと此方を見る藤巻君ですが、嘘は言ってませんよ、嘘は!
「ええ、うちの子もちょっと変わっているでしょ? だから結婚できるのかしらってずっと不安だったの。大学に入るまであの子の口からボーイフレンドのボの字すら出なくて、別に結婚しなくても一人でやっていけるみたいな事を言うのよ? 母親としては心配で心配で」
「お母さん! すっごい胡散臭いよ! 演技なの見え見えだから!」
それこそヨヨヨとか言って泣き崩れそうな胡散臭さが漂っていて、私は思いっきり睨みつけます。
「はあ、まあ、何となく想像が出来ます。僕が告白した時も、告白されるとは欠片も思っていなかったみたいで吃驚していました。結構狙っていた男子も多かったんですが、本人は全然自覚していませんでした」
「え? はああ? 藤巻君、そんなお世辞言わなくても大丈夫だから! 別に気を使わなくても良いよ!」
「此れですものねぇ」
藤巻君とお母さんが揃って私を見て溜息を吐きます。
そ・れ・こ・そ、如何にも! わざとらしく! 駄目な子を見る感じでこっちを見て!
「はあ? もてなくて悪かったわね! こっちは医者に成るのに必死だったの! 私だって頑張れば彼氏の一人や二人作れましたぁ!」
小学校、中学校の頃は周りの子達が幼過ぎて恋愛対象外でしたよ! 私は生憎とショタじゃありませんから、流石に子供を恋愛対象に選ぶことはありません。
そして、高校時代は大学受験一色で日々の生活も勉強中心、恋愛なんてする気も起きませんでした。まあ、松田さん達と遊ぶのが楽しかったし、あえてそこに恋愛要素を入れる気は欠片も無かったです。私だって時間的に、あと精神力というか気力的に? とにかく余裕があれば違う結果になっていたと思います。
「今だから言えるけど、鈴木さんと付き合い始めたって言ったら結構多くの連中に恨まれました。抜け駆けしやがってって文句を言われましたし。国家試験の合格を待ってから告白しようって思ってた連中はソコソコいました。だから僕も慌てて告白することに。ただ、振られてたら国家試験に落ちてたかもしれません」
「へ? えっと、誰かと勘違いして無い?」
思いもよらない事を藤巻君が言い始めて、思わず動揺しました。告白何てされた事無いですが? ラブレターも貰った事無いですが?
「あら? そうなの? この子からそんな話聞いたことが無いわ。それこそ、良子ちゃんの事があった以降は何時も良子ちゃんと一緒にいたでしょ? だから大学を卒業するまで彼氏を連れて来る事は無いと思ってたわ」
私が思いっきり動揺していると、お母さんは嬉々として話に乗ってきます。まあ、お母さん好みの話ですからね! でも、思いっきり盛ってますよ? 真実とはかけ離れていますよ!
「その、こんな事を言うのって良くないんですが、変に鈴木さんにアプローチすると、資産目当てっていうか、逆玉狙いか? みたいな事を言われるんです。それで、医学部の生徒は変にプライド高いですから、中村さんの事があってから余計にその傾向が強まって。僕的には良い風除けになってくれていたんですが」
もう、私は無言です。口をぽかんと開けていないだけ良いと思います。ただ、ここで今まで黙っていたお父さんが話しかけました。
「それで、君は其処ら辺はどうなんだ? 資産目当てでは無いと言えるのか?」
「「・・・・・・」」
うん、私とお母さんは思わず顔を見合わせちゃいました。
それ、お父さんが言っても全然重みが無いというか、それこそ鏡は何処って感じですよね?
私達の視線に気が付いたのか、お父さんの挙動が突然可笑しくなりました。何かすっごく偉っそうに黙り込んでいたけど、我が家での発言権はお母さんに養われている段階で無くなりましたからね。
お父さん、早く年金貰えるようになると良いね。今収入0だからね。
そんな私達親子を不思議そうに見る藤巻君だけど、改めて姿勢を正して話し始めました。
「一応、これから医師として独り立ちします。幸い、奨学金などの借金もありません。実家もそれなりに裕福なので、鈴木さんのお金を当てにするような事は無いと断言できます。私自身も特にパチンコなどの賭博系はやりませんし、余り何かに執着する事も無いので浪費する事も無いと思います」
「うん、藤巻君ってそういう所有るよね」
ブランド品などに拘るどころか、本当に有名処くらいしか知りませんよね? 今現在乗っている車もですが、あまり見栄を張る事はしません。まあ、本人曰く見栄を張る程のお金もないって言ってましたけど。
「趣味はこれから見つけていけばよいのよ。うちの日和だって趣味という趣味は無いのよ? ああ、一つ飛び抜けているのがあったわ、お金かしら?」
「ちょっと! お母さん何を言い出すの!」
「あら、悪い事じゃないわよ? 無駄遣いしない子に育ってくれてお母さんも助かるわ」
いずれ結婚する時? 結婚してから? とにかく、自分の資産状況の説明はしないと駄目だとは思いますが、趣味がお金って言い方は無いと思う! 趣味がお金って言うより、私的には貧乏性って言葉が一番似合っている気がします。
「私は小市民なだけです! 我が家だって贅沢とは無縁な生活してきたじゃん!」
「贅沢と無縁・・・・・・」
不思議そうな表情で私を見る藤巻君。
「このマンションだけが飛び抜けているの! 小学生の頃までは普通のマンションだったから! 庶民生活だったからね!」
必死に弁護する私を藤巻君は目を丸くしながら見る。そして、突然に吹き出した。
「は、ははは、あはははは。こ、こんなに必死な鈴木さん、は、初めて見たかも」
そう言って大笑いし始めた藤巻君を、それこそ私達はキョトンとした表情で見返す。そして、私は何だか次第に腹が立ってきた。
「ちょっと! 私だって必死な時くらいあるよ! 中村さんの時とかも必死だったよね⁉」
私がそう抗議するんだけど、藤巻君はそんな私を見て更に笑い出す。お母さん達は、そんな私達を吃驚した表情で見ているけど、そっちまで気を遣う余裕は無いからね!
結局、その後は良く解らない雰囲気のまま、私達の交際は特に母の全面的な賛同の基認められたのでした。
「ところで、結婚は何時?」
「まっだ!」
藤巻君が帰った後、母と娘の攻防が始まったのは藤巻君には内緒です。




