81 国家試験合格
大学卒業後のドタバタも終わり、ついに運命の合格発表の日。
もっとも、別に大学前などに合格番号が張り出される訳でもなく、自分の番号をネットで確認するだけなんですが。
そして、驚くことに昔は番号だけにとどまらず合格者の氏名まで新聞に掲載されたらしいです。
個人情報保護の観点などから今では廃止されているんですが、受験者本人としては中々にプレッシャーが凄そうですよね? 高額納税者の時もそうでしたが、昔は色々と怖い時代でしたね。
私は机の上に置かれたノートパソコンを開き、合格者番号の確認画面へと進んでいた。
「あ~~~、怖い! もし番号が無かったらとか思ったら怖くて見れない」
掲載時間は既に過ぎ、HP上には先程まではクリックできなかったアイコンが今か今かとクリックされるのをまっている。そのアイコンをクリックすれば合格者の受験番号が確認できるのに、中々にその踏ん切りがつかない。
「ですよね。もし落ちていたらって思うとすっごく怖いです」
自分一人で確認するのが怖いと、中村さんも朝早くから我が家に訪れていた。まあ、その気持ちも判らなくはない。中村さんの場合は、本来一緒に喜ぶべき家族との関係が崩壊していますから。
「ほら、早くしなさい」
「今までの中高大のすべての努力の結果が此処に出るんだよ? 怖いって」
「ですよね。更にもう一年勉強とか、真面目に怖すぎます」
私の向かいに座り、自分のノートパソコンを開いている中村さんも同様に同じ状態で止まっていました。
「駄目なら来年も受ければよいだけでしょ? それに、今まで頑張って来た自分を信じてあげなさい」
「無理! 信じられたら此処まで怖がらない!」
「大丈夫と思ってても怖いものは怖いです」
お母さんはそう言いますが、そこが今一つ信じられないから今があるんです! それでも、こうしていても意味が無いのは確かなので、アイコンをポチッとクリックしました。
「仕方ない。よし、見ます!」
「同じく!」
私達二人の様子にお母さんは思いっきり苦笑を浮かべている。ただ、これは当事者本人にしかわからないと思います。
「で? どうなの? 番号はあった?」
私の傍らでお母さんが一緒にパソコンの画面を覗き込んでいました。そして、中村さんも同様に自分のノートパソコンで合格者の確認をしはじめました。
「あ、あった。合格してた」
掲載されている番号を探していると、ちゃんと自分の受験番号が掲載されているのを確認出来ました。
大学合格の時とは違い、嬉しさよりも安堵感のほうが強いです。思わず脱力して、椅子に凭れかかっちゃいました。
「あ、私もあった! 良かった~~~!」
中村さんは、喜色満面の表情で素直に喜びを表しています。
「二人ともおめでとう! 良かったわねぇ。今日はご馳走作っちゃうわね!」
「あ、チューリップがいい! 久しぶりにチューリップ食べたい!」
「私もおばさんの作るチューリップ好きです! 鈴木家に来るまで食べた事無くて、初めて食べた時ビックリしました!」
お母さんの言葉に私と中村さんが反応する。鳥の手羽先から作るチューリップは、結構面倒なのでクリスマスなどのお祝いの時にしか作って貰えないのだ。
「ふふふ、解ったわ。そうしたら買い物してこないとね」
そう話すとお母さんは早々に買い物に出かけていってしまった。私達も一緒に行こうとしたんだけど、友達に連絡とかあるでしょと置いていかれることに。
「おばさんに悪い事しちゃったかも」
「私達以上に喜んでくれたから大丈夫。最近は暇を持て余しているし、お母さんは料理するのも好きだから、片付けを手伝えば大丈夫」
私達以上にお母さんは喜んでくれました。まあ、試験前の私達の様子は鬼気迫るものがあったと思います。余裕なんて欠片も無くて追い込まれていた私達を、食事などのお世話をしてくれていたお母さんは間近で見ていました。それ故に私達同様に喜んでくれるのだと思います。
「あ、みんなに合格報告しないと」
「私も!」
まずは高校時代の友人達にLIGUNEのグループチャットで合格した旨を書き込んだ。すると、次々におめでとうの書き込みと共に、みどりちゃんも同様に合格していた旨の追記が入った。
『みどりちゃんもおめでとう!』
『あとは佳奈だけだね!』
『佳奈、ガンバ!』
『もう頑張りようが無いんだけど!』
LIGUNEに次々とコメントが入っていく。獣医師試験の結果は既に出ていて、今回も一足先に皐月ちゃんは合格していた。そして、私とみどりちゃんの結果が出て、あと残すは薬剤師を目指す佳奈ちゃんだけとなる。
確かに今更何か出来る事って無いよね。
ついつい文字を入力しながらにやけ顔になってしまう。一通りLIGNEで会話をしてスマホから視線を上げると、何やら顔を顰めている中村さんが目に入った。
「中村さん、どうしたの?」
とても合格した嬉しさが表れている表情では無い。私とお母さんは顔を見合わせて中村さんを見る。
「えっと、一応兄には合格していた旨の連絡を入れました。そしたら、医師会名簿に名前が載ったら父がまた騒ぎ出すかもしれないから気を付けろって。未だに兄には定期的に母からのアプローチがあるみたいで、そこで私の事も遠回しに聞かれるみたい」
中村さんは相変わらず両親とは断絶状態です。一応、お兄さんとは定期的に連絡を取り合っているみたいですが、お兄さんも両親と関係改善をした様子はありません。子供を自分の所有物の様に扱おうとする毒親ですから、改善するはずが無いとも言えますが。
「医師免許取ったとなると干渉して来る可能性もあるかあ。でも、このマンションのセキュリティーなら例え住所がバレても問題ないよ。中村さんも必要以上に気にしない事」
両親との関係を断った中村さんですが、それでもやはり両親の事は気になるのが普通ですよね。ちょこちょこお兄さんとは連絡を取っているようで、その際に色々と情報が入って来るみたいです。
「個人病院で後継者問題が絡むのは何となく想像できるなあ。小さい頃からプレッシャー掛かるだろうし、お医者さんの子供も大変だね」
会社の経営者とかもそうなのかもしれないけど、後継者問題ってよく聞きますね。少子化が進めばより深刻になるのだろう。その点だけを考えれば、サラリーマンの子供は気が楽かもしれない。
「うちは普通じゃない気がするけど。そう思えるようになったのは家を出て一人で暮らす様になってからだけどね。実家にいた時は常にお父さんの顔色を窺ってたし、期待されている兄の事を羨ましく思ってた」
中村さんは一人暮らしをする事で、精神的な自立が進んだんだと思う。色々と荒療治になっちゃった感が強いけど、それでも良い方向に変わっていってると思う。
「まあ人様の家の事は良く解らないから何も言えないけど、とりあえず株価も良い感じに上がっているし中村さんも変な重荷背負わなくて良さそうだね」
督促とかするつもりも無いし、無事に6年で卒業出来たお陰で中村さんに貸したお金の半分以上が手つかずで残っている。そのお陰で今の段階でも株を売れば全額返済は可能だ。
「うん、そこも鈴木さんには感謝しかないよ! でも、売り時が判らなくてすっごく怖いけどね! それでも少しでも得したいから、頼りきりでごめんね」
「損しても怒らないでね? 私だって見通せてる訳じゃ無いんだから」
中村さんの言葉に、私は吹き出してしまった。ある意味、私が通って来た道といいますか、試練といいますか、その日その日で株価が上がったり下がったりする恐怖は何とも言えない物があります。
「何で笑うんですか! もう! 余りに怖いからもう見ない事にしたんです! 何かあったら鈴木さんが教えてくれるって思ってるから」
その発言は私の判断に依存している。決して褒められた事では無いと思いますが、経済や市場などに対し素人である中村さんに判断する基準がある訳もなし。もっとも、私だって前世の記憶に頼っているだけで思いっきりズルしているんですけどね。
「今売っても利益は十分出るけど、そっから税金を引かれるって考えると躊躇っちゃうんだよね」
「鈴木さんにはお世話になりっぱなしだから、本当にありがとう。無事卒業できたのも、医者に成れたのも、あと、家の呪縛から逃げられたのも感謝しかないです」
中村さんが深々と頭を下げる。私は慌てて頭を上げて貰って、今後の事を打ち合わせする。
「4月からの研修先も大学の医局だから引っ越しは無いし、多分後期もそうするから。あ、色々と優遇して貰ってる家賃もあげて貰っても」
私と違って中村さんは大学で研修医として働く事になっている。
改めてだけど、医師免許に受かっても2年間の研修を経て漸く専門医への道を歩き出すんです。そこから更に専門別に3年の研修を経て漸く専門医となります。
美穂さんの病院で大先輩達のお話を聞く機会が幾度かありましたが、昔は大学の医局が絶大な力を持っていて色々とあったそうですが、現在は2年間の研修後にそのまま同じ病院で働く人や、後期研修から大学の医局に戻る人が居たりと様々な選択肢が生まれています。
「鈴木さんも大学の医局で働けばよかったのに」
「うん、それでも良いかなって思ったんだけどね。でも、お姉ちゃんから結構強く勧められたから」
中村さんには幾度となく一緒に働こうと勧められたんですよね。ただ、お姉ちゃんが研修医として働いていた病院の情報を聞くと、結構良さそうだったので選んだんです。ちなみに、お姉ちゃんは4月から専門医として美穂さんの家の病院で働くため、私は入れ違いになります。
「でも、藤巻君も医局なのに良かったの?」
まあ、確かに同じ職場で働くのも有りだとは思います。只ですね、どうしてもネガティブな事まで考えてしまう私ですから、もし今後破局したとしたらって考えちゃったんです。どうしてもリスクを考えてしまうのは前世から引き続いた性格なので治しようが無いんですよね。
「同じ職場で働くのも良し悪しでしょ? まずは2年間頑張る!」
何となく私の考えに気が付いているであろう中村さんは、思いっきり苦笑を浮かべます。そして、ポツリと呟きました。
「で? 肝心の藤巻君には連絡したの?」
「あっ!」
みどりちゃん達には連絡した。何なら、卒業旅行に行ったメンバーにも連絡は入れた。だけど、藤巻君にはまだ連絡していなかった。
「普通、真っ先に連絡するんじゃなかろうか?」
「うぐぅ」
中村さんの正論プラス何とも言えない眼差しに、私が絶句したのは言うまでも有りません。




