78 卒業旅行
試験後の反動で特に何もしたくない私と違って、活動的な人は早くも翌日から何かと動き始めるんですよね。まず最初に動き始めたのは中村さんでした。試験が終了した翌日の夕方に我が家で一緒に夕飯を食べるんですが、その席で中村さんから旅行の提案がありました。
「鈴木さん、卒業旅行どうする? 何処か行く?」
大学の坂崎君達は確かイタリアとギリシャへ行くみたいでした。私達にもお誘いは来ていたのですが、私自身はあまり海外旅行に興味が無かった。中村さんにおいては卒業旅行に掛かる資金が厳しいという事で、二人揃って辞退する事にした。ちなみに、藤巻君も同じく辞退したそうです。
「記念に何処か行きたいよね? 近場だと京都? あとはネズミーランドとか、ユニバーサルなんかもどうかな?」
「記念って言う意味で考えると京都? 小学校の修学旅行で行ったけど、行くならぜひ伏見稲荷行ってみたい。千本鳥居だっけ? あそこは見てみたいなあ。あ、あと行った事の無い所だと出雲大社とかも良いかも? 私は行った事無いんだよね」
中村さんが行きたい先を候補として挙げてくれる。伏見稲荷も出雲大社も行った事が無いので私としては何方でも良いかなとは思う。
「京都は新幹線を使えば直ぐだし、どうせ行くなら出雲大社? でも、出雲大社に行くなら10月が良いんだよね? 出雲だけ神有月になるって記憶しているけど」
「別に3月に大国主命が居ない訳じゃ無いし、それに縁結びで有名だから良縁を結んで欲しい!」
中々な熱量で思いを語る中村さんです。確かに縁って恋愛関係だけでは無いですからね。
その後、中村さんと出雲大社へと行くことになりました。勿論、卒業旅行ですから私と中村さんだけでなく同じ医学部の同期である丹羽さんと舟橋さんが参加です。
私自身は左程仲が良い訳では無いのですが、中村さんは二人と1年生の頃から交流があったそうです。まあ、名前の順番的にも近いですからね。色々とグループで一緒になったんだろうと思いました。
「合格発表前に旅行を終わらせたかったから、3月頭で宿がとれたのは助かったよね」
「うん、万が一落ちてたら旅行気分何て吹っ飛んでるもんね」
「そんな事より美肌の湯だよ! 縁結びをお願いして、その後に美肌の湯! これで勝つる!」
「舟橋さん、気合入ってるね」
出雲大社周辺で宿泊をと考えていたんですが、そこに舟橋さんが待ったを掛けて来たんですよね。出雲大社の近くに玉造温泉という場所があって、そこの温泉の効能が美肌! 色々と調べた中で、上手く部屋が空いていたのが明治創業の老舗旅館。
私自身はちょっと温泉に苦手意識があるんですが、それでも美肌という言葉には惹かれるものが有りました。
そして、中部国際空港から飛行機で出雲空港へ。調べててビックリしました。出雲空港ってあったんですね。勉強不足でした。当初は新幹線で岡山行って、そこから特急に乗り換えて向かうつもりだったんです。でも、そうすると朝9時出発で到着が夕方になるそうで、時間をお金で買う事にしました。
「もう午後2時だよ、飛行機でも一日仕事だね」
目の前に出雲大社が見えているんですが、既に何か疲れちゃっています。あ、動き辛いので荷物はコインロッカーに預けて来ました。
「うん、でも来た甲斐がある。凄い大きな注連縄だよね」
「ここが本殿?」
「違うっポイ。ここは神楽殿になってる。あ、あと参拝方法が二礼四拍手一礼みたい」
ガイドブックを見ながら中村さんが教えてくれます。普通は二拍手の所を四回も拍手するのかとちょっと吃驚。
とりあえず神楽殿にもお参りして、拝殿に行って、本殿までは行けないのでその手前の所で再度お参りします。
「良いご縁に恵まれますように!」
「恋人募集中です! ぜひぜひ性格が良くて、お金持ちで、そこそこ見栄えの良い人独身男性と出会えますように!」
「贅沢は言いません。お金持ちで性格の良い人と結婚できますように」
うわあ、何か欲望だだ漏れしてますよお嬢さん達。中村さんはまだ謙虚の内に入っちゃいますが、後の二人が酷い。そりゃあ欲を言い出したら切りが無いですよ。やはり何処かで妥協をしないとと思わなくは無いんです。
家族みんなで恙なくこの一年過ごせますように。良い出会いに恵まれますように。
4月から新たな生活が始まります。職場を含め、新たな人との出会いが始まります。少しでも良い出会いに恵まれたいものです。そんな事を願いました。
その後、境内に置かれているという兎の銅像探しを始めました。
出雲大社と言えば大国主命。大国主命と言えば因幡の白兎です。何となくのお話しか知らなかったんですが、ガイドブックを見返してこんなお話だったんだと驚きました。
「物語って結構残酷なお話多いからね」
「うん、まあ騙した白兎も悪いけどね」
「うん、でも皮を剝ぐってね~」
「あ、あそこにも兎の像がある!」
ワイワイと境内を左回りに回っていきます。
「神在月には此処に神様が宿泊するの? 狭すぎない?」
「きっと中は魔法かなんかで広くなっているんだよ。だって神様だよ?」
「素戔嗚尊が何で祭られているのって思ったら、大国主命の義父なんだね。知らなかった」
「うん、何か娘の父親って感じだけど、結構酷い事してるなあ」
神様って結構残酷ですよね。ガイドブックに所々に説明の物語がありますが、ちょっとドン引きエピソードが所々に散りばめられていました。
そんな感じで参拝を終えると、気が付けば5時を回ろうとしていました。参拝に来て2時間も過ぎていたんですね。その事に驚きました。
「こっから玉造温泉へ移動かあ。やっぱり近場にしておけばよかったかも」
兎も角、出雲市駅のコインロッカーへ荷物を取りに戻ります。そして、そこから電車で玉造温泉駅へ移動。だいたい一時間強の移動でした。
「お~~~、雰囲気あるね」
「うん、あまり温泉って来た事無いけど雰囲気はある」
「スキーとかでペンションに泊まったりとかはあるけど、旅館は初めてだなあ」
「流石にビジネスホテルとかとは違うね」
玉造温泉駅からタクシーに乗って予約してあった旅館へと移動。
旅館の前にタクシーを着けて貰って入り口で記念撮影をしました。既に陽は落ちている為、旅館の明かりが何とも言えない雰囲気を作り出しています。
ただ、私の感想に何故か周りからはジト目が注がれました。
「鈴木さん、ビジネスホテルと比べるのはどうかと思う」
「え? ペンションと変わらないよね?」
「全然違うし!」
ちょっと突っ込み気質のある丹羽さんから思いっきり否定されちゃいました。ただ、前世を含め宿泊経験があるのはビジネスホテルしか無いんです。自分の経験に基づく感想になるのは仕方が無いと思いませんか?
そんな感じでワチャワチャとチェックインをしました。夕食までに時間が無い為、部屋に荷物を置いてまずはさっと温泉に入る事にします。
「食事終わったら改めてお風呂に入ろうね。せっかくだから朝も入りたい」
当初から温泉好きを公言していた舟橋さんが、温泉好きならではの提案をしてきました。ただ、そこはご自由にと言ったらダメなんでしょう。そもそも、明日もこの旅館で一泊するんです。ですから、無理して朝に入らなくても良いのでは? って私なら考えちゃいますね。
その後、お風呂にさっと入って部屋に戻ると食事の用意が整っていました。
「おお~~~豪華な予感!」
丹羽さんが嬉しそうです。旅の醍醐味と言ったらやっぱり食事だと私は思うんです。
「島根和牛かあ。美味しいのかな? ほら、飛騨牛とか松坂牛とかと比べると」
「比べれるほど舌が肥えてないかなあ。そもそも、お店で食べた事無いかも、大晦日に家のすき焼きで食べるくらいかな」
飛騨牛はスーパーに入っているお肉屋さんで大晦日に食べるすき焼き用のお肉を買うくらいです。中々のお値段で100g2500円くらいします。普通の? すき焼き用のお肉の倍ですね!
「飛騨牛のステーキとか食べない? あと、飛騨牛なら焼肉屋さんとかにも置いてるかな」
「うちも大晦日にすき焼きで食べる。でも、大晦日のすき焼きって東海地方独自らしいよ」
すき焼き談議が始まる中、夕食が始まりました。
お肉もそうですが、日本海に面している事もありお刺身も、焼き魚も美味しいです。
「うん、贅沢だねえ。此れだけで来て良かった」
中村さんの言葉に、みんなウンウンと頷きます。何せ口の中に何かしら入っていますからね。
そして、ご飯が終われば再度温泉です。今度は時間に余裕がある為ゆったりと入ります。
「鈴木さんって、こんなこと言ったら駄目なのかもしれないけどお嬢様っぽく無いよね」
温泉でのんびりと寛いでいると、じわじわとにじり寄って来た丹羽さんが唐突にそんな事を言い出した。
「まあ、庶民だからね。よく言うけど父親は普通のサラリーマンだし、小中高と公立の学校に通ってたから思いっきり庶民だと思ってる」
「金鯱だよね! 公立って言っても上澄みじゃん」
私達の会話に舟橋さんが入って来る。
まあ、公立高校と言っても偏差値で上下の幅は広いからね。
「名古屋でお嬢様っていうと徳川女学院とかだよね。何でそっち行かなかったの? 今更だけど医者に成らなくても良かったんじゃない?」
丹羽さんが色々と聞いてくる。6年間同じ学部にいながら交流が殆ど無かったから、情報に飢えているんだろうか。
「家の家訓が手に職を着けろ何だよね。手に職があればいざという時に助けになるって考え。あと、姉が医者を目指してて引き摺られた感じかなあ。勉強は頑張ってたけど高校まで進路では結構揺れてたよ?」
丹羽さん達は私の話に目を丸くしている。
「家訓があるって所がお嬢様かなあ。うちに家訓なんて無いよ」
「うちもないなあ」
「うちは家長が絶対って感じだったけど、家訓みたいなのは無かった」
話を聞いていた中村さんが最後にそう言う。確かに中村さんの家はそんな感じだったね。
うちで言われ始めた家訓もお姉ちゃんが言い始めだからね。それこそ自戒を含めた経験から出た言葉でしかない。
「それはそうと、鈴木さんは藤巻君とは旅行行くの? 坂崎君達の海外旅行は断ったみたいだけど」
「え? ああ、海外旅行は興味なかったから。元々あんまり海外とか行きたいって無いから」
私が否定すると、中村さん達がニマニマと質の悪い笑顔で近づいてくる。
「もう、そうじゃないって、藤巻君と二人でどっか旅行行かないのって話!」
「突然何! 藤巻君とは旅行の予定はないよ!」
「え~~~~」
「うそ! 付き合ってるんだよね?」
「それってどうなの? 付き合い始めたんだよね?」
中村さんのみならず、他の二人からも抗議の声が上がりました。
「付き合い始め早々に二人で旅行なんか行かないよ! っていうか、何で丹羽さん達が知ってるの!」
恐らくは中村さん情報なのだと思っていたんですが、驚いたことに藤巻君から情報が漏洩? したらしい。
「そりゃあ、藤巻君狙ってた子もいるからね。看護学科の子達も結構狙ってたみたいだけど鈴木さんと付き合い始めたからって断ってるらしいよ。度胸あるよね」
「卒業間近で告白する子も増えているから」
丹羽さんと舟橋さんが教えてくれますが、そっか、中村さん情報じゃ無かったのか。疑って申し訳ないです。
「医者の旦那捕まえれば将来安泰って考える子は多いから。実際は結構地雷が混じってるけど」
鈴木さんが中々に毒を吐きます。何処の世界でも同じような物だとは思いますが、医学部にだって勿論地雷はいるんですよね。
「うちみたいに両親のみならず厄介な親族もいるとかあるから。その人だけでは判断できない事もあるけど、肝心の本人にも問題あるっぽいのがいるから」
「勉強は出来ても人付き合いが下手なのとか当たり前にいるから」
「藤巻君ってちょっと毒舌あるし、何考えてるか判んない処あるけど人気はそこそこあったよ? まあ、付き合い始めて豹変する人とかもいるし、付き合う前の様子だけで簡単には判断できないけど。で、其処ら辺はどうなの?」
「まだ数回食事に行っただけ。国試があるのに遊べるわけないでしょ!」
ブーイングが飛び交いましたが、真実はその程度です。研修医の時代に忙しすぎて結局別れるとかも聞きますし、卒業後の事はまだまだ未定。
「のぼせる前に出るからね!」
「「「は~~~い」」」
実際、ちょっと長湯している気がする。私達はそのままお風呂を出て、脱衣所へと向かう事にしました。




