77 学生時代の終わり
お正月が終わり、地獄の様な日々を駆け抜け、6年にも及ぶ大学生活が終わろうとしています。
2月に行われた国家試験が終了したら、結果は気になるけど学生時代最後の休みをどう過ごすかです。
「卒業旅行どうする? 今からでも海外旅行を予約出来なくもないけど」
「海外かあ。私って感動が薄い子だから海外へ行ってみたいとか無いんだよね」
国家試験が終わって早々、中村さんから卒業旅行をどうするかの相談を受けました。卒業旅行なんだからもっと早く予約しろって言われるかもですが、国試に向けて極限の精神状態だった私達は、卒業旅行の事を考えるなら過去問の一つでも見直しなさいって当たり前に思ってました。
「すべては終わってから考えればで良いよ! 2月の地獄を乗り切るまでは!」
「うん、余裕? ある訳無いじゃん!」
私と中村さんは試験へのプレッシャーでちょっとメンタルがおかしかった。夜中に突然ボロボロ泣けて来たりとか普通にありました。
それでも、時間はすべからく平等に流れます。どれだけ1日の時間を28時間とかにしたくても、残念ながら24時間で1日は終わります。実家暮らしのお陰で家事などは全てお母さんにお任せ、私のみならず中村さんも一緒に面倒を見て貰いました。
「貴方達が頑張っている事は分かっていたし、少しでも応援出来る事があって嬉しかったわ。それに、何か下宿先のお母さんみたいで楽しかったわよ?」
そう言って本当に色々と世話をしてくれたお母さんには感謝しかありません。
そんな私達も、試験が終わった当日は翌日のお昼ごろまで爆睡しました。目が覚めた時も暫くぼ~っとして今の状況が理解できなかったくらいです。
「うん、しばらくは夢で魘されて飛び起きそう」
用意して貰った朝昼兼用のご飯を食べながら、私は今日の予定を考えます。
中村さんも今日はゆっくりするという事で、我が家に来る予定はありません。私ものんびりすれば良いのですが、此れと言ってする事が無いのです。
「今日くらいのんびりすれば?」
手帳を取り出して予定を確認していると、お母さんからはそう声を掛けられました。
「うん、でも早め早めに動かないと、後になって苦労しそうだよね」
内定している病院に初出勤は4月1日です。残り約1か月強が最後の自由時間ではあるので、可能な限り有効につかいたいですよね。
「そういえば、株はどうなの?」
「う~ん、上がって来てはいるけど、目標まではまだ我慢かな?」
ネットで昨日の終値を確認する。
前世とは大きく変わってきている為、参考にしかならなくなって来ている気はする。
それでも日本自体の景気は前世程の落ち込みが見られない為、日経平均株価も3万円に届こうかという勢いを見せていた。
「景気は回復基調だってテレビで言ってたけど、今一つ実感はわかないのよね」
「うん、どこを比較するのかで違うしね。でも、テレビでバブル前の株価に迫るって言ってたけど、私達バブルの頃知らないし。バブルの頃の逸話とか聞くけど、今ってそれ程じゃ無いよね?」
ほら、お金に火をつけて煙草を吸ったとか、タクシー乗りまくりとか、何か常識では考えられない話を聞きますよね? でも、株価が3万円を超えてバブルの時の最高値に迫ってるとか言うけど、個人個人でそこまで羽振りの良い人って見ないよね?
「そうねえ、あのバブルって何だったのかしらね」
バブルの頃を経験しているはずのお母さんが首を傾げているのは変? もっとも、お母さん達がバブルの恩恵をどの程度受けれていたかは不明ですが。
「それは兎も角、藤巻君はいつ連れて来てくれるの? お母さん楽しみにしているんだけど」
今日はもう午後しか時間がないし、お母さんと買い物にでも行こうかと考えていたらお母さんから突然そんな事を聞かれました。今までも何度か食事に連れて来いと言われていたんですが、国試を盾に逃げていたんです。
「ううう、結果発表あってからじゃダメ?」
実は藤巻君とも其処ら辺は話し合っていて、あちらの実家に挨拶に行くのも国試の結果が出てからってなっているんです。もし落ちていたら更に1年間国試浪人になります。お互いに結婚どころじゃ無くなりますし、最悪は別れることになるかもしれません。
藤巻君の家は別に医者の家系とかではないですし、私が医師免許を持っているいないは左程重要では無いと思いますが、こればかりは判りません。そんな事をお母さんに言うと、お母さんからは真逆の答えが返ってきました。
「馬鹿な事考えているのね。でも、お母さん的には二人とも合格して医者に成ってからの方が別れる危険は高いと思うわよ? どっちも忙しくて中々会えなくて、次第に疎遠になって気持ちも冷めていくとか。それに男性の場合、働いている病院でのハニトラとかもありそう? 若い男性医師なんて病院で働く独身女性からしたら狙わないと損だと思うわ」
「ありそうですっごく怖いんだけど!」
ハニトラは兎も角として、何方かと言えば不精の私は疎遠になっていきそうで怖い。疲れている時に出かけるのが億劫になって、ついつい会うはずの予定を変更して、それが幾度も続いてそのままってなりそう。
「いろいろと経済面での苦労は無いと思うから、働き始めてから無理しないのよ? 聞くと研修医は大変だって聞くわ。無理して体や心が壊れてからじゃ遅いんだし、限界が来る前に家族に相談しなさい。その藤巻君に相談しても良いと思うし、その時真剣に聞いてくれるかとかも将来を考えるうえで重要な事なんだから」
「う~ん、藤巻君に言えるかは判んないけど、お母さんやお姉ちゃんには相談する。特にお姉ちゃんは色んな意味で先輩だから頼れるのは心強いし」
本当に、そういう意味でも今の私は恵まれているんだろう。私の前を歩いてくれているお姉ちゃんが居て、仕事を含め色々な相談が出来る。そして、最悪仕事を辞めても問題ないだけの貯えもある。家族間の関係も良好だし、そういう意味では今の環境は最高なのかもしれない。
「色々考えると、結婚しなくても良いかも?」
「日和ぃ? あなた何言い出すのかな? お母さんに説明して貰えると嬉しいわ」
つい零れてしまった本音に、地の底から湧き上がるような声色でお母さんが質問してきました。思わず上目使いにお母さんの表情を確認すると、それはそれはおどろおどろしい満面の笑みで私を見ています? 睨んでいます?
「えっと、その、程々に頑張ります」
「そう、で、何を?」
うん、お母さんから感じる圧力が次第に強くなっている気がする。
「えっと、働き始めても無理をせず、何かあったら周りに相談する様にします」
「それで良いわ。それと、結婚も真剣に考えなさい。するなら早めが良いわ。住む場所だって何とでもなるでしょ?」
「えっと、はい、そっちも前向きに頑張ります」
思いっきり後ろ向きな感じの返事をしてしまいましたが、別に藤巻君と結婚をする事は将来的にはありかなって考えていますよ? まだ付き合い始めてから左程時間が経っていませんし、お互いに此れから嫌な部分も見えていくでしょう。
そういう意味でも此れからも焦らずに色々と決めていければと思うのですが、何となくズルズルとお一人様が続きそうな予感がしないでもない?
「はあ、まあ前向きに頑張りなさい。それと、合否が決まってからで良いから早めに藤巻君を連れて来るのよ? 結婚を前提にお付き合い始めたんだから、本当ならとっくに挨拶に来ていても良いくらいなのよ」
「至極ごもっともです」
実際の所、藤巻君はまだ家族にも付き合い始めた人がいると伝えていません。お正月前に言ったら絶対に連れて来いってなるのが見えていますし、連れてこれないなら押しかけて来るくらいにアクティブな一族らしいです。
その後、特に約束をしていた訳では無いのですが高校時代の同級生である斎藤みどりちゃんから連絡がありました。みどりちゃんも私達と同じく試験を受けていますからね。
「お疲れ様~~~、どうだった? 手応えあった?」
「一応、合格圏にはいるつもりだけど、見返しとかしてないから何とも言えないよ。昨日は疲れてて早々に寝ちゃった。起きたのはさっき」
私の返事に電話の向こうでみどりちゃんはケラケラと笑っている。
「まだ佳奈たちの試験が終わってないけど、終わったら一度みんなでお疲れ様会やろうよ。佳奈の試験が一番最後だから、2月末か3月頭くらいがいいけど都合付きそう?」
「うん、今の処予定は空いてるけど、他のみんなは?」
みどりちゃんからのお疲れ様会のお誘いでした。ただ、皐月ちゃんの試験が2月中旬、佳奈ちゃんの試験が2月末という事で、今が追い込み真っ最中の二人には試験が終わってから了承を得る形になる。
「皐月は引っ越しもあるから、上手く時間を合わせないとだよね」
「うん。でも合否発表待ってから引っ越すつもりみたい。国試浪人したら大学の近くの方が色々と便利だろうって言ってた」
試験勉強するにも、来年の国試の情報を得るにも、母校が使える方が有利だろう。という事で皐月ちゃんは土壇場まで色々と忙しそう。
「ほっと出来るのは合格発表が終わってからなんだけどね」
「受かってると思うけど、決まるまでずっと不安は残ってるからねぇ」
そんな事を話していたら、この後一緒に食事をする事になった。これ幸いにお母さんに断りを入れ、私はさっさと出かけるのでした。
あけましておめでとうございます
本年も宜しくお願い致します
皆様の一年が良い年となりますように




