76 元旦
大晦日は、中村さんも一緒に例の歌番組を見ながら年越しそばを食べて終わりました。次第にこの歌番組も見る人が減っていくのでしょう。ただ、我が家で今も毎年この番組を眺めています。
そして、歌番組が終われば年越しは間もなくです。除夜の鐘の音をテレビで聞きながら、テレビのカウントダウンに合わせて我が家でもカウントダウン。
12時の時報と共に恒例のご挨拶。
「「「「あけましておめでとうございます。本年もよろしくおねがいいたします」」」」
深々とお辞儀をして、その後、顔を見合わせて笑い出しました。
「今年も良い年になると良いな」
「今年も良い年になると良いわね」
「私は今年こそはですけど」
「それには、まず無事に国試に受からないとだね」
お父さんとお母さんの言葉に中村さんが思いっきり苦笑交じり、私は何と言っても無事に国試に受かるかどうかです。
それでも、中村さんも昨年の元旦に比べれば表情は遥かに明るいですね。この先々に対し多少は希望が見えたんだと思います。
その後、挨拶を終えると一先ず解散です。当たり前ですが寝ます! 中村さんも自分の部屋へと帰っていきました。流石にオールナイトで騒ぐ年でも無いですし、私は特に明日に備えてしっかりと睡眠をとります。
そして、あっという間に朝が来ました。初日の出は7時過ぎという事で、昨年に引き続き今年もマンションから眺めてみましたがやっぱり今一つでした。
そんな私は、朝からバタバタとお雑煮の準備をします。
何と言っても時間に追われていますから余裕がありません。9時には家を出るつもりなので、全てにおいて早回しで熟していかないと間に合いません。
「ほら、あとはお母さんに任せて日和は準備をなさい。9時には出るんでしょ?」
「うん、そうする。お母さんありがとう!」
7時過ぎにやって来た中村さんは、炬燵に入ってお雑煮を食べながら私に手を振っています。
まあ、我が家に来て早々でまだ食べ始めた所ですからね。
そんな中村さんを放置して洗面所へ。お化粧をして急いで部屋に戻って着替えです。
流石にお正月だからといって振袖は着ませんよ。まだ独身だから着たら駄目という事は無いでしょうが、流石に気合入りすぎって気がしますよね? という事で多少お洒落かなって装いでお出かけします。
「あ、今日は熱田神宮行って、お昼食べて帰って来るから!」
「はいはい、予定が変わったら電話頂戴ね。あと、お節はお父さんと中村さんで食べるから後で文句言わないでね」
「数の子と伊達巻あるから大丈夫!」
何かちょっと扱いが軽くない? 先程まで思いっきり人の事を煽って来て、いざ出かける寸前で対応が一気に雑になった気がします。ただ、数の子と伊達巻は個別に追加があるので大丈夫? お母さんが作る田作りと黒豆も早々無くなりはしないと思うので、多少お節が減っても我慢しましょう。
という事で、今日も待ち合わせは名駅です。昨日に引き続き福田さんに送って貰います。
「あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。それと、元旦早々、ありがとうございます」
「あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。それと、お気になさらなくて大丈夫ですよ。特別手当が付きますので良い稼ぎ時です。妻もゴロゴロしているくらいなら行って来いと言ってくれますから」
年始のご挨拶をした後、福田さんにお礼を言いました。ただ、そのご返事が真面目なトーンの為、冗談を言っているのか、それともマジなのかが判らないので返答に困るんですよね。
そんな遣り取りの後、私はクリスマスの時と同様に金時計へとやって来ました。すると藤巻君が既に待っています。
「ごめんなさい。待たせた?」
「いや、前回鈴木さんを待たせちゃったから、今日は早めに来ようと思ってた」
成程、うん、そのまんまですね。藤巻君らしい返事です。ただ、藤巻君もダウンでモコモコに着こんでいます。
人混みだと暑くなりそう。っていうか、薄っすら汗かいてるなあ。
そんな事を思いながら、名鉄に乗って熱田神宮へと向かいました。
途中歩きながら会話はしますが気の利いた話なんて出来る二人じゃ無いのです。その為、何となくお正月の話をし始めてしまいます。
「今頃、親戚も集まって大騒ぎしてるよ。僕はそういうの苦手だから、今年はその点だけは楽だね」
話を聞くと、驚いたことに藤巻君の家は親戚一同みんなご近所さんらしいです。
その為、子供の頃から一緒くたに育てられるため、従兄たちも兄弟みたいに育つらしいです。
「なんか想像が出来ない」
「今の時代では少ないだろうね。悪い事をすれば誰の子でも分け隔てなく怒られる。拳骨なんて当たり前だったな。それでいて、本家の子は自然と優遇されるし敬われる様に意識させられる。本家の子だからと言って横暴になれば普通に周りから怒られるけどね」
うん、育つ環境の違いなんだろうけど、聞けば聞くほどにカルチャーショックを受けるかな? 今は藤巻君のお爺さんが本家当主を務めているらしいけど、何かと厳しいお爺さんらしい。
「棚田医大に通えてるのは爺さんのお陰だけどさ。学費は全部爺さんが出してくれてる。家賃や生活費は両親だけど、爺さんが許可してくれなければ棚田には進学できなかったから感謝しかないよ」
ただ、藤巻君には3歳下の弟もいるそうで、生活費などは自分で稼がないと厳しいらしい。その為、今もアルバイトが出来る時はアルバイトをしている。
「大変だね。私は実家通いだし生活費とかも両親に頼りっきりだから。実はアルバイトってした事無いんだよね」
前世のアルバイト経験や就職経験はカウントしない。したらおかしなことになるしね。
電車が神宮前駅に到着すると、予想はしていたんですが凄い人の数です。
「凄いね。毎年こんなに多くの人が元旦にお参りしてたんだ」
例年、熱田神宮に参拝するのは第二週の土曜日か日曜日です。三が日は避けてのお参りなので、此処までの人混みは初めてでした。
「そうだね。これ、逸れそうだから手を繋ごうか」
「え? あ、うん。そうだね」
手を出されて手を繋ぎます。ただ、ついつい意識しちゃって藤巻君の様子をチラチラ見てしまいます。
何と言っても男の子と手を繋いだ記憶なんて小学生の頃の体育の授業以来でしょうか。
「なんか人混みの熱気が凄いね。これ、参拝するのにどれくらい時間かかるんだろ」
「殆ど進んで行かないよね」
私と違い藤巻君は人の流れの先を見ています。
ただ、本当に流れがゆっくり過ぎて人混みに酔いそうです。
「お札とか、お守りとか買おうとしたら凄い事になりそう。社務所とかも人混みで凄そうだよね」
「まだ其処まで全然辿り着けてないけどね」
家族以外の誰かと共にお参りする初めての初詣。
手を繋ぎ、横に並び、人混みに揉まれながら少しずつ境内を進む。
時折、藤巻君が心配そうに私を見るのは周りから立ち上る熱気のせいだろうか? 先程から本人はハンカチで汗を拭っているなあ。モコモコに厚着をしてきているから思いっきり暑いのだろう。
「鈴木さん、大丈夫? 気持ち悪くなったら言ってね」
「大丈夫だよ、ありがとう。でも、凄い熱気だね。藤巻君こそ大丈夫? すっごく汗かいてるし、あとで体冷やさないか心配」
今日の最低気温はー1℃、そして予想最高気温は10℃。今の時間帯だと8℃くらいかな? 風の強さにもよるだろうけど、下手すると風邪をひいても可笑しくは無い。
「人混みって此処まで暑いんだね。でも、だからと言って薄着で出かけるなんて無理だから。気を付けようが無いと言えば無い?」
「確かに?」
そう言って顔を見合わせて笑い合う。
私は、藤巻君と笑い合いながら、もしかするとこの人と此れからの長い人生を共にするのかも? そう思うと何となく不思議な気がしてくる。
誰かと結婚するなんて考えた事が無かった。前世の記憶があったから、特に今生ではその傾向が強かった。それが、何を思ったのか藤巻君から告白されて、今こうして一緒に初詣に来ている。
何となく、まだ現実味がないなあ。
どんな奇跡が働いたのか、逆行転生して人生のやり直しが出来ている。
なぜ? なんで? どうして私?
転生してから幾度となくそんな事を思う。ただ、当たり前にその答えを知る事なんて出来ない。転生前に神様に遭遇した訳でもなく、心当たりのあるような出来事も無い。
それゆえに場合によっては自分に危険が及ぶと判った上で、同時多発テロや東北の原発事故を防ぐために動いた。なぜ自分が逆行転生したのかが判らないから、少しでも意味のある事をしたかったのだ。
なぜ自分が逆行転生したのか、そもそも、本当に自分は逆行転生しているのだろうか? 若しかしたら病院のベットの上で夢を見ているんじゃないだろうか? 常にそんな不安が頭の片隅を過ってしまう。
初詣に来ている一人一人の人達にも、それぞれに幸不幸様々な出来事が起きていると思う。
その中で、なんで私はやり直せたんだろう。神社に居るからなのか、初詣という非日常の中に居るからなのか、何となくそんな思いに捕らわれながら、まだ遠くに見える熱田神宮を眺めた。
「鈴木さん、大丈夫? 気分悪くなった?」
「え?」
「なんかちょっとふらついているけど、大丈夫?」
意識が飛んでいたのか、ちょっとぼーっとしていた。何となくふわふわとした様な感じで、自分自身も足元が若干おぼつかない気がする。
「この指何本か判る?」
私の目の前に3本の指を立てながら、右へ左へと手を動かしている。
「ごめん、大丈夫。3本ってちゃんと見えてるし、視線でちゃんと追えてるでしょ? 言葉もちゃんと話せてるし、大丈夫だよ」
私はちゃんと藤巻君の指を視線で追いかけてあげる。声も、会話もしっかりとしているのが判る。
「うん。大丈夫そう」
安心できたのかな? 明らかにほっとした様子が判る。
「ごめんね。なんか本当にぼ~っとしてた」
「この人混みだから仕方ない。あと少しだから頑張ろう」
前方には白い布で大きくお賽銭箱? が作られている。その為、人によっては遠くからお賽銭を投げている人もいた。
「前にいる人の頭にお賽銭が当たりそう」
「パーカーの帽子部分にお賽銭が入ってたとか聞いたことあるな」
「一年の始まりだからちゃんとしたいね。せっかく来たんだし」
一年の計は元旦にありって言うし、元旦に初詣に来たのは初めてだ。それ故にきちんとお参りをしたい。
その後、更に15分くらい掛かって漸く一番前まで辿り着いた。そして、二礼二拍手一礼をして、家内安全、無病息災、学業成就を願う。
恋愛成就はどうなんだろうって事で、今回は穏やかに一年が過ぎる様にお願いした。
その後、端ににじり出て社務所へと向かう。しかし、社務所も凄い人の列が出来ていた。
「最後の日と頑張りだね。この苦行をクリアすれば良い一年になるかな?」
「そういう考えもあるか」
藤巻君は私の言葉に笑うけれど、そうとでも思わないと中々に大変です。その後、家族の分を含めてお守りと破魔矢、お札を購入する。毎年思うけど、中々の出費です。
「凄いね」
さっさと購入を終えていた藤巻君が、私が手にした紙袋を見て目を丸くする。
「家族の分と、美穂さんや中村さんの分も買ったから。流石に破魔矢は家の分だけだけどね」
「僕は自分のお守りだけだから」
その後、せっかく来たので二人で揃っておみくじを引いた。
うん、一緒におみくじを引くなんて何となく恋人同士のイベント見たいよね? これで少しは経験値を稼げただろうか?
そんな事を思いながら、それぞれのおみくじを開く。
「う~ん、僕は中吉だ」
「末吉です。でも、末吉って吉の一番良くないのだよね?」
大吉とか、凶とかだと話が盛り上がるのかもしれないけど、お互いに何とも中途半端な気がします。
「学業は頑張れば吉在りかあ」
「私は油断せず努力せよですね。油断できるような余裕ないんだけど」
何とも微妙な気分にさせられましたが、境内にある枝におみくじを結びました。これで、悪い結果も無かったことになるんでしたよね?
その後、栄に出て普通にファミレスでお昼を食べました。ファミレスの窓から道を行きかう人達を見ていると、誰もが元旦の賑わいに心浮き立っているみたいです。
「振袖を着ている子はやっぱり華があるね。この寒空をものともせずに、凄いなあ若さかなあ」
「ブフッ」
ついそんな感想が口から零れてしまいました。それを聞いた藤巻君が思いっきり吹き出します。
「鈴木さんだってそんなに年は変わらないよね?」
私が見ていた子達を見て、藤巻君は未だに笑い続けます。ただですね、精神年齢を考えると中々に恐ろしい事になるんですよ。
ただ、先程のおみくじですが、ちらっと見た恋愛運が急がば回れってどういう意味なんですか?




