67 無実です! 冤罪です!
「意図していた訳じゃ無いんです! ほら、私ってネットゲーム好きで、時々遊んでいるの知ってるよね? 楽しいし、応援する意味でちょっと株を買ってたんで、配当金も無かったし、こんな事になるって思ってなかったの!」
うん、私が誰に釈明しているかと言えば、お母さんとお姉ちゃんです。新しいお家のリビングで土下座状態です。あの後、皆から興味津々で質問されるんですが、家に帰って確認しないと詳しい事は分からないのでと逃げて来ました。
ただ、勿論同じマンションに住んで居る中村さんは一緒です。ちなみに、今日は平日の為一緒にご飯を食べる日です。その為、中村さんには家族間で話が終わったら連絡するとお部屋で待機して貰う事に。あと、一応状況を知っている美穂さんですが、同様に話が終わってから来てもらう事にしました。
「そういえば日和が何か遊んでたね。確か不特定多数で一緒に遊べるMMOとかいうのだっけ? 前に日和から興味あるなら一緒に遊ばないか勧められたわ」
お姉ちゃんが、そう言えばって感じで記憶を思い出してくれました。前世では今以上に嵌ってたゲームです。割と低スペックのパソコンでも遊べて基本無料。キャラクターも可愛くって今生でも遊び始めました。ただ、前世程の時間的余裕がないので、本当に気が向いたときにという感じになっちゃいましたが。
「投資関係は暫く慎重にって言ってたでしょ? お母さんとしては意図していなかったのなら仕方がないと思うけど、日和はタリホーの株が上がるの知ってたわよね? 昔候補に出してたわよね? 変わった名前ねって思ったから記憶にあるわ」
そうなんですよね。前世でもタリホーのゲームで遊んでいたって言いましたけど、その時に株が暴騰した事を知ったんです。ゲーム内で一緒に遊んでいた人が、どうせなら株を購入しておけばよかったって言って、仲間内で話題にしてたので記憶に残ってました。そして、以前にお母さんに名前を出していたかもしれません。
「あ、え、えっと。今回は本当に不可抗力だよ? 購入したのもだいぶ前だし、すっかり忘れてた。覚えてたらお母さん達にも勧めてたよ! それに、歴史が大きく変わってきているから絶対は無いし」
そうです。今遊んでいるゲームを始める時に、あ、そう言えばと何気なく購入したんです。どちらかと言えばゲームを応援する気持ち強かったんです。だって、ここまで歴史が変わって来てたら確実に儲かるとは限りませんよ。
私の意見にお母さんとお姉ちゃんが溜息を吐きます。恐る恐るお姉ちゃん達を見上げますが、二人とも何か疲れた様子で私を見下ろしました。
「それで? 今回はどれくらい儲かるの?」
「前世ほど株価が上がるか判らないけど、前世だと年末ごろには100倍を超えたって言われてた記憶ある。でも、何か直ぐに下がったんだっけ? 其処ら辺は良く覚えてない」
そもそも、前世で自分が投資をしていた訳では無い。その為、この話を聞いたのも値下がりしてからだった気がする。さすがにゲーム会社の話だし、ニュースで騒がれたのかすら知らないので詳しい詳細までは把握していない。
「そうすると秋頃には売りに出すのね? で? 株は幾らくらい買ってたの?」
うん、思いっきり諦めモードに入ったお母さんだけど、やはりそこは知りたい処なんだろう。
「だいたい1億円くらい買ってたはず? 購入を止めた時が中途半端だったから多分だけど」
家に帰って来て、まだ所有株数を把握していない。その為、実際に幾ら位の金額になっているのか、今売ると幾ら位になるかは調べていなかった。
「うわあ、最大で100億円? 相変わらず洒落になってないわね」
「日和、加減という物を覚えなさい」
何か思いっきり理不尽な事を言われている気がする。でも、お母さん達は既に株の世界から足を洗っちゃった。足を洗うって言う言い方が正しいかは判らないけど、私だけ未だにちょこちょこ株取引を続けていたりする。
「迷惑かけてごめんね。秋頃から直ぐに全部売らないで、少しずつ売りに出していく。あくまで予想通りに売れたとして、60億くらいの利益が出る? 暫く我が家の生活費は全額私が負担するね」
「良いわよそんな事、でも、日和は此れまで以上に身の回りに注意しなさい。不可抗力とはいえ、学校で誰に聞かれたか判らないんでしょ? それこそ、犯罪に巻き込まれるかもしれないのよ」
お母さんの言葉に素直に頷きました。
そして、問題は証券会社の人に聞かれた売り時の事ですね。一度に売りに出すとどう株価に影響が出るか判らないですし、やはり少しずつ売りに出していくべきかな。ちなみに、下がるまで売らずに持っておくという事はしません! そんな勿体ない事出来ないよ!
「日和の変な小市民根性を何とかしないと駄目かしら?」
私の表情を見て、何かを察したのかお姉ちゃんが変な事を言い出しました。
「えっ! 突然何? でも、将来の為の資産は重要だよね?」
もうこの子は何を言ってるんだといった表情で、思いっきり溜息を吐いて私の額を指で突っつきます。
「いい事? 今でも既に十分以上だと思うわよ? それに、日和が言う様に、お金だけだと怖いからって変動の少ない金の購入だって続けてるんだよ。もし円が暴落しても何とかなるわよ」
「いくら景気が悪くなると言っても、そこまではなって欲しくないわねぇ」
前世の日本では、少子高齢化がより進んだ場合、日本の人口は2025年には8000万人を切るって言われてた。そして、65歳以上の比率は35%を超えるって言われてたんです。少ない人数で高齢者を養う為、年金の額も減らされ始めていました。そこで更に日本の財政が破綻したら? 一気に円が暴落して超インフレ時代になっても可笑しくないですよね?
そこで、今は家族揃って金の積み立てをしています。あるんですねえ、そんな積立制度。でも、それだけだと何となく数字上のお話っぽくて、もしお願いしている所が倒産したらどうなるのって怖いので、実際に金の延べ棒なんかも買いましたけどね! 貸金庫に預けてありますけどね! 金の延べ棒、初めて見た時には、思いっきりビビりました!
「変な所で悲観的なのよね日和って。何で物事を悪く悪く考えるのかしら?」
「慎重なんです! 堅実なんです!」
必死に否定しても、ぜんぜん取り合ってもらえませんでした。
一応この後、お父さんにも報告はしましたよ。でも、ここ最近のお父さんって、昔以上にお金とかに執着しなくなったんですよね。前に何でか聞いたんですが、思いっきり苦笑を浮かべながら言いました。
「簡単な事だ。今が十分に幸せで満たされているからだ。まあ、駄目なお父さんで、全てお母さんやお前たちのお陰なんだがな。それなのに、お父さんが何か言うのも可笑しいだろう? 毎月お小遣いまで貰ってるんだ、相談されれば勿論アドバイスなど出来る事はするが、それ以外は任せるよ」
これが本当にお父さんだろうか? それこそ、新しく人格代わってない? などと思ったんですが、流石にそんな事を聞けなかったです。ただ、そんな感じで家の中の事にお父さんはあまり関わって来ません。
でも、お話し合いはこれで無事に済んで、中村さんを呼んで夕飯です。そして、当たり前ですが中村さんは今日あった出来事に興味津々です。
「それで、聞いていいのか判らないけど、幾ら位儲かったの?」
それこそ、お目々キラキラです。向かいに座っているお母さんもお姉ちゃんも苦笑を浮かべています。お父さんは知らない振りをしていますが、それでも苦笑を浮かべているのが判りました。
「株って売り切ってみないと確定しないから。今、証券会社さんに聞かれているのは売り時の事。だから今の処は儲かりそうって話だけかな。その打ち合わせに来たいって連絡だった」
「え? そっかあ。株って売りに出したら終わりじゃないんだ」
私も最初は勘違いしていたんですが、株って売りが成立しないとお金にならないんです。だから、どれだけ売りたくても、買い手が付かなければお金になりません。まあ、実際には買い手がいるから値段が上がっているんでしょうから、今なら売りが成立するんでしょうけど。
「うん、一応確認したけど、今売らないでもう少し置いておくつもり。だから厳密にはまだ儲かってないかな?」
私の言葉に成程と頷く中村さんだけど、そこで少し躊躇した感じの後、真剣な表情で私を見ました。
「あの、鈴木さん。私にも投資の事を教えて貰えませんか?」
思いもよらない相談に、私は思わずお母さんとお姉ちゃんを見ました。
「お金借りている身分でこんな事を言うのは駄目なんだけど、余裕分で大目に貸してくれたお金だけでも運用できないかなって。将来の事を考えて、借りたお金を少しでも減らせるなら減らしたい」
「えっと、でも株って博打だよ? 下手するとお金が減っちゃうから、余計に厳しくなるかもって解ってる?」
実際の所、私は経験していないけどバブル崩壊の時など投資で大損した人はいっぱいいると思います。だから余裕がある人にしかお勧めできないんですが、それでも将来の事を考えると中村さんが言いたい事も判ります。
「うん、だけど、国でもニーサとか資産運用を推奨し始めているでしょ? 制度的には来年から始まるけど、国民の多くが投資を始めるなら、今後株価って上がっていくんじゃないかな?」
「え? あ、そっか。そういう考えも出来るんだ」
私は前世知識である意味インチキしているような物です。それでも、将来的に株価は確かに上がっていきます。そう考えると中村さんの意見もあながち間違いではないのかな。
再度お母さん達に視線を向けますが、お母さん達は無言を貫きます。多分、私の友達だし、私がお金を貸している立場なので私の考えに任せるつもりなのでしょう。
「う~ん、解った。今週の土曜日に証券会社行くから、一緒に行こうか。其れまでに色々と考えよ?」
「ありがとう!」
喜びを露わにする中村さんだけど、そこで今までずっと黙って来た人が口を挟みました。
「日和ちゃん、私も偶々今度の土曜日お休みなんだ~。ついていっても良い?」
美穂さんが、お目々をキラキラさせて私を見ているのでした。




