65 新しい生活が始まりました
無事に引っ越しが終わり、新しい生活が始まりました。当たり前ですが生活のリズムが大きく変わり、今一つ馴染んでいません。
「そもそも、お隣にお姉ちゃん達が住んで居るっていうのが違和感凄い」
何かあれば簡単に顔を出すことが出来ます。それこそ、今日の夕飯はなに? やら、逆にお母さんが今日此れ作ったけど食べるでしょ? みたいな感じでお隣に顔を出します。家がお隣という事で行き来に若干の支障はありますが、それでも昔に戻ったみたいに賑やかになりました。
「お祖母ちゃんも来れば良いのに」
今回の引っ越しに際し、一人暮らしのお祖母ちゃんに一緒に暮らさないかとお誘いを入れたんです。でも、案の定お断りされました。昔から住んで居る場所が良いという事と、ずっとお世話をしに来てくれる人とも離れがたいみたいです。まあ、何と言っても畑や田圃もありますから。
「そうねえ、でも畑いじりを止めたら途端に弱っちゃいそうだし、こっちに来たって遣る事無くてボケるって言われたら無理強いは出来ないわよ」
「そうだけどさあ」
中村さんも一人暮らしが始まって、何となく家の中が寂しくなった気がします。勿論、同じマンションだし、良くご飯を食べに来るので交流が無くなった訳じゃないんだけどね。
「日和だって今年は正念場でしょ? 言う程家でのんびり何て出来ないんじゃないの?」
私も無事に6年生になりました。今年は実技試験に加え、卒業試験があり、その後国家試験が待ち構えています。今までの苦労も無事に国家試験を通らない事には実を結ばないのです。近年、棚田医大では90%以上の合格率を維持しているとはいえ、それでも10%近い受験者が落ちるのです。そう考えると中々に油断できないですよね。
「中村さんと勉強する様になって順位も上がったし、此の侭行ければ何とかなると願ってる」
「そういう所は昔から変わらないわねぇ」
大学受験の時も、確かに松田さん達に引っ張って貰っていた気がする。みんなが居なければ医学部は厳しかったかもしれない。そう考えると中村さんの事は、こんな事を言ったら不味いけど私にとっては幸運だったのかも?
「生まれ持った気質? ほら、三つ子の魂百までって言うし」
前世を含め、根底にある気質とか、性格って早々変わらないと言いますか。安きに流れるは人の本質だと思いませんか?
「馬鹿な事を言ってないで、ほら、これ食卓に持って行って」
今までのマンションとは違い、今度のマンションはオープンキッチンの為、お母さんが料理を作りながらでも会話が出来ます。その為、キッチンとリビングが一つの空間となって広々として見えます。
「なんか良いね。オープンキッチンにして正解だったね」
部屋の間取りは、当たり前ですがマンションを建てる私達が決めました。その際、ちょっと憧れたオープンキッチンにしました。
「ふふふ、そうね。日和がちゃんと勉強しているか監視できるわね」
相も変わらず食卓で勉強している私ですから、思いっきりお母さんの視界の中です。ただ、これは自分の性格を考えると仕方がない選択なのです。
「う~~~、中村さんも気にせずに来れば良いのに」
今までは一緒に住んで居ました。その為、勿論一緒にご飯を食べていたんですが、今回の引っ越しを期に回数を制限する事になりました。
「我が家は良くても、やっぱり気にするでしょ? 日和だって立場が逆なら気を使うわよ? 平日は食べに来るんだから我慢しなさい」
「うん、そこは判るんだけど。お姉ちゃん達は時間が不定期だし、時間に縛られたくないからって言ってたし」
病院勤めのお姉ちゃん達は、やはり帰宅時間が不定期です。その為、食事時間の固定は不可能なので一緒に食事をする機会は不定期で、中村さんは週末の土日は多少なりとも料理などをする時間も作れるし、場合によっては外出もするかも。という事で、何かと余裕のない平日の夜だけ我が家で一緒にご飯を食べる事になりました。
「それで? 新学期が始まったけど、その後はどうなの?」
「うん、思ってた以上に問題ないよ」
そもそも、後期の授業でだいたいの雰囲気は出来ていました。新学期になったからと言って、大きな流れに変更はありません。まあ、それも此れからの状況次第かもしれませんが。
「そんな顔をするって事は、気になる事が何かあるんでしょ?」
どうやら不安が表情に出ていたみたいです。私は、何と言って説明すれば良いのかちょっと考えます。
「具体的には無いんだけど、6年になって周りのみんなも去年以上に余裕がないかな? 高校時代もそうだったけど、精神的に余裕が無いと何が起こるか判らない?」
「そうなの? でも、他ごとするのも余裕が無いとだから心配し過ぎじゃないの?」
「これからマッチングも始まるから自分に合う病院も選ばないといけないし、不安になってメンタルが不安定になる人も増えるんだよね。真面目な子ほど追い詰められたりもするし、何と言っても暗記が主になるから。もう1に暗記、2に暗記って感じで、私でもおかしくなりそう」
此ればかりは経験者しか判らないと思うんだよね。お姉ちゃんに聞いても、やっぱり暗記重視って言われるし、暗記が苦手な私にはプレッシャーが凄い。
「そこは頑張ってとしかお母さんには言いようがないわね。でも、何かあったらちゃんとお母さんに相談してね」
「うん、ありがとう」
既に卒業した先輩達も、お姉ちゃんや美穂さんだって、ここを抜ければ一気に楽になったって言ってた。そりゃあ無事に卒業して、国試も受かれば楽になるだろう。だからこそ、改めてコツコツと積み重ねて行くしかない。
「全て終わったら思いっきり遊んでやる!」
「あら、それなら家族で海外旅行も良いわね」
お母さんは顔を綻ばせるけど、流石に卒業旅行を両親同伴は遠慮したい。前世も含め海外旅行未経験な私としては、まずは楽なツアー旅行で経験を積むのはどうかと思っている。ただ、それにしても友人達とワイワイと旅行するのと、両親の世話をしながら旅行するのでは雲泥の差?
「なんか失礼な事を考えてるわね」
「え? そんな事無いよ! でも、卒業旅行はやっぱり友達と行きたいなって」
「そうねえ、まあ無理強いはしないわ」
多分本気じゃなかったんだと思うけど、改めて順調にいけば今年で卒業なんだと思いなおす。
「しまったなあ。高校の卒業旅行とか、もっと早く海外旅行行っておくんだった。お姉ちゃんだって忙しくて海外旅行行ったことないよね?」
それこそ美穂さんとなら海外旅行行っていても可笑しくは無いはず? それなのに海外旅行へ行こうとした気配すらないです。
「そう言えばそうね。今度聞いてみたら? あの子の事だから、まさか新婚旅行までとっとく何て考えないだろうし」
うん、何気にお母さんも失礼な事を言っている気がする。ただ、そっか。新婚旅行で海外と言うのもあるんだ。
そこで気になったのが、そう言えば前世でもお姉ちゃんが海外旅行へ行った記憶がない事だった。
「あれ? 前世でもお姉ちゃん海外旅行行ってない? あ、そっか、相手が嫌がったんだっけ?」
「あら? そうなの?」
この事はお母さんも初めて聞くのだろう。お姉ちゃんは前世の旦那の話をしたがらない。まあ、離婚した経緯を考えても当たり前なんだけどね。
「うん、お姉ちゃんは行きたがったんだけど、確か日本語の通じない様な所には行きたくないだったかな? 私から見ても自分本位な所のある人だったし、何であんな人と結婚しちゃったのか良く解らないってお姉ちゃんがずっと言ってた」
「で、新婚旅行はどうしたの?」
「ネズミーランドに2泊3日で行って終わりだったかな? まあ、ネズミーランド内のホテルで宿泊だったからお姉ちゃんも其処まで悪くは言ってなかった」
ネズミーランド内のホテルは結構憧れですからね。特に海外に思い入れの無い私としても、確かに無理して海外に行かなくてもって思わなくは無いです。
「なんか日和が選びそうな選択ねえ」
「う、うん。選びそう」
実際、卒業旅行で海外と言っても行きたい国は特に無いんですよね。もし松田さん達と行ったとして、みんなが行きたいと言った国に私は無条件で賛同するでしょう。
「海外ねえ。行くとしたらやっぱりハワイかしら? お母さんの年代だと、やっぱりハワイは憧れだったわ」
「私、あんまり海好きじゃないんだよね。ダイビングとか怖くて無理」
子供の頃に見たサメの映画がトラウマになっていると言いますか、私は海が苦手です。あの足元が見えない暗さというか、何が居るか判らない処で安心して遊べません。
「そもそも、日和は泳げないじゃない」
「う、海だと塩分濃度が上がるから浮かないかな?」
一応ですが、水泳の授業では25Mは泳げましたよ! ただ、息継ぎが下手なのと、泳ぎ方が下手なので私が25M泳ぐ間に早い人は50M泳いでしまいます。その為、友達には泳いでいるのか溺れているのか分からないなんて揶揄われました。
お母さんとそんな馬鹿話をしている間にも、夕飯の準備は出来て行きます。私は食卓の上にあった勉強道具を片付けて部屋にいるお父さんを呼びに行きます。お父さんは私が勉強を始めると、邪魔しない様に自分の部屋に籠ってくれるんです。
「なんか楽しそうだったな」
昔のお父さんと違い、最近は本当に穏やかというか、落ち着いたなあ。
昔の何処かせかせかした所も無くなり、お母さんと毎日楽しそうにしている。二人してゴルフに嵌って、平日はメンバーで安く回れるからと良く出かけている。
「お母さんがハワイに行ってみたいって」
「ん? ハワイか。どうなんだ?」
お父さんはお母さんにお伺いを立てる。まあ、資金的には全然問題ないし、あとは二人の気分次第?
「そうねえ、一生のうち一度は行ってみたいわねえ」
うん、偶には親孝行? 夫婦孝行? 何って言えば良いのか判らないけど、夫婦水入らずで海外旅行も良いんじゃないかな?




