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64 日向のお引っ越し

 私は引っ越しが近づいて来た為、美穂と一緒にその準備を行っていた。引っ越し業者に任せるとはいえ、下着など触られたくない物、貴金属や貴重品などは自分で管理しなければならない。


「はあ、結構物が増えてたね」


 私と同じように箱詰めをしていた美穂も、リビングを見渡して溜息を吐く。休日出勤も、当直などの夜勤も有る為に、時間がある時に私達は小まめに準備は進めている。その為、リビングの一角は気が付けば段ボールが積み上がっていた。


「そういえば、実家に顔出さなくても良かったの?」


「嫌よ、行けば手伝わされるのが目に見えているわ」


 私の返答に苦笑を浮かべるが、私達はまだマシな方だろう。あっちは変にケチるから、こちら以上に大変なはずだ。


「でも、日向って変な所几帳面だよね? 貸金庫に収める物を態々撮影するとは思わなかった」


 先日、貴金属などを貸金庫に預けに行った。その際に私は収めた物をデジカメで撮影し、記録を残す様にしていた。美穂は何で態々そんな事をするのかと首を傾げていたけど、この先の未来で貸金庫と言えど安心できない事件が起こる。私はそれを知っているが故に行った作業であるが、事件自体を知らない美穂にとって貸金庫は安全との意識が強い。


 前世の事件とかに興味の欠片も無かった私が知ってたくらいだからなあ。預けてあった金の延べ棒とかを勝手に売られたんだよね。


 被害金額が十数億と報道されていた事で、そんな金額が有ったらと羨ましく思ったのを覚えている。今であれば犯罪の被害金額に羨ましいと思うなど不謹慎だと言うだろうが、当時お金に苦労していた自分にとって、その金額は衝撃であった。


「貸金庫に預けた物って、何かあった時に証明できないと大変でしょ? だって、本当に預けてたんですかって聞かれても証明できないし、自分の身に何かあった時とかも怖くない?」


 別に何かに記録される訳でもない。預金と違って手元に通帳がある訳でもない。盗まれない、盗られないと言う信用の基になりたっている制度であり、人が介する以上絶対は無いのだろう。


「でも、そこは疑ったら始まらないんじゃないかなあ?」


 美穂は首を傾げるが、事件前の感覚はそういう物なのだろう。


「ところで、日和ちゃんの方は一段落したの?」


 恐らく暇なのだろう。美穂はリビングのソファーにだらしなく寝転びながら日向へと尋ねて来る。昨年の秋から何かと騒動に巻き込まれている日和の事を、全て隠さずに美穂には話してある。


「うん、まあ、中村さんの方はあれ以降連絡ないから放置だけどね。例のお馬鹿は来年の後期授業まで休学、なんか実家から再教育されるみたいだよ。ボランティア活動だ何だと言ってた」


 日和が巻き込まれた騒動も、名誉棄損で訴えたりと大事になった割には示談で解決はした。相手の子はボランティア活動を通し反省を促すそうだけど、果たしてそれで性格が矯正されるかは怪しいけど。


「日向にしては穏やかな決着だったね」


 ニヤニヤ笑いを顔に貼り付けた美穂に、私は大きく溜息を吐いて見せた。


「そもそも、私的には何馬鹿な事やってるの? って気分だったんだよね。女の妬みや嫉妬なんて当たり前に沸くでしょ? 日和は隙がありすぎ。あんなの踏みつぶしてやればいいのに」


「お~~~、流石は日向! 私にはとても言えないわ」


「良く言うわね。美穂こそ、そういうの大好きでしょうに」


 一見すると御淑やかなお嬢様を体現している美穂ではあるが、それこそ小学生の頃から私以上に好戦的だ。そして、戦う為の準備を怠らないのは勿論として、日頃からも侮られない様に服装にも、化粧にも、手を抜くことなく貪欲に技術や情報を吸収している。


「失礼な! 私より日向の方が狂暴でしょ? 昔から周りを威嚇しまくりだったじゃん」


「当たり前でしょ? 女の戦いで侮られて得になる事なんて無いわ」


 美穂もそこはうんうんと頷く。


 昔から男は外に出れば7人の敵がいると言うが、笑わせるな。女は外に出れば周り中が敵だらけだ。身に着けている物から始まって、家族構成も、学歴も、身分も、少しでも相手より優位に立てる情報を欲している女はごまんといる。その中で自分を貫くためには、こちらも必死に努力をして武器を持つ必要がある。


「今回、日和は良い勉強になったんじゃない? 社会に出てからも女の格付け戦争は続くのよ。一度舐められたら面倒なんだから。私の前で今回みたいな馬鹿な事を大声でいう奴がいたら、逆に私が相手の欠点をその場であげつらってやるわ」


「こっわ!」


「同類が何言ってるのよ!」


 ケラケラと笑っている美穂だが、こんな姿を知っている者は殆ど居ないのではないだろうか? 着ぐるみ級の猫を被っている美穂は、大学時代も大人しいお嬢様と勘違いされている節がある。


 荷造りもほぼ終了と言う段階で、美穂がまたもや真面目な顔で私へと這い寄って来る。


「なによ?」


 その様子に思わず身構えると、美穂は真顔のままで私に尋ねて来た。


「これ、聞いていいのか解んないけど、そんな日向が今回引っ越し決めたっていうのは何かあるの?」


 私のだいたいの資産は美穂に伝えてある。その資産は投資で作られたことも、以前騒がれた長者番付が我が家の事も美穂には話をしてある。そして、その資産が有るが故によりセキュリティーの高いマンションに引っ越しを決めた事も理解して貰っていた。


「判らないが本当の所かな。でも、何かあってから後悔するんじゃなく事前に出来る事をしようって話し合った。まあ、実際に変な感じがした事も一度や二度じゃないから」


「そっかあ」


 美穂は、今の説明では今一つ納得していない様子だ。ただ、こればかりは実際に被害にあった訳ではないし、何とも説明がし辛い。


 さすがに、日和がアメリカと繋がっていて、そこから注意する様に言われた何て言えないしなあ。


 事の発端は日和がアメリカ領事館で注意喚起を受けた事だ。警備というか、運転手付きの車での送迎を始め、常に一人でいる事の無いように注意している。そして、前世で起きた事件を知っているだけに、オートロックの安全性を過信できない。少しでも安全に暮らす為にも警備付きマンションを選択した。


「どう思う? これからの日本って安心して暮らせる?」


「これからの日本? あ~~~、そういう事かあ」


 私達の子供の頃、既に子供だけで公園で遊ぶのは禁止されていた。バブル景気は遠い昔、私達はその恩恵など欠片も受けていない。そんな中で、子供達は塾が当たり前になり、大学へ行くのは当たり前、少しでも良い大学へ行き、少しでも良い会社へ就職する。それが幸せな人生を送る為の共通認識となり受験戦争が過熱して行った。


「高校の時も、大学の時も、それこそ研修で精神科や心療内科を回った時も、大丈夫かこの国って思わなかった? ほら、高校時代のあの事件何て典型的だよね。あれって私と直接面識のない相手に殺されそうになったんだよ。でも、同様の事件って何時、何処で起きてもおかしくない時代になってきてる気がする」


「うん、まあ判るかな。気にするようになったからかもだけど、メンタル的に追い込まれている人が増えたよね」


 原因が何かなんて私達が言っても仕方がない。訳の分からない事件が増えてきて、いつ巻き込まれるか判らないという事が重要なんだ。


「自分がさ、死んでから原因は何だ。犯人の精神状態がどうだった。そんな事言われたってふざけんなだよね? 結局、自分で自分を守るしかないのかなって。幸いお金はある。だから後で後悔する可能性があるなら出来る事をしようかなって思った。これでも足りないかもしれないけど、やらないで後悔するよりは良いでしょ?」


 最後はわざと声のトーンを上げ、無理やりにでも雰囲気を明るくする。自分達にまったく関係ない、ただ歩いていて目についた、ただお金を持っているような気がする、そんな理由で襲われる可能性がある。特に女性は狙われやすいのだ。だからこそ日常的に、当たり前に安全について考え続けないと駄目なんだと思っている。


「うん、そうだね。あの時、日向に何かあったらと思ったらゾッとした。でも今後もありえる未来なんだよね」


「お互いにね。だから美穂も気を付けてよ」


「了解!」


 態とおどけた調子で返事を返してくれる美穂。でも、恐らく私の態度が普段とは違う事を察しているのだろう。その後、ソファーに座ってクッションを抱えながら何かを考えているようだった。


 美穂が静かにしている横で、私は引っ越しまでにまだ着る可能性がある服などをチェックしていく。全部段ボールに詰めてしまったら、後で段ボールを開けて探し回らなくてはならなくなる。段ボールに種類別のマークを入れ判別しやすくしていた時、先程まで何かを考えていた美穂がポツリと呟いた。


「これからの日本、真面目にヤバくない?」


 その言葉を聞かなかった振りをして、荷物の整理を続けるのだった。

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― 新着の感想 ―
生活環境に関しては昔は村社会的な謎の安心感があったのかな?ご近所さんは顔見知りだったし。都会は冷たいとか東京砂漠とか人口が集中すれば国際的には当たり前な日常とも言えるしね。 町内会やら寺社とかの寄子や…
騒動は一段落したかな、と思っていましたが、そういえばアメリカ領事館の忠告の件が残っていましたね。 不安感としては一番大きそうな問題。どうなるのか楽しみです
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