表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/64

62 幸せな家族とは

 お正月を楽しく過ごしたと思ったら、地獄が待っていました。

 元々判っていた地獄なのですが、必死にノートや教科書と睨めっこ。何の事は無い、後期の試験が近づいているだけなんですが。


「相変わらず覚えなきゃいけない事が多すぎる」


「来年はもっと忙しいよね。年末の先輩達って卒試もあるし、国試の勉強もしないとで思いっきりカリカリしてたね」


「ごめん、言わないで」


 そうなんですよね。医学部だと前後期の試験は勿論、卒業試験に通らなければそもそも卒業が出来ないんです。基礎に加えて臨床科目も網羅され、試験範囲は異常な範囲の広さ。そりゃあ先輩達も余裕の欠片もなくなります。それが来年自分の身に降りかかるとか、恐怖以外の何物でも無いです。


「本当なら引っ越しの準備もしないとなのに、まったく手が付けられない」


 それでも引っ越し時期が2月末と後期試験が終わってからになったのは救いだった。


「焦らなくても、こっちのマンションもそのままあるわよ?」


 珍しくリビングで勉強している為、話を聞いていたお母さんが話しかけて来ます。


「でも、ベッドは今のを使うから移動するでしょ? 洋服とかも引っ越し屋さんに頼めば楽なのに、後にしたらその分大変になる」


「引っ越しを気にして単位を落としましたは洒落にならないわよ? 試験が終わったら手伝ってあげるから、今は勉強に集中しなさい」


「は~い」


 お母さんは夕飯を作る為にキッチンへと向かいました。その後姿を見ながらちょっと考えます。


 確かにここで留年なんかになったら笑えないよね。留年したら加納さんだって帰って来てるだろうし、授業も一緒になったらバツが悪いっていうか、どんな顔をして会えば良いんだろ?


 出来ればというか、可能な限りそれは避けたいなって思ってたら、中村さんがちょっと揶揄う様に話しかけて来ます。


「私は荷物が少ないから、その点は助かったかな?」


「一応、住んでる年数が違うからね。でも、一番苦労するのは引っ越しの時の断捨離かなあ」


 伊達に10年以上暮らしていた訳ではありません。荷物もそれなりに増えています。ただ、もういらない物だって多いだろう。特に高校時代の教科書何て今後見る機会はあるんだろうか?


 ぼ~っとそんな事を考えていると、唐突に中村さんが呟きました。


「私の部屋の荷物って、どうなっているんだろ。若しかしたら捨てられちゃってるのかなあ」


 中村さんは、例の騒動以降に実家との交流はありません。お兄さんとは情報のやり取りをしているみたいですが、当たり前ですが荷物となるものは持ち出せていません。今あるものは全て新しく購入した物ばかりです。思い出のある物は全て実家の部屋にあります。


「実家の方はどうなの?」


 話の流れ的に、ついつい尋ねてしまいました。普段はどうしても避けている話題です。


「家の中の事は分からなんです。兄の所に母は小まめに顔を出し始めたみたいですけど、父の意向ばかりで会話にならないって。両親としてはやっぱり跡取りが居ないと不安みたいですね。でも、私の話題はまったく出ないみたい。その程度の存在だったんだなって思っちゃった」


 中村さんの表情は、今にも泣きだしそう。ただ、これは私がそんな気持ちで聞いているからでしょうか?


 そんな時、私達の前に湯気の立ちのぼったカップが2個コトンと置かれます。視線を上げるとちょっと複雑な表情を浮かべたお母さんがいました。


「家族って難しいわね」


 そう言ってお母さんは椅子に腰かけ、ちょっと考えながら話始めました。


「家を大事にするっていう考えも駄目じゃないのよ? 少子化がどんどん進んで、今まで以上に家や家族と言うものが重要になってくると思うわ。社会の荒波に出た時に、一人で乗り越えるより助けてくれる家族が居る方が遥かに生きやすいわ。でも、既に今の社会は家と言う概念が壊れちゃってるわね。核家族が進んで子供は一人しかいない。そうなると子供に掛かる期待はどんどん重くなるわね」


「うん、何となくそれは判る。その重みが嫌で余計に孤立したり、家族が崩壊したりもありそう」


 お母さんが言う様に、前世の日本はどんどんと不景気になっていった。すべてが少子化のせいかは判らないけど、少ない子供に負担が大きくなる。それが正常であるはずがない。


「何かあっても頼れる兄弟は居ない。それなのに両親二人と、その祖父母。寿命はどんどん延びているから曾祖父母までついてくるかも? 怖いわねぇ。勿論年金はあるだろうけど、税金もどんどん上がるだろうし、まともな生活が出来るのかしら?」


 お母さんは自分で言ってて顔を顰める。


「怖い事言わないで欲しいけど、思いっきり想像できる」


「私も想像出来ちゃいました。自営業とかの年金ってただでさえ少ないのに、将来もっと減らすって言われてますよね」


 若い人の負担が増えるとともに、支給される年金はどんどん下がっていくのだろう。そうでなければ財政が破綻するのは目に見えている。そして、貧しい人、余裕のない人の生活はどんどんと苦しくなる。それでも、国に出来る事は限られている。だって、そもそもの財源である税金、ひいては国民が少ないんだから。


「どうすれば良いのかな」


「子供を増やすしか無いんじゃない?」


 中村さんはそう言うけど、生き方、考え方の多様化が支持され、これから結婚しない人がどんどん増えて行く。結婚しなくても周りには物が溢れている。そのお陰で衣食住には苦労しない。前世の私だってずっと一人だったし、結婚なんてするつもりが無かった。生きる事に精一杯で余裕がなかったは言い訳でしかなく、一人でいる方が楽に感じ余裕があっても結婚しなかった気がする。


「そう簡単では無いと思うわよ? 子供を育てるのは大変なんだから。結婚してても子育ては嫌。そんな苦労をするくらいなら夫婦二人で楽しく生きたいって考える人も多くなると思うわ。勿論望んでも子供に恵まれない人はいるわね。でも、年々下がる出生率を考えると、原因はそんな感じじゃないかしら」


 これはちょくちょく我が家では話題にする話だった。未だに結婚する気配が見えない娘二人にお母さんはヤキモキしてるんだよね。


「自分の両親を見てきて、子育てが大変だって負のイメージが強いのかな? 自分も両親のような家庭を築きたいって思えれば子供を望むよね? あ、でもそうすると私はお母さん達見てきて産みたくないって思った事になるのかあ」


 うん、思いっきりお母さんに申し訳ない発言をしてしまった。ただ、前世の両親を見て幸せそうに思えたかと言えば、そんな風には思えなかったになるのかな?


「私は、たぶん鈴木さんの家族を知らなければ子供欲しくないって思ってたかも。自分達と同じ苦労をさせたくないし、今思えばいつも家を出たいって思ってた。兄みたいに実行するだけの勇気は無かったから、今回の事が無ければ家の病院を継いで、ずっと家とか一族とかに囚われたままだった気がする。でも、そうなると言われるままに子供を産んでたんだろうなあ。でも、生まれた子供を愛せていたかは微妙かも」


 中村さんの家は特殊だからなあ。ただ、それでも日本では、何も変わらなければ出生率は下がり続ける。


「良い学校へ行くために塾へ行くのが当たり前。大学進学が普通になって、子供の独り立ち年齢が上がるでしょ? 昔は一億総中流社会って言われたこともあるけど、今の人達はどう思っているのかしら? 多くの人が働けど働けど我が暮らし楽にならずって思ってそうね。そんな生活の中で子供一人育てるのも大変、だって確実に独身時代より生活水準は下がるもの」


 中々にお母さんは痛いところを突いてくる。前世の流れを知っているだけに、お母さんに指摘はある程度正しいような気がする。


「やっぱりお金が無いと幸せになれないになるのかな。でも、将来的に豊かになるには勉強して良い大学に行かないとってなって、その為には良い塾へ通わないと? 同レベルの素質だったら置かれている周囲の環境で優劣ついちゃうよね。それって裕福な子は裕福で、貧しい子はずっと貧しいままってことにならない?」


「恵まれてた私が言うのは違うかもだけど、何か嫌だね、そんな世界」


 私の意見に中村さんも顔を顰める。


「ふふふ」


 中村さんの言葉に私は頷く。ただ、お母さんの考えはちょっと違うみたいだ。


「そうね、そんな世界は嫌よね。でも、こんな事を言ったら良子ちゃんには申し訳ないけど、お金もあって、勉強もして、良い大学に進学した良子ちゃんは幸せだった?」


「あ!」


「そっか、幸せじゃ無かったです」


 お母さんの言う様に一見すると恵まれている中村さんだけど、決して本人は幸せでなかったと思う。ただ、それを苦しい生活をしている人に言ったとして、何を贅沢なと言われるのだろうか?


「幸せの定義が難しいと言うのは、そういう所かもしれないわね。ブータンという国の国民の大多数は自分達は幸せだと思っているって。でも私達がそこで同じように生活して、幸せだと思える人はどれくらいいるかしら?」


 幸せの定義かあ。恐らく人の数だけ幸せの定義は有るのだろう。そう想像はできるけれど、それで何か解決出来るわけでは無い。


「結局、家族って何なんでしょう?」


 中村さんがぼそりと呟く。その表情からは何の感情も読み取ることが出来ない。


「そうねえ。私にとっては心の拠り所かしら? 日和や日向が居てくれて、何かあっても頑張ろうって気持ちにさせてくれるし、苦しい時には寄り添ってくれる。家族ってそういう物だと嬉しいわね」


「うん、頑張って寄り添うね!」


「ふふふ、老後もお願いね?」


 思わずそう告げると、お母さんはそう言って笑い出した。どこまで本気なのかは判らないけど、お母さんやお姉ちゃんを幸せにしたいと思った気持ちに嘘は無い。


「いいなあ。私もそんな家族が欲しい」


 笑い合う私とお母さんが中村さんを見ると、私達を見ながら中村さんは静かに涙を流していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
毎回楽しく読んでいますが、今回はちょっとツッコミ(^^; 医学部は卒業論文はありません(^^) (論文書けるほどの研究を行う時間がない…) 5年生だとポリクリ(臨床実習)があるはずですが、どーなん…
現代って心の拠り所がなかなか見つけられないのかもしれない でも確かに、依存と違う形で寄る辺を持っている人は幸せな人が多いかもしれませんね
ブータンもネットとかで世界と比較が出来るようになってからは国民の幸福感が若者を中心に下がってるらしいですね。昔の人でパンとサーカスを与えておけば国民は幸せだって言ってた人もいたし。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ