56 訴えるって大変
さて、中村さんの元許嫁はとりあえず置いとけるとして、目先ではやはり加納さん問題です。
既に弁護士さんにお願いして内容証明郵便で謝罪要求を行っています。文面などで注意点が多々ある為、弁護士さんにお願いしたんですよね。
そして、今現在も加納さんからは謝罪はありませんし、そもそも接触がありません。
あれから私達を避ける様にしている為、恐らくですが此の侭大人しくしていれば嵐が過ぎ去ってくれないかなっていう願望が見えてきます。
「でも、陰では色々と有る事無い事言ってるんでしょ?」
「自己弁護が激しいっていうか、自分は悪くないのに弁護士がとか、こっちを凄く悪く言って自分は被害者だ! って感じらしいね」
「うわあ」
当事者である私や中村さんには噂が聞こえてこないんですが、周りからの視線や態度で何となく判ります。そこで色々と情報を教えてくれるのが坂崎君。交友関係が広いのと、私達と良く一緒にいる事を心配されて噂の内容を教えて貰うそうです。
「なんか聞いてると凄いよ! 鈴木さん家はヤクザで、今までに気に入らない相手を社会的に葬って来たって。加納さんは何とか中村さんを助けようとしたけど、そのせいで鈴木さんに睨まれて仕方なく距離を置いたんだって。ねえ、鈴木さんの家ってヤクザなの?」
興味津々に尋ねて来る坂崎君ですが、どこまでが本気で、どこまでが冗談なのかが判りません。以前に我が家は普通のサラリーマン家庭で、母方の祖母が資産家だと説明したはずなのですが。
「はあ、もし家がヤクザだったら真っ先に坂崎君を名古屋港に沈めるよ」
「うわ! 怖!」
思いっきりオーバーアクションで怯える坂崎君を見て溜息を吐きます。ただ、話が日を追うごとに膨らんでいってますね。
「そのうち私が何処かの王女様とかないかな?」
「悪役令嬢ならワンチャンあるかも」
半分やけっぱちで言うと、ボソリと中村さんが呟きました。
「誰が悪役令嬢よ!」
中村さんは、何故か先日の1億円発言の時以降、私を悪役令嬢にしたがるんですよね。
「話が物騒になって来て宮下グループが離れたからいいじゃん。あそこも絡むと話が更に数倍大きくなるから。また孤立し始めてるけど、懲りないよね」
最初は面白がって首を突っ込みたがっていた宮下さん達だけど、私がヤクザの娘かもしれないとなった段階でちょっかいを掛けて来なくなりました。でも、それって私がヤクザの娘だって信じてる?
「それが本当だった時のリスクが高いと判断したんだと思う。そういう所は頭が良いっていうか強か?」
「まあ、誰も加納さんの話を信じてないと思うけどさ。鈴木さん見て流石にヤクザは無いわ」
「それ、誉め言葉だよね?」
何となく馬鹿にされているような気がします。それでも、こうして話しかけてくれるだけ良い人なんだと思うけど、この軽さが今一つ信用できないんですよね。
「でもさ、本当の所どうなってる? 加納さんに余裕が無いっぽいんだけど」
「名誉棄損で訴えた。内容証明郵便が既に弁護士から届いているはず」
「うわ! 其処までやるんだ! 流石鈴木さんだね」
オーバーアクションでドン引きしてくれる坂崎君ですが、何となく驚いていない気がする。
私は今までのちょっと軽い雰囲気を一変させ、真面目な表情で答える。
「公衆の中であそこまで言われたらね、流石に姉を犯罪者呼ばわりされたら黙ってられない。ここでしっかりと訂正しておかないと、あとあとどんな影響が出るか判らないから」
「普通はそこまでしないから。絶縁とかしても、裁判とかはお金がかかるから尻込みするよね」
「加納さんも馬鹿だなあ。言って良い事と悪い事があるだろうに。でも、訴えられるとか思いもしないんだろうな。でもそっか、あれ加納さんから広まったんだ」
言っている意味が解らないので詳しく聞くと、やはり自習室での遣り取りが噂になっているらしい。
「謝罪は当たり前だけど、色々と確認したい事も多いから、手っ取り早く訴えてみた。加納さんが誰から話を聞いて、何で勘違いしたのか原因が知りたいし、真実を聞くのにも裁判は有効でしょ?」
そもそも加納さんが最初から私を敵視しているのも意味が解らない。私と加納さんは出身高校も違う。自分で言うのも何だけど、私の容姿は十人並みだ。今までも同性に容姿で敵視されたことはない。
「それが出来るのが凄いよな。普通裁判って中々出来ないって」
「うん、横で聞いててポンポン話が進んで行って吃驚した」
中村さんは常に行動を共にしていましたからね。中村さんも自分の家の事が一段落するまでは周囲を警戒しないとなんです。ただ、元許嫁の事が解決したなら危険度は下がったのかな?
「私も傍で聞いてたけど、うわ、結構お金掛かるんだってビックリした。でも、鈴木さんの家って真面目にお金持ちっぽいから費用は全然気にして無いの。それに実家にはお手伝いさんもいるらしいよ? 真面目にお金持ちポイ」
「うわ! 凄いわそれ、中村さん運が良かったね。鈴木さんと仲良くなかったらマジで将来ヤバめだったんでしょ? そう考えると加納って運が悪いよなあ。喧嘩する相手くらい選べよ」
私が考え込んでいる間に、なにやら中村さんと坂崎君が盛り上がっていた。ただ、その内容は決して笑える話ではない。
「二人ともその辺で終わり! ほら、ちゃんと勉強するよ」
そもそも自習室は雑談するのではなく、勉強する為に来ている。坂崎君は滅多に来ないけど、それでも来たときは真面目に勉強しているのだ。
3人で真面目に自習を始めると、得てしてこういう時に邪魔が入るのはお約束だろうか? 携帯に大学の教務課からの着信が入る。
「ごめん、ちょっと外で電話して来る」
「行ってらっしゃい」
「気をつけてな~」
まあ、道路側はガラス張りになっているから何かあれば二人から見えるだろう。其れ以上に周囲には学生たちが結構な数いる為、比較的安全だと思う。私は急ぎ足で自主室から出て電話に出る。
「はい、鈴木ですが」
「あ、鈴木さん、今大丈夫?」
教務課からの電話に出ると、中村さんの時に幾度かやり取りした事務員さんでした。
また中村さん関係で何かあったかと身構えると、驚いたことに今度は加納さん絡みです。
「色々とお話ししたいので、時間がある時に教務課まで顔を出して貰えますか?」
という事で、面倒事はさっさと終わらせたくて中村さんを連れ立って直ぐに教務課へと向かう。
「なんだろ? 加納さん絡みだと、あの時声高々に言ってた裏口入学の件とかかな?」
「あんなので大学が動くかな? 何の裏付けも無いし、一笑して終わりじゃない?」
一学生が騒いだ所で何の根拠もない。実際に裏口入学していたらドキドキものだろうけど、ちゃんと実力で合格している。あの発言が問題になったとしても、加納さんに厳重注意して終わりだと思うのだけど。
「医者の子供の私が言うのも何だけど、裏口入学するなら加納さんの方だよね。ほら、やっぱり医者の子供って優遇されそうじゃん。そもそも後継者推薦って何よって感じだし」
「棚田は後継者枠って無いけどね」
そんな話をしながら教務課へと向かうと、事務員のお姉さんが出迎えてくれます。そして、またもや応接ブースで話を聞くと、加納さんのご両親からの面会希望が入ったらしい。
「大学にも謝罪に来られて、学年主任がお話を聞いたの。こんな事を言うと中村さんには申し訳ないけど、ちゃんとしたご両親だったわ。娘さんの事をちゃんと謝られて、娘さんも泣きながら謝罪されてたわ。それで、一応鈴木さんにも伝えておこうかと。多分だけど鈴木さんの弁護士さんから連絡が入ると思うわ」
大学側としては、特に事を荒立てる事無く終わらすみたい。まあ、そうならない様に加納さんのご両親は謝罪に来たんだろう。下手に問題となったら退学や停学になりますよね? 大学での罰則、処分は良く解りませんけど。
「態々、ご連絡いただいてありがとうございます。大学にはご迷惑を掛けない様に注意します」
そもそも大学側としては、私に加納さんのご両親が謝罪に来たことを知らせる必要って無いんですよね。其れなのに連絡をくれたと言うのは大学側からの好意だと思います。
私は、感謝の意味を込めて深々と頭を下げました。
「いえいえ、鈴木さんも裏口だ何だと言われたら教務課に相談してくれても良いのよ? 大学側でキチンと説明しますからね」
事務員さんは笑顔でそう言ってくれますが、目が笑っていない気がします。まあ、大学の信用問題ですからね。
「はい。此れからは気を付けます」
再度お礼を言って席を立とうとすると、事務員さんは中村さんにも言葉を掛けます。
「中村さんも大変だと思うけど頑張ってね。良いお友達に恵まれた事を感謝して、今は頑張るのよ」
「はい、ありがとうございます」
中村さんも慌ててお礼を言って、二人揃って教務課を後にしました。
「そっかあ、加納さんの両親が動いたかあ。多分だけど、警察か裁判所から何か書類が行ったかな?」
大人しくしていれば通り過ぎる災害と違い、此の侭だと不味いと判断したんだと思う。大学側に謝罪に来たと言うけど、恐らく娘の話だけで無く、情報収集に訪れたんだと思っている。
「でも、事務員さんが良い人で良かったね」
「一応、此方が被害者だからね」
教務課に呼ばれた時には、なぜ呼ばれたのか若干警戒していました。今は大学側のだいたいのスタンスが判って多少肩の荷が下りた気分です。
「あとは弁護士さんからの連絡待ちかな? 大学へは兎も角、此方にはどういう態度でくるか見えないから。ご両親はお医者さんだっていうし、ちょっと警戒しちゃうなあ」
「うちの親がごめんね」
中村さんの父親のイメージが強い事は否定できません。ただ、事務員さんから伝わって来る印象では、まともそうな感じがします。ただ、相手によって態度を変える人は普通にいますし、何と言ってもあの加納さんのご両親ですから心配は有ります。
「今日帰ったら連絡来ているかな?」
私は、待ち遠しいような、ぜんぜん待ち遠しくないような、何とも言えない複雑な気分で自習室へと戻りました。
今日の一冊に掲載頂きました!
ありがとうございます。m(_ _)m
嬉しさとお礼を兼ねて、今日から金曜日まで4話連続18時に投稿します!
楽しんで頂けたら幸いです。




