55 面倒事と一部解決
翌日、大学へと行くと何となく雰囲気がおかしい。
講義室へ入ると、周りから何とも言えない視線が集まる。これは自習室でのやり取りが広まっているなあと察しますが、此方から説明して回るのも変なので放置します。
「昨日の件だよね」
「うん、多分ね」
中村さんも雰囲気が変わっている事に気が付いているみたい。ただ、私と同様に何か出来る訳でもないので二人並んで席に座ります。すると、私達に気が付いた藤巻君と坂崎君がこっちへとやって来ました。
「おはよ。加納、あいつらが有る事無い事触れ回ってるらしい。まあ、他でも噂になってるみたいだけどさ」
「僕としては何がしたいか判らないね。これ以上騒ぎを大きくしてもリスクだけでメリットが無いよね」
挨拶そっちのけで状況を教えてくれました。まあ坂崎君は交友関係が広いので、より情報を集めやすそうですね。で、その坂崎君曰くですが、自習室での騒ぎを聞いた中に宮下さんグループの人がいたらしい。そこで宮下さんグループが加納さんに話を聞いて、今の状況になったっぽい。
「あ~~~、そこであの宮下さん達が来るかあ」
思わず視線が宇宙を飛びますね。
「加納さんが味方を増やしたくてピーチクパーチク。で、宮下って基本的に人の事を良く言わないじゃん。二人で鈴木さんの事を結構酷く言ってるわ。あれは流石に聞いててないなあって思った」
坂崎君がドン引きするくらいの内容って逆に何を言っているのか気になる。
ただ、そういった内容でも信じてしまう人は信じてしまうし、あの二人って結構発言力? 拡散力はありそうだからね。
「僕も他の人から色々と聞かれたけど、まあ無難に返事しといた」
「変に騒がない方が良いよってな」
女子と違って男子は面倒事に巻き込まれたくないって思いが強いですからね。噂好きはやっぱり女子でしょう。
「ありがとう。面倒事になるから、二人もこっからは関わんない方が良いよ。具体的にバタバタし始めるのはこっからだと思うし」
「鈴木さん徹底抗戦する気だから、変に関わると面倒になると思う」
色々と動き出すのは帰りに警察へ行ってからだけどね。ただ、それを今言ってもしょうがないので、私達はとにかく普段通りに授業を受ける事にしていた。
「そっか。まあ、鈴木さんは色々と強そうだからな。まあ、何かあったら相談してくれ。何か出来るかは判らないけど」
こういう所は坂崎君らしい。ただ、知り合いに何かあれば普通に心配してくれる所は良い奴だと思う。
「僕はあんまり役に立たないだろうな。でも、何かあったら相談して」
割とドライに物事を考える藤巻君は、まあこんな物でしょう。それでも心配してくれている様子は感じられるので、ありがたくお礼を伝える。
ただ、放置しておいてくれれば良いのに、やっぱり野次馬的な人っているんですよね。それとも、情報収集かな? お昼の時間になって学食で食事をしている私達に、宮下さん達と仲の良い松本さんが探りを入れに来た。
「ねえ、鈴木さん大丈夫? 何か色々と言われてるけど」
一見すると心配になって話しかけて来た感じですが、その表情からは興味津々と言う様子が察せられます。それと、遠くの席で此方の様子を窺う宮下さん達の姿が見えました。
「うん、何を言われてるか詳しくは知らないけど、明らかにデマだって解ってるから気にして無い。心配してくれてありがとうね」
「あっちで宮下さん達が見てるから、あまり関わらない方が良いよ」
実際には宮下さん達が探りに行ってこいって言ったんだろう。私達が宮下さん達を見ると、直ぐに視線を外した事からも明らかだね。
「え? べ、別に宮下さん達は関係ないよ? ちょっと心配になっただけだから。そっか、デマなんだ。うん、気を付けてね」
私達の視線の先を見て、松本さんは慌てて引き上げて行く。ただ、まっすぐ宮下さん達に合流する事無く食堂を後にした。その松本さんを追いかける様に宮下さん達も食堂を後にしていく。
「バレバレすぎる。あれで隠している積りなんだろうか?」
「そこまで深く考えてないんじゃないかな? そもそも宮下さん達には関係ない話だし、ほんと野次馬してるだけだと思う。こういう話好きそうだし」
どういう噂が流れているのか知らないけど、基本的に宮下さん達は部外者ですからね。宮下さんとしても其処は解っているみたいで、現にあの集団に加納さんは居ません。面白おかしく騒げれば良いのだと思います。
「ああ言うのが一番質が悪いよね。無責任に煽るだけ煽って、いざとなると知らぬ存ぜぬ。元々、宮下さん自身が評判悪いしね」
「あれで悪気が無いって本人が思ってるところが怖い。あの子もどっかおかしいよね」
中村さんに私はそう答えるけど、何か私の周りには真面な人の数が少ない気がする。
「医学生って変な人多くない? 精神的に」
私の問いかけに中村さんは微妙な表情を浮かべた。
「鈴木さんも十分に変だからね。自覚ないかもしれないけど」
「え? うそ! 私普通だよ!」
そう否定する私に対し、中村さんは真顔で答えた。
「普通の人が3千万ものお金を同期生にポンっと貸せないよ。その段階で普通じゃない」
「あ~~~」
うん、確かにそれはそう。良く考えると、逆行転生していると言う段階で一番変かもしれない。家族以外に言えないけどね。
大学の授業が終わるとお姉ちゃんが迎えに来てくれて、いつもの警察署へと行って被害届を提出してきました。警察署では被害届を出すと、態々お姉ちゃんのストーカー事件の時の刑事さんが出てきて対応してくれました。お陰で変に緊張する事無く、無事に手続きが終わりました。
「また変な事に巻き込まれていますね。うん、美人姉妹だと色々と大変ですなあ」
多分緊張を和らげようとそんな事を言ってくれましたが、もう少しするとセクハラでアウトな発言ですね。まあ、私達は被害者サイドなので対応が柔らかいのは助かりますが。
そして、更に何か面倒事がなどと言った事もなく帰宅すると、お母さんが満面の笑顔で出迎えてくれた。
「ただいまあ。お母さんどうしたの? 何かすっごい嬉しそうだけど」
「お邪魔します」
今日なんかあったかな? ちょっと考えても思いつきません。ただ、お母さんが此れだけ嬉しそうな顔をするという事は良い事があったんだと思う。
「日和、先日銀行の事で色々と言ってたでしょ? 今日ダイヤ銀行の支店長さんが見えて、例の人はどこかの支店に転勤になったそうよ。良かったわね」
「え?」
例の人と言うと、中村さんの元許嫁の事でしょうか? でも、突然何でそんな事にと首を傾げると、どうやら例の人は銀行内で思いっきり自爆したみたいです。
実は先日、中村さんにお金を貸すためにダイヤ銀行へ行ったんですよね。
当初はお母さんが中村さんにお金を貸す事にしようかと話をしていたんですが、やはり此処は私が貸す方が筋が通ってるかと私の意思を通しました。そして、いざ振り込もうとしたらATMでは振り込めなかったんです。
流石に3千万円という大金は、ATMなどで手続きが出来る金額では無かったんですね。その為、銀行の窓口で直接振込手続きをしました。何かあると嫌なので、私とお母さん、振込相手である中村さんと3人で銀行に行きました。
ただ、何と言ってもダイヤ銀行ですから、例の許嫁さんに会わないかちょっと不安でした。相手に何が出来るという訳では無いと思うのですが、態々不快な思いをしたい訳では無いでしから。
振込手続き自体は非常に簡単に終わりました。ただ、私達の来店に気が付いた支店長さんに応接へと案内された為に手続きだけでさっさと帰る事が出来なかったんです。まあ、これも良い機会かと先日考えていたことを率直に話しました。
「あの、良くして頂いているんですが、今預けている預金を幾らか他の銀行へと移そうと考えています」
マンション建設費や管理関係諸々含め、当たり前ですが全てダイヤ銀行の口座が紐付けされています。その為、手続きが面倒な為に口座を無くすことは考えていません。ただ、ある程度の金額は分散管理と言う意味もあって分ける方が良いのではと考えたんです。
「それは、何か当行で不手際がございましたでしょうか? そうであれば誠に申し訳ありません」
支店長さんは、今までの表情を一変させ真剣な眼差しで私達へと頭を下げました。その視線は私達の表情から何かを読み取ろうとするかの様です。
「支店長さんを含め、今も全然問題なく対応して頂いてます。特に不満を感じた事はありませんし、そもそも投資関係も含めダイヤ銀行さんは便利でしたので助かっています」
実際の預金金額としては、それ程大きな金額では無いのですよね。我が家の所有資産は圧倒的に証券関係が多く、現金として置いてある預金金額は私一人だと50億円程です。
金額的には余裕は有るのですが、何とマンションの建設費用は銀行からの借り入れなんです! 税金対策を考えると借り入れを増やした方が良いと会計士さんにアドバイスをされました。何で借金した方が良いのか良く解りませんでしたが、専門家がそう言うので銀行からお金を借りました。
それに、今株を売るよりも5年後くらいに売る方が利益が倍くらい違ってくるのを知ってるんです。その為、今敢えて株を売らない方が良いかなって判断しました。
「それでは、なぜ今の段階で預金を分けようと考えられたのですか?」
「えっと、ちょっとプライベート的な事が原因で」
此処で中村さんの事を話してしまって良いのか悩み所です。ただ、そこを説明せずに納得してもらえるかと言うと、中々に難しいですよね。
「鈴木さん、話してもらって良いよ。っていうか、私が話すね」
中村さんはそう言うと、自分の身に起きた出来事を淡々と話し始めました。
「そうですか、うちの行員がその様な発言を。ご不安にさせて申し訳ありません」
支店長さんが改めて謝罪をしてくれます。そして、何やらちょっと考え込んでいます。
「ちなみに、既に他行と何かお話をされていますか?」
「いえ、他の銀行とはお付き合いが無いので、これから考えようかと。今回の借り入れもありますし、お借りする金額と同額は預けておこうとは思ってます」
借入金利に関わって来ると思うんです。やっぱり少しでも金利は安く借りたいです。一応、私の資産状況は知られていますから、ぜんぜん余裕だと知られています。それでも、自分の所に同額の預金が有れば安心しますよね。
「そうですか。私共としましても大お得意様である鈴木様にご心労をお掛けする事は本意ではございません。少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか? なにがしかのご回答を近日中にお伝えできるかと思っております」
支店長さんは笑顔を浮かべていますが、その目元が笑って無いですね。本音を言えば、会う事のない場所へと飛ばしてくれれば嬉しいです。ただ、一顧客の為に其処までしてくれるのかは不明ですが。
そして、本日支店長さんから直接連絡があって、その後態々我が家まで来てくれたそうです。そこで教えて貰った内容は、元許嫁さんがどこか遠くの支店へと転勤になったという事でした。
「銀行は一つの支店で大体4年くらいで転勤するそうなの。で、例の人も3年を過ぎていたので転勤になったそうよ。銀行って凄いわね、引継ぎ期間は保々無しで、予告なく突然辞令が出るそうなの」
「あ、それ聞いたことがあります。確か内部での不正防止の為でしたよね」
中村さんが教えてくれましたが、予告なく突然転勤や部署移動になるのは内部不正防止の為だそうです。それでも、時々横領やらとニュースになるのは不思議ですけどね。
「そっか。でも、今後会う事が無いなら助かるよね。銀行行く度にバッタリ顔合わせないか心配するの嫌だったから」
「そうねえ。でも、これでお金を分けたりと心配しなくて良くなったわね。支店長さんも其処を気にしてたから。何となくお話を聞いた感じでは左遷みたいよ? 詳しく説明はされなかったけど」
「だと思います。前から次は本店だ! 自分みたいな優秀な者は、出世コース間違い無しだ。みたいな事を言ってましたから、左遷って聞いてどんな顔をしたのか見てみたかったです」
中村さんが非常に悪い表情を浮かべていますが、その気持ちはすっごく解ります。まあ、確か私立の難関大学である鳳凰出身ですから、ここから巻き返して来るかもしれませんが。
「でも、これで心配事が一つ減ったね」
まあ、本番はこれからですけどね。
左遷先の描写を修正いたしました。
御不快に思われた方には申し訳ありませんでした。