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54 自分の将来の為に

 自習室から離れ、自宅へと向かう車の中で中村さんから警察沙汰の話を聞かれる。


「お姉ちゃんが高校でストーカー被害にあったんだよね。それで警察沙汰になったの。犯人は受験ノイローゼの3年生で、未遂だったから不起訴になったけど確か精神系の病院に入ったはず」


 うちの高校では全校生に説明があったし、それなりに有名な話ではある。加納さんが何処から話を聞いたのかは判らないけど、内容が悪意を持って歪められているのを感じる。


「え? でもそれってお姉さんは被害者なんだよね? それが何であんな風に伝わっているの?」


「判んないけど、あの場で反論しても加納さんは聞かないでしょ? 第三者から真実を伝えられても認めるかすら判らないよあれ」


 元々思い込みが強いのか、自分の意見を否定されることが許せないのか、ただハッキリと言えるのは私が何を言おうとも受け入れないと言う事だろう。


「きっと今まではそれで済んできちゃったんだろうね。頭が良くて、家も裕福で、家族みんなから甘やかされて育ったんじゃないかな。自分の意見が通らなかった事が無かったんだろうなあ」


「多分ね。まあ、これ以上は直接関わり合いたくないなあ。思いっきり面倒」


 ああいう人は一定数存在する。なぜそうなるのかは明確には解明されていない。

 精神科の講義などでも、心因性や外因性、心、脳、体の関係など複雑で、単純にこうだと決めつける事は不可能。今後、様々な症状に病名が着けられて多岐に渡るけど、病名が付いたからと言って治療方法があるとは限らないですからね。


「前に鈴木さんが言ってたけど、私も精神科や心療内科は無理だなあ」


「うん、どっちも心の問題が絡んでくるから難しいよね。自分には向いてないなあ」


 前世を含めそれなりに人生経験を踏んではいる。それでも人は病むときは病むし、心の問題は特に見え辛いから。そんな事を話していると、弁護士さんから連絡が来た。


「はい、はい、お願いします。既に家に向かっているので大丈夫です。よろしくお願いします」


「なんだった?」


「今から弁護士さんが家まで来てくれるって。早めに此れからの事を打ち合わせしたいって」


「凄いね。今日の今日動いてくれるんだ」


 中村さんは吃驚しているけど、あちらも商売だからね。まずお金の事を話さないと駄目だし、弁護士さんにお願いする内容で金額も変わる。


「一応、昔からお世話になっている先生だから良くしてくれるのかな。でも、あの先生は犯罪系は強いのかな? 弁護士さんも専門とかあるよね?」


「あるのかな? でも、得意分野とかはありそう」


 そんな話をしながら家に帰ると、お母さんが出迎えてくれます。ただ、その表情をすぐれません。


「日和、大学で何かあっったんだって?」


「うん、あ、熊谷先生がもうすぐ来るって。さっき連絡があった」


「え? 熊谷先生って弁護士の? 何があったの!」


 顔色を変えるお母さんに今日大学であった事を説明する。すると、今度は顔を真っ赤にして怒り出した。


「その子なんなの! あの時は、危うく日向が殺されそうになったのよ!」


 うん、あの時は事件の詳細を聞いて家族全員がゾッとしたのを覚えている。お母さんが行動せず、学校の対応だけに任せていたら手遅れになったかもしれない。事件後にお母さんは繰り返しあの時の自分の行動を振り返って自画自賛していた。ただ、その言動が内心の不安を隠すためだったと私は知っている。


「私もちょっと許せないと思った。でも、それ以上に何であの時の事が歪んで広まっているのか不安になった。だから詳細を明らかにしないと怖いって思ったの。で、そうなると裁判かなって」


 私の発言にお母さんも頷く。


「そうね。聞いた限りだと怖いわね。あと、日向にも連絡しておいてね。あの子も関わって来るんだから」


 今回の焦点は一つは私の事だけど、そっちよりお姉ちゃんの噂の方が問題だと思う。熊谷先生と相談してからだけど、加納さんの反省を促して更生なんかは欠片も考えていない。目的はあくまでも噂の内容確認と訂正。それを周知できるかにかかっている。


「裁判になれば気になる人が傍聴にも来るだろうし、そこから正しい内容が広まってくれると嬉しい」


「そうね。どういう噂がされているのかは気になるわね」


 お母さんも頷くけど、私達の会話を聞いていた中村さんが溜息を吐く。


「なんか凄いですね。普通は裁判何てお金や時間が掛かるから、あまり考えないと思う。ああいうのって勝っても裁判費用とか弁護士費用とかで赤字なんでしょ?」


「うん、多分? その点で行けば加納さんは相手を見誤ったかな?」


 私の返事に中村さんとお母さんが笑い声を上げた。


 その後、熊谷先生がやって来て打ち合わせを行う。


「まずは警察に名誉棄損の届を行ってください。公の大学自習室、他の学生が多数いる場所での発言。更に同大学内で事実と違う内容の流布。日和さんが録音されていた事で間違いなく裁判になっても負ける事はありません」


 そうなんですよね。前世からの経験も踏まえ、あの時スマホで会話を録音していたんです。

 残念ながら録画まではしていませんでしたが、それでも会話はしっかりと残せました。昨今、虐めやパワハラなど問題の多い時代ですからね。


 それと、良く勘違いしがちなんですが当事者の私が相手の同意なしに会話を録音する事って違法じゃないんです。盗聴では無く秘密録音と言って、勿論裁判での証拠としても認められます。DVとか、パワハラとか、相手に了解を得て録音何て不可能ですからね。


「そうねえ、問題は落としどころかしら? 相手側からは示談の話が来ると思うわ」


「そうですね。私としましても最終的な落し処が何処にあるのかお聞きしておきたいです」


 お母さんの発言に、熊谷先生も同意します。


「落し処かあ。難しい所なんだよね」


 ただ単に相手が反省しましたと言って終わりは有り得ません。相手の親が出てきてもそれは同じです。


「ああいう人って簡単に反省しないんです。自分の過失を簡単に他の人などに転嫁して、自分は悪くないってなりそう。だから、貴方は間違っているってしっかりと理解させないと駄目だと思うんです」


 私の言葉にお母さんは頷きますが、熊谷先生はちょっと考え込んでいます。


「先生、何か問題がありますか?」


「そうですね。日和さんは、お相手に前科を付けるリスクと重みを理解されていますか? 名誉棄損で裁判に負ければ、相手の人は前科が付きます。そして、この前科は一生ついて回り、その人の人生を大きく歪めます。最悪は逆恨みの対象になる危険を孕んでいます」


 熊谷先生は真剣な眼差しで私を見ました。私は熊谷先生の発言に対し、その意図も含め考えます。


「でも、噂をばら撒かれた被害者だって人生を狂わされますよね? 相手の人生を狂わせて、自分の人生はそのままって酷くないですか? それだけのリスクを背負うことが出来ないなら人を貶めるなって言いたい」


 私は、虐めとか虐待とかが当たり前に嫌いだ。なぜなら、加害者と被害者で受ける影響が大きく違うから。虐められた相手の人生を大きく歪め、最悪命を奪う事に繋がるのだから。そして、加害者はその事を軽く考えていて、場合によっては一切のリスクを受けずに加害した事すら忘れてしまう。

 貴方の行っている事は、相手の人生を最悪終わらせる可能性もある。であるならば反撃されても文句など言うなと言いたい。


 打ち合わせを終えて先生が帰るのとほぼ同時に、お姉ちゃんから連絡が入りました。今日の出来事を一通り説明すると、電話の向こうから大きな溜息が聞こえます。


『医大生のくせに考えがないなあ。私の事は気にしないで日和が納得できるように動きなさい。でも、中高でも似たような話は聞いたけど、当事者になると面倒ね』


「うん、でも放っておく方が問題かなって。裁判するだけの金銭的な余裕もあるし、ここで放置して後々面倒に巻き込まれないとも限らないから」


 私の言葉にお姉ちゃんも同意してくれる。そして、警察に対しては私とお姉ちゃんの連名で訴える事になった。


『でも、私が警察沙汰かあ。どっからそんな話になったんだろう? 確かに高校に警察は来たけど、別に私の名前は出てなかったし。その後の生徒への説明でも個人名は出なかったよ』


「加納さんが言っていた警察沙汰が高校の話とは限らなくない? 何かの事件と勘違いしているとか」


 良く考えれば、例のストーカー事件の事とは欠片も言ってませんでした。そうなるとまったく別の話を勘違いしている可能性だって0ではないのです。


『まあ、明日大学が終わる頃に迎えに行くわ。その足で警察へ行きましょ』


「うん、わかった。お願いします」


 電話を切ると中村さんが心配そうな表情で私を見ていました。


「お姉ちゃんからの電話。だから心配ないよ」


 うん、何が心配ないのか良く解らない会話になりましたね。

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― 新着の感想 ―
逆恨み体質、事件を起こすコマッタチャンに基本付属してる属性なので困っちゃいますね。 どう落としていくのか楽しみです
前科をつけることの重みとはいうものの、加納さんのような犯罪者は相手を傷つけることの重みを考えていない訳で、それを一方的に思いやる必要はないのではないかと思います。 悪意を持って傷つけようとしてデマを吹…
まあ弁護士からの話が親にいけば手の平返ししてくるかもしれないけどね。
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