53 私が嫌われていた理由?
私と加納さんは同じ学部の同じ年代ですから当然面識はあります。ただ、入学当初から親が医者の子供達とグループを作っており、私との交流はまったくありませんでした。そんな加納さんが何故私に構うのかが良く解りません。
「わ、私が流したわけじゃないわ!」
「それでも事実っぽく話を広めたんでしょ? なら同罪じゃないかな」
加納さんはそう言うけど、噂の発信源は加納さんグループ確定みたいだからね。
まあ、それも聞いた話で証拠がある訳では無いですけど。そう考えると噂って怖いですよね。内容的にも有り得そうな話ではあるし、金銭的に厳しくて水商売をしている大学生って普通に聞くからね。
「だからって何よ! 疑われるような事をしている方が悪いんでしょ!」
ここで私は首を傾げる。疑われるような事って何だろうか?
「加納さん達とは親しくないし、態々私の事を説明しなきゃいけない訳じゃ無いよね? 良く知りもしないで勝手に決めつけて、人を貶めて良いわけないでしょ。今もそうだけど、何を根拠に中村さんが騙されているって言ってるの?」
出来るだけ穏やかに、淡々と話をします。内心では怒鳴り付けたらスッキリするかなあ? などと考えるし、モヤモヤとしたものが渦巻いています。ただ、感情的になれる人となれない人がいるんです。そして、私はなれない人なんですよね。
「何よ! だいたい学生間で1億とかのお金を貸し借りするとか有りえないでしょ! そんなの騙されているに決まってるじゃない!」
顔を真っ赤にして怒鳴るように言う加納さんですが、私はついつい周りを気にします。
あまりお金の話とか大きな声で言って欲しくないんだけどなあ。
そんな事を思いながらも、加納さんに釘を刺そうとしました。
「中村さんと私の事に加納さんは関係ないでしょ? 噂だけで真実を知りもしないで騒がないで。迷惑でしかないわ」
「うん、加納さんには悪いけど、私的には騒いで欲しくなかった。周りの人に知られて嬉しい話じゃないし」
ここで、中村さんもハッキリと気持ちを伝えます。中村さん的にも、家の恥を広めるようなものだからね。嬉しくないよね。
「何よ! 私は騙されない様に親切で言ってるのよ!」
「ごめん。話にならないし、意味が解らない」
中村さんも会話をする事を拒否する。
そもそも加納さんに事細かく説明する必要は無いし、何度も言うけど此処って自習室なんだよね。第三者の人達が、一部は興味深そうに、大半は迷惑そうに此方を見詰めている。
「中村さん! 駄目だよ騙されたら! 良く考えて! サラリーマンの家が子供二人も私大の医学部に入れれる訳じゃないし、子供に車の送り迎えとか、ボディーガードとか付ける訳無い! ぜ、絶対にヤバい関係だよ! 後悔するよ!」
「うわ~~~、言いたい放題だあ」
「最新の噂はそっち行ったか」
思わず零れた私の本音に、ボソリと藤巻君が呟いたのが聞こえた。
私が藤巻君を見ると、明らかに巻き込まれない様に視線はずっと下を向いている。ただ、当たり前だけど私達の会話は耳に入っているようだ。
「うん、後で覚えてろよ」
小さく呟くと、藤巻君の肩がピクリと動くのが判る。真顔でノートを見詰めているけど手元は動いている様子が無いよね。
あれは絶対に楽しんでいるな。
私の藤巻君を見る視線が冷たくなるのは仕方が無いと思う。どうせなら第三者として仲裁をしようとしても良いのではないかな? まあ出来るとは思わないけど。
そんな私を他所に、主役が移り中村さんが加納さんに食って掛かっていたりする。
「加納さんさあ、ここがどういう場所か判ってる? 自習室だよ。そこで裏付けの無い内容で他人を貶めようとして、また噂で広めようとしてるよね? 私の為って言うけどすっごく不快! 悪意しか感じられない!」
「何よ! 騙されて借金漬けにされるのよ! 風俗に売られるかもしれないんだから! 私はそれを止めようとしてあげてるの! 感謝されても良いくらいじゃない!」
加納さんも顔を真っ赤にして反論している。ただ、その根拠は何処から来ているのだろう? 我が家を何だと思っているんだろうか。
「何度も聞くけど、加納さん、私の事なんだと思ってるの? 妄想凄すぎ、いい加減にして欲しい」
「はあ、何よ! 私は中村さんと話しているんだから邪魔しないで!」
「支離滅裂」
藤巻君がまたもやボソリと呟く。ただ今回は加納さんにも聞こえたみたいで、凄い目付で藤巻君を睨みつけた。
「そもそも、あんた何なの? 会話に入ってこないでくれる?」
「いや、お前の方が邪魔だし」
手元のノートに視線を落とし、自習していますポーズを貫く藤巻君。ただ、その視線のままボソリと、それでもしっかりした音声で加納さんに対し呟いた。
「うん、正論。こっちは自習しているのに邪魔しないで欲しい」
「加納さんさあ。周り見てごらん、みんな迷惑だって見ているよ」
これ以上話をしても何の得もない。私と中村さんは話を切り上げて勉強を再開しようとする。此処で終わっておけば良いのに、しつこく待ったを掛けるのが加納さんだった。
「何よ! 私知ってるんだから! あんたのお姉さんだって高校時代警察沙汰になったんでしょ! どうやって揉み消したのか知らないけど、そんな人が医学部に来ること自体おかしい! 犯罪者じゃない! だいたい姉妹揃って棚田医大ってお金でも積んだに決まってるわ!」
「それ、誰が言ったの? 誰から聞いたの?」
視線で黙らせる。そんなことが出来るかは判らないけど、これ以上ありもしない話を叫ばれる方が不味い。噂の怖さは今味わっている所だ。
「は? 何よ! 今更慌てたって遅いんだから! 犯罪者が生意気なのよ!」
その言葉を聞いた瞬間、自分の表情が無になったのが判った。怒りってある一定範囲を超えた途端、何とも言えない感情に変わるんだと知った。
「あのさあ。ちょっと冗談じゃすまなくなったかな。加納さん、言って良い事と悪い事が有るって子供じゃないんだから判るよね? もう帰って貰っていいかな? 名誉棄損で訴えるから、裁判で会いましょ?」
机の上に広げていたノートやテキストを鞄へと仕舞い始める。そして、机に置かれていたスマホを手にして迎えの車を呼ぶ。
「はあ? 裁判所? なによ! 名誉棄損って事実じゃない!」
まだ騒ぎ続ける加納さんを一切無視し、良く相談に乗って貰っている弁護士へと連絡を入れた。
「あ、熊谷先生ですか? 鈴木日和です。ちょっと厄介な事に巻き込まれていまして、はい。ええ、名誉棄損で訴えるつもりなので、お時間のある時にお話を。はい、ええ、そのつもりです。公衆の面前でありもしない事を叫ばれたので、これはちょっと限度を超えたかなと。はい、ええ、宜しくお願いします」
私が電話を切ると加納さんはまだ私の前に居ました。恐らく状況が良くつかめていないんでしょう。明らかに私に対し怒りを隠す様子もなく、顔を真っ赤にして睨みつけて来ます。
「あなた何考えてるのよ! はあ、こんな事で裁判? 頭悪いんじゃないの!」
「頭悪いのはお前の方」
うん、藤巻君はちょっと黙っていようか。火に油しか注がないからね。
バン!
「さっきからあんた五月蠅いのよ!」
思いっきり机を叩いて藤巻君を睨みつけますが、私は一切を無視して移動する事にしました。
「二人ともゴメン、ちょっとやる事出来たから行くね」
「私も行く! 変な事に巻き込んでゴメン!」
「行ってらっしゃい。気を付けて」
中村さんは慌てて机の上を片付ける。そして、鞄を持って立ち上がった。藤巻君はちょっと顔を上げて手をパタパタと振る。
「加納さん、裁判所で会おうか。あ、ちなみにさっきまでの会話は録音してたから。言ってないは通じないからね。それじゃあ」
「ちょっと待ちなさいよ!」
私を引き留めようと伸ばしてくる手を振り払って、私と中村さんは自習室を後にします。後ろでまだ何かギャアギャア叫ぶ声が聞こえますが、一切無視します。
「結局、何で加納さんは私を目の敵にするのかな? 理由判らなかったね」
「うん、それはそう。でも、巻き込んじゃってごめんね」
中村さんは謝ってくれるけど、これはどう考えても中村さんの事は私に絡むための切欠で巻き込んだのは私の様な気がする。
「暇じゃないのになあ。面倒すぎる」
「だよね、試験前じゃなくて良かったよね」
うん、これで試験前だったら泣くに泣けない。ただ、高校での警察沙汰かあ。お姉ちゃんのストーカー事件の事だと思うけど、どっからそんな話を聞いたんだろう? ましてや、被害者のお姉ちゃんが加害者になってる? 噂の内容を知る為にも、裁判は必要だね。
「無駄なお金が掛かるなあ。幾ら位掛かるんだろう?」
名誉回復の為にも、やらない訳にはいかないかあ。
思わずため息が出ちゃいますね。
何か話が変な方向に進んじゃいました!
すっごい難産でした。で、書いて消し、書いて消し、している内に変な方向に話が。