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52 噂が広まるのは早いですね

 その後、中村さんの件に関しては大学側不介入という事で決着しました。

 別に中村さんが犯罪を犯したわけでは無く、大学側が叱責するような内容でもありません。問題なく学費を払って貰える訳ですから、あとは無事に卒業してくれれば良い訳です。


「振り込みを確認出来ました。鈴木さん、本当にありがとう。卒業したら絶対に返すからね」


「返済は焦らなくていいからね。研修医の間は返済を遅らせても良いから」


「うん。でも、ありがとう」


「本当に返済は焦らなくて良いからね。研修医の頃はぜんぜんお金が貯まらないって聞いているよ」


「うん、無理しない」


 私は、中村さんに3000万円貸すことにしました。借用書も弁護士さんにお願いしてキチンと作成しています。あまりにカツカツだと問題が有ったら困るので、1年半という残り日数に対し少々大目に貸し出しています。


「住は何とかなるし、衣は別として、食だけならアルバイトしなくても過ごせると思う。私もそうだけど、まずは留年せずに卒業しよう」


「鈴木さんのお姉さんからも言われた。アルバイトでどれだけ稼いでも、1年の学費と生活費には全然足らないって。だからアルバイトせずに勉強しなさいって」


「それ、私も昔に言われたなあ」


 私達は顔を見合わせて苦笑を浮かべる。

 これで中村さんもお金の事を心配せず大学生活に集中できるかな? まあ、実家の人間関係は私では何とも出来ないからね。



 この段階で騒動から数日経過しています。あれから中村さんの家からの接触は特になし。

 まあ携帯電話の着信拒否に登録されている為、電話だったら掛かりようが無いんだけどね。ただ、私的には終始母親の姿が見えなかった事は気になった。


「お母さんは、お父さんの決定に逆らう事は無いと思う。だから連絡が来るとしたら兄かな? 兄と父も仲が悪いから、会話できればだけど」


「そっかあ」


 前にも聞いたんだけど、中村さんの家は非常に歪な気がする。

 家というか、一族と言うのか、そういった昔ながらの存在が非常に重く、本家の家長が持つ権力は非常に強いらしい。旧家という物はそういう物なのかもしれないけど、普通の一般家庭で育った私には今一つ理解が出来ない。


 そんな私達の直近の問題は、学内に広がった中村さんの噂だった。


「まあ、あれだけ大きな声で騒いでいたら、誰かには聞かれるよね」


「うん。同期の人達には色々と聞かれた。心配してくれたっていうのも有るとは思うけど」


 最初は、医学部の生徒で親と揉めて退学の危機。ただ、友人がお金持ちで学費をポンと出してくれたみたいな話だったそうです。そして、その噂に尾鰭背びれが付きまして、今では私が中村さんの親に、1億円を叩きつけた話になっているみたいです。


「やっぱり、1億円って金額はインパクトあるから」


「うん、確かに言ったけど、叩きつけてはいない。そもそも、現金1億円って見た事無い」


 幸いな事に、発端の話を聞いていた人達は中村さんの父親に良い感情を抱かなかったみたいです。そのお陰で中村さんは可哀そうな子、私は優しい資産家の子という感じで伝わっているみたいです。

 そこに1億円という具体的な金額が加味されて、尾鰭背びれが付いて、今では碌に話をした事も無い人からも声を掛けられる事態に。


「中村さん良かったね。これで安心して勉強できるよね。でも、鈴木さんとそんなに親しかったんだ。言ってくれればよいのに。ねえ、今度飲み会があるんだけど……」


「鈴木さん、中村さん、今度みんなで〇〇へ遊びに行くんだけど参加しない?」


 この〇〇は水族館だったり、北海道や沖縄など色々と変わります。

 女性達はこんな感じで話しかけて来ますが、これはまだ良い方なのです。男性からは直接交際を申し込まれたり、食事に行かないか、良ければデートしないかなど突然モテ期にはいりました。


「今まで話もした事無い人達が突然だから、あれは怖い」


「うん、男性の一部ではあるんだけど、露骨すぎて引くよねあれは」


 中村さんだけでなく、周りの女性陣から見てもがっつきすぎているみたいです。


「資産家の娘って言っても、噂だけで実態も何も把握して無いのに。なんか簡単に詐欺とか引っかかりそうな人たちだなあ」


 私は思わずため息を吐きます。噂話だけでこれだけ態度が変わると言うのも酷い話です。


「実際に1億円っていうお金が噂で飛び交っているから。当事者の私だって凄いって思う」


「飛び交ってないから! その場の勢いで言っただけだから!」


 必死に否定する私と違って、中村さんは爆笑しています。漸く気持ち的にも区切りがついたのか、ここ最近は以前の様な明るさを取り戻し始めているかな。


「でも、やっぱりみんなが気になるのはお金の事だよね。私も残りの学費の事とか、生活費の事とか心配だって聞かれた。実際は興味津々なのは判るんだけどね」


「純粋に心配している人もいるかもだよ? お金の事は仕方がないか。苦労している人も結構いるからね」


 棚田医大に通う様になって吃驚したのは、奨学金や学費減免制度などを利用している学生が結構いるみたいな事。学生本人としては自分からは口にし辛い為、本当の所は良く解りませんけど。


 そんな中での発言なのでもっと悪い方に進むかと警戒していましたが、そこは中村さんの父親の醜悪さに助けられました。


「鈴木さん、ごめんね。鈴木さんに助けて貰えるほど親しかった訳じゃないのに」


 中村さんは、改めて申し訳そうな表情で謝る。


「もう良いよ。あれは私が腹が立ったっていうのもあるし、偶々私が居て、助けることが出来るだけの資金力があったっていうだけ。中村さんの運が良かったっていう見方も出来るよ」


 私は笑いながら答えますが、実際にそんなような気もします。今回の件って思いっきり運の要素が強い気がしませんか?


 私と同じ学年で、実習の班が同じで、共に試験に苦労していて4年生になってから一緒に勉強していた。あとは、中村さんに対し私が悪い印象が無かったと言うのも大きいかな。それに事件と言うか、騒動が起きたタイミングも絶妙? 今あげた条件のどれか一つでも欠けていたら中村さんを助けようとは思わなかったと思う。


「親もそうだけど、卒業後結婚しなくて良くなったのも嬉しい」


「だよね~。あの許嫁は無い! 結婚したらモラハラとかDV路線まっしぐらな気がする」


 中村さんは大きく頷いています。


 改めて思うんですが、やっぱり中村さんの強運に引っ張られたような気がしますね。


 大学の自習室で勉強の傍らそんな話をしていると、藤巻君がやって来ました。


「やあ、二人とも何か大変そうだね」


「うん、大変と言えば大変」


「噂話だけで、それ以外は落ち着いたんだけどね」


 藤巻君は、苦笑を浮かべて何時もの様に席に座ります。

 まあ、会って最初の会話がこれなのは、色々な噂が流れている現状仕方がないとも言えます。もっとも、私達と藤巻君だと日頃連れ立っているメンバーが違うので、情報が同じとは限りませんが。


「中村さんは、このまま大学に通えるんでしょ? 良かったね」


「うん、鈴木さんのお陰だけどね」


 私が援助しなければ退学待ったなしだったでしょうし、そこは確かに良かったのかな。私と仲良くならなければ無事卒業での結婚一直線。お相手があれだと不幸一直線だったとは思う。


「うん、中村さんは私に感謝しても良いよ?」


「勿論、感謝感激雨霰だよ!」


「なんか重み無くない?」


 幾度も繰り返して来たやり取りだけに、此処まで笑い話に出来る様になったのは助かる。


「そっか、まあ良かったね。鈴木さんは此れから大変そうだけど、鈴木さんなら大丈夫そう」


「その、謎の信頼は何処から来た?」


 普段通りのやり取りを交わしながら、今までと同様に各自勉強を始めます。ここも今までと大きな違いはありません。それが非常にありがたいですね。


 そして、私達が静かに勉強していると、自習室に不似合いな賑やかな集団がやって来ます。思わず視線を向けると、加納さん達の集団でした。


「賑やかだねぇ」


 思わずそう口にすると、横から中村さんの溜息が聞こえました。


「加納さん達って、ああ見えて頭は良いからね」


 一時期私のデマを流した為に自分の立場を悪くした加納さんですが、持ち前のキャラクターで何とか乗り切ったみたいです。中村さんが言う様に、性格は兎も角として頭は良いんですよね。


「頭のいい人って羨ましいけど、僕はコツコツと頑張るしかないからさ」


 藤巻君はそう言うけど、私からすれば藤巻君だって天才の枠組みに入る。ただ、確かに羨んで立ち止まっているより専門用語一つでも覚えるほうが建設的だろう。


 藤巻君も中村さんも直ぐに興味を無くした様子で勉強を再開しています。私も視線をテーブルに戻し専門用語の暗記を再開しました。ただ、何を思ったのか加納さん達が此方へとやって来ました。


「中村さん、聞いたよ! 大変だったね。お父さんと絶縁したって本当? 大丈夫?」


 どうやら目当ては中村さんみたいだ。今一番話題性が有ると言えば、確かに中村さんの事かもしれない。私はチラリと視線を上げ、中村さんと加納さんを見た。


「うん、ありがとう。絶縁したのは本当。お陰で何か楽になった」


 笑って返事をする中村さんだけど、その返事は加納さん的にはお気に召さないらしい。表情が言動と合っていない。


「此れから大変ね。何かあったら相談してね? 若しかしたらお手伝いできることもあるかもだし」


「ありがとう。幸い、今の処困っている事は無いから、何かあったら相談するね」


 お互いに其処まで親しそうじゃないんだけど、この人何しに来たんだろう。そんな事を思いながら眺めていると、加納さんの視線が此方へ向いた。


「鈴木さんが居れば困ったことがあっても問題ないかもだよね。だってお金持ちだから」


 言葉に明らかに棘がある感じです。何でこの子は昔から私の事を目の敵にするのかなあ?


 私は特に言葉を返す事無く、首を軽く傾げるに留めました。


「あら? だって有名でしょ? 1億円貸してもらったんじゃないの?」


 噂はあくまでも噂であり、実際に1億円などという事はない。

 加納さんの様子からは実際に1億円なんて貸していないと思っているのが判る。

 冷静に考えてそう判断したのだろうし、若しかすると私が中村さんにお金を貸した事すらデマだと思っているのかもしれない。噂の真実を確かめ、恐らく脚色し、悪意を持って歪め広めるために普段は来ない自習室へ足を運んだのだと思う。


「そうだね。残りの修学年数考えると有り得ないよね。それだと中村さんが何年も留年する事になっちゃう」


 特に具体的な話をする事なく、私は加納さんの発言を肯定する。こういう人って言質与えちゃうと厄介なんですよね。針小棒大といいますか、有る事無い事脚色されそう。


「そうだね。出来ればストレートで卒業したいなあ。その為に普段から勉強しているんだから」


 私達の会話に、加納さんは明らかに苛立った様子を見せる。


「話を逸らさないでよ! ねえ、いくら貰ったの? 凄いよね。お金持ちって羨ましいなあ」


 その声からは、どう聴いても悪意しか感じ取れないのは先入観のせいだろうか? 私を見る眼差しや表情からは親しみの欠片も感じられない。


「う~ん、加納さんさあ。私って加納さんに何かした? 何でそんなに悪意をぶつけられないと駄目なのか判んないんだけど」


 会話は、可能な限り主導権を取る方が良い。相手の質問に対して返事をする事無く、こちら側から別の会話へと話を誘導する。私自身としては、あまり得意では無い。それでも、精神年齢で言えばこの子達の親世代です。そう易々と会話の主導権を握らせはしませんよ。


「突然変な事を言うのは止めて! 周りの人に誤解されちゃうじゃない。悪意を持ってるのは鈴木さんなんじゃない?」


「え? 私?」


 思いもよらない事を言われ、つい相手の言葉に反応してしまいました。すると、加納さんは私では無く、中村さんを見ながら言葉を続けます。


「中村さん、騙されたら駄目だよ。幾ら資産家の孫だからって、大学の同期っていうだけで大金を貸してくれるはずない。貸してあげるねって言いながら貸さないとか、貸すにしても絶対に何か裏がある」


「え? あの、何を突然」


 話しかけられた中村さんの目が泳いでいます。既に3千万円振り込まれていて、今日記帳した通帳を持っていますからね。


「鈴木さんの事って、前から胡散臭いって思ってたんだ。サラリーマン家庭なのに姉妹で棚田の医学部。幾らかかるって言うのよ。それなのに奨学金も無し、アルバイトもしていない? 祖母の家が資産家だから? 胡散臭すぎ。絶対にヤバいよ! 中村さん騙されてるって」


「え~~~っと、想像で人を決めつけないで欲しいんだけど。そもそも、私がお水してるってデマ流した加納さんに言われたくないな」


 まあ、確かに胡散臭いって思う。

 同期生とはいえ、3000万なんて簡単に貸せる金額じゃないですから。そういう意味では加納さんの指摘も間違いではない気がする。ただ、加納さんが私を敵視する理由はまだ明かされていません。せっかくの機会なので、理由くらいは聞いておきたいですね。


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― 新着の感想 ―
加納見苦子ちゃん、この神経でまっとうに医の道を歩む気がしないので、彼女こそ退学しないもんかな…。背景が何であれ、風説の流布と喧嘩腰を見てると、バンバン誤診をかます医者になりそう…。 どうなるやら、楽し…
私学の医大だし奨学金やら色々使う人も多いだろうけど、金持ち連中だって普通に沢山いると思うけどなあ?中村さんもこの前までは金持ち令嬢だし。 世界でもそうだけど日本も国のトップレベルの学校に行くのは天才以…
加納さんの日和への悪意はどこからバイタリティがわくのでしょう? 一度痛い目を見たのなら、普通は接触しないようにするでしょうに、あくまで日和の評判を落とそうとするのは、何が原因なのか理由を知りたいですね…
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