50 家族の形
その後の話し合いで、中村さんは暫く私の家に住むことになりました。
お姉ちゃんの部屋が空いていると言えば空いているし、我が家も含めて年末の引っ越しで住むところも変わります。まだ引っ越しまでに3か月程時間があるので、それまでの一時的な住まいです。
「事務局の人に思いっきり心配された」
騒動の翌日、私達は大学の事務局に行って手続きをしました。その際に色々と聞かれましたが、最後には同情されはしましたが問題なく手続きは終わりました。今までにも学生の家族が代理で退学手続きに来ることはあったそうで、何も申請していなかったら普通に退学になっていた可能性は高かったみたいです。
「大学側としても態々本人の承諾確認まで取りませんからね」
「手続きをお願いします」
中村さんは大きくお辞儀をして、事務局を後にしました。
医学部って割と退学者が居るんですよね。頑張って入学したのは良いのですが、ある意味そこが更なる苦難へのスタートでもあります。入学できても安心何て全然できません。その為、色々と理由は変わりますが、毎年一定数の人がリタイアします。その際に家族が手続きをするケースは多いみたいです。事故や病気など本人が手続き出来ない事もありますからね。
「帰りに日用品とかも買って帰らないとね。持って出たのって必要最低限でしょ?」
「うん、まだ銀行が凍結されてなくて助かった」
其処までしないだろうとは思うのですが、中村さんは自分の通帳のお金を一気に引き出しました。通帳自体は持って出て来ていた為、そう簡単に口座凍結とかは出来ないと思うのですが心配ですからね。
私達はお迎えの車に乗って、買い物をするために近くのモールへと向かう。私はその車の中で中村さんに状況確認をした。
「お母さんやお兄さんからは相変わらず?」
「うん、今日も連絡ない」
寂しそうな表情で返事をする中村さん。お兄さんとお母さんの携帯に何度か電話したみたいだけど、電話に出ないし折り返しの連絡もないらしい。
「兄とはここ数年連絡を取り合っても居ないし、年末年始も帰ってこないから話もしていない。多分本人は絶縁したつもりじゃないかな」
「でも、着拒されている訳じゃ無いんでしょ?」
「うん」
着拒されていないのなら、何らかの反応が返って来そうなもの。疎遠だった相手から態々電話して来る内容は気になるだろうし、そう考えると何で連絡が無いのだろう。母親は何とも言えないかな? 下手したら電話を取り上げられていてもおかしくないかも。
何とも言えない空気が広がる中、運転手の三島さんが普段とは違う様子で話しかけて来た。
「お嬢さん、後ろからは見えないと思うのですが、一応振り向かないで頂きたい。どうも着けられていますね」
「え?」
「え?」
一瞬何を言われているのか理解できませんでした。そして、理解した瞬間に私達は揃って後ろを振り向いてしまいました。
「お嬢さん、申し訳ありませんが前を向いていて頂けますか?」
三島さんの声は、普段とは明らかにトーンが変わっている。慌てて前を向いて座りなおしますが、尾行してきている車に気が付かれたでしょうか?
「ごめんなさい! 気が付かれちゃいました?」
「さて、スモークも貼ってありますし、中に1台車を挟んでいるので多分大丈夫でしょう。今の処は変な動きもありません。ただ、今日の買い物は諦めて頂く方が良いかと」
「はい、とりあえず此の侭我が家へ向かうので良いでしょうか?」
「恐らくですが大学で待ち伏せされていたかと思います。さて、どうしましょうか」
このタイミングでの尾行としては中村さん関係が一番可能性が高そうです。ただ、それも否定できない為、このまま自宅に向かうので正解かが判りません。
「う~ん、悩みどころですね。あ、そうだ。緑警察署へとお願いします」
「了解しました」
相手が判らない状況で決めつけて行動するのは危険ですよね。まずは尾行されたと言う事実を警察へ届けておく事も意味が有ると思います。警察署の中まで尾行して来ることは無いと思いますし、無いですよね?
「あの、うちの関係かな?」
「中村さんには申し訳ないけど、可能性としては高いと思う。でも、そうじゃない可能性もあるし、そもそも私が車で送迎して貰っているのも身の危険があるからだし、五分五分かな」
でも、警察に行くのなら相手の車のナンバーくらいは確認したいですね。ナンバーを警察に伝えたからと言って、調べてくれたり、ましてや相手を教えて貰えるかは不明ですけど。
「ちなみに、尾行して来た車に見覚えは無かった?」
「家の車では無いよ。でも、分家の人とか動いてたら判らない」
再度後ろを確認した中村さんですが、どうやら見覚えは無さそうです。中村さん家の車と分かれば多少は安心出来るんですが、鈴木家のお金目当てとかよりはですが。
その後、後ろの車に特に大きな動きは無く、私達の乗る車は無事に緑警察署へ入りました。ただ、件の車は警察署へは入らず前を通り過ぎていきました。
「通り過ぎましたね」
「流石に警察署へは入って来ませんでしたか。今日の尾行を諦めるかもしれませんね」
偶々警察署に来たとは考えないと思いますが、威嚇や牽制になるか判りませんが警察署へ届け出くらいはしておきましょう。私達は後部に設置しているドライブレコーダーの映像を持って警察署へ入りました。付けておいて良かったですねドライブレコーダー。ここ最近はドライブレコーダーの設置が進み始めた時期ですからね。
警察署での手続きは淡々と終わりました。実際の被害がある訳では無いので手続き自体は簡単に終わるんです。三島さんが警察OBという事と、お姉ちゃんのストーカー事件の時にお世話になった人がまだ在籍されていて、その点でも助かりました。知り合いが居るって気持ち的にも楽ですよね。
その後は、特に尾行なども確認出来ずに家までたどり着くことが出来ました。
「諦めたのかな?」
「どうでしょうか? ただ、十分にお気を付けください」
車をマンションの前に着け、私達がロビーに入るまで三島さんは見守ってくれます。そして、無事に帰宅することが出来ました。
「なんかどっと疲れたね」
「うん、ごめんね」
「中村さんのせいじゃないから気にしないで」
偶々タイミングが悪かっただけで、中村さんは巻き込まれただけの可能性もあります。そう思っていたんですが、中村さんは首を横に振って携帯電話の着信履歴を私に見せてくれました。
「警察署に入った時にマナーモードにしてあったんだ。そしたら、こんなに着信が入ってた。タイミング良すぎだよね?」
「あ~~~」
中村さんの家からの電話が埋め尽くさんばかりに表示されています。更には、今まで音沙汰の無かったお母さんという表示もあります。
きっと、家からの電話に出ない娘に対し、母親からも電話させたんでしょう。
一概には言えませんが、タイミング的に尾行は中村さんの家である可能性が一気に高くなりました。警察沙汰になる事を嫌ったと言うか、恐れたのでしょうか? ああいう人って外聞を異常に気にしたりしそうですからね。
「電話した方が良い?」
「お母さんの方に電話してみたら? それでお父さんが出たら切っちゃえば良いし」
こちら側としては、中村さんの父親に関わるメリットは無いです。まあ、録音の準備をしてから電話する方が良いでしょう。今後の事を考えると、会話記録は残したいです。
ルルルルルル
「あ、おかあ」ピッ
中村さんがお母さんに電話をして、そして、相手が出たと思ったら数秒で電話を切った。その表情からも出たのが父親だったのが判る。
「駄目だったかあ」
「うん、駄目だった。ゴメン、着拒に入れるからちょっと待って」
その会話の最中にも中村さんに電話が掛かって来る。ただ、中村さんは淡々と着信拒否の設定を始めた。
「ごめんね。やっぱりお母さんの電話もお父さんに取られてたみたい。お母さんだし仕方がないかなあ」
「そういうお母さんなの?」
「うん」
中村さんの話を聞くと、お母さんは中村さんの家の分家出身らしい。勿論、恋愛結婚などでは無く、親族で決めた政略結婚。昔からお父さんには口答え一つ出来ず、ジッと我慢しているような人?
「もともと、うちの家系って結構な地主だったみたいなんだよね。今もそれを自慢しているけど、私達の世代って関係ないでしょ? お盆や年末年始、檀家になっているお寺の行事、もう嫌になるくらいイベントが多いの。あ、ちなみにお寺さんも遠い親族です」
何か聞けば聞くほど歴史の世界? 農地改革で土地を取られるまでは地元では栄華を誇っていたって。ただ、それも戦後の農地改革で土地を取られ、土地を貰えた小作人さん達はその後の土地価格高騰で土地を売る人が続出。昔は自分達の土地だった所に、縁も所縁もない人たちが住むようになったそうです。
「うちも田圃を売って、そのお金でお父さんは大学に行って医者になったの。本家の自分が医者に成ったおかげで一族がとか威張ってるのをよく聞いたなあ。お母さんは分家でも下の方の出身らしくて、いっつも静かにしてた」
「なんか昔話あるあるだね」
そうとしか言えないですが、昔の昭和とかにありそうな話です。お母さんの実家も自分の娘の事より、常に本家、本家と五月蠅いそうです。
「一族を盛り立てるって父も親戚のおじさん達も言ってるけど、時代じゃないよね」
お兄さんはそれに反発して出て行ったみたいだし、親族の集まりに来る従妹達だってどうやってお零れに預かろうかって考えるような人ばかりらしい。
「こんな言い方はあれなんだけど、本当のお金持ちを知らないんだよね。そう考えると鈴木さんの所は凄いなあ。運転手付きだし、お母さんの実家って若しかしてお手伝いさんとか居るの?」
「あ、え~~~っと」
お祖母ちゃんを一人にしておくのが心配で、今はお手伝いさんを頼んでいたりします。その為、居るか居ないかで言えば居るになっちゃうんです。
「やっぱり居るんだ! そうだよね! やっぱり凄い」
「えっと、祖母が高齢だから心配でお願いしているだけだから」
内情を打ち明けられる程の関係を築けていない中村さんなので、どこをどう説明すれば良いのかで混乱します。ただ、段々と面倒になって来たので、もう其れで良い事にしました。
「すごいなあ。そんな所のお嬢様が何で普通の人と結婚したの? 反対とか無かったの?」
「恋愛結婚だし、そこはどうだったんだろう? 特に聞いたことはないよ。でも、お祖母ちゃんには可愛がってもらってる」
「いいなあ。やっぱり恋愛結婚だよね」
うん、中村さんの中では、お父さんとお母さんの大恋愛ドラマが作られているのだろう。
お母さん、何かごめんね? でも、前に失敗したみたいな事言ってたしなあ。




