49 昔の常識、今の非常識 後編
私が部屋を出ると2階から中村さんが大きめのボストンバックとリュックサックを手に降りてきました。
「ベストタイミング! このまま行ける?」
「うん。でも、大丈夫なの?」
「何とかなるから安心していいよ」
中村さんは父親達を気にして不安そうな表情で応接へと視線を向けます。私はそんな中村さんを急き立てて家を出る様に促しました。
中村さん的には当たり前に不安だと思いますね。それでも、すでに成人している為に何とかなると思います。まあ、何とかなるでは無く何とかするのですが。
先日、美穂さんも交えて家族全員で我が家の方針打ち合わせをしました。美穂さんを巻き込むのはどうかと思ったんですが、お姉ちゃん関係で巻き込まれる可能性があります。その為、事情を説明しておいた方が良いと判断しました。
で、その時に軽くですが中村さんの事も相談したんです。そうしたら、美穂さんからは何を悩んでるの? って言われちゃいました。
「その子も成人しているんだし、気にしなくていいでしょ? 順調に行って2年だけど、その間だけサポートしてあげれば何とかなるでしょ。お金にしても後で返してもらえば良いし、その子の家に何か言われても、家のお父さんは日和ちゃん大好きだから全力で助けてくれると思うよ。あれでも立場的には県医師会の偉いさんだし安心して」
私はお姉ちゃんの妹というお陰で、美穂さんのご両親にも可愛がられています。勿論、親戚筋のお嫁さん候補と言うのもあるとは思うのですが、最近はそれ抜きにしても可愛がってもらってます。
「気を付けないと美穂の親族に絡めとられるけどね」
「酷いなあ。お父さんだって日向だけで我慢するって……多分」
「うわ~~~」
お姉ちゃん達は笑っていますが、最近お姉ちゃんと美穂さんの従兄さんがお付き合い寸前まで来ていると聞いています。勿論、美穂さんからですよ?
「金銭的な事だって何とかなる。やっぱり一番大きな問題は卒業するまでの金銭的な事だから。そこは日和が面倒見ればいいだけだし。住むところだって今度出来るマンションの1LDKで良いでしょ。まだ募集してなくて良かったね」
お姉ちゃんも軽く言ってくれますが、実際にそうなんですけどね。
ちなみに現在建設中のマンションは、最上階を除く上層は3LDK、下層は1LDKとなっています。家族層と独身者とで住み分けしています。あと、階によっては女性専用の階とかも作りました。
「二人がそれで良いなら良いけど、お金絡むから友人関係が壊れる覚悟はしておきなよ? あと、ちゃんと行政書士か弁護士を入れて契約書は作る事」
美穂さんが真剣な表情で忠告してくれます。まあ、お金関係で壊れる友人関係って普通に聞きますからね。ただ、其処まで親しい友人なのかと言うとなんですけどね。
「一応、頭に入れておくね。出来れば穏便に終わって欲しいけどなあ」
「そうだね。まあ、自分の娘に頼まれたら考えてくれるよ」
美穂さんのお父さんは、何やかやと言いながらも娘に甘いですからね。私達の事を可愛がってくれるのも、娘と仲の良い子といった要素が8割くらい占めていると私は思っています。
まあ、そういった事を事前に話し合っていたからこそ、今この時に判断出来るんです。
どちらかと言うと余計なことまで考えてしまう私としては、二人からのアドバイスが欠かせません。美穂さんを交えたせいで若干攻撃的になっているような気はしますけどね。
「さあ、行こうか」
「う、うん」
私は中村さんが持っていたボストンバックを手にして玄関から外へ出ます。
「良子! お前、本当に良いんだな! 此の侭出て行けば勘当だぞ!」
玄関の開く音が聞こえたからでしょうか。中村さんの父親が私達に続いて玄関から飛び出してきました。その声に一瞬中村さんが立ち竦みます。私は中村さんの背中を押して前に進むと、少し離れていた所に止まっていた我が家の送迎車がやって来ました。
バタン
停止した車から制服姿の運転手さんが素早く下りてきて、後部座席の扉を丁寧に開けてくれます。
「お嬢様、荷物はお任せください」
「ええ、宜しくね。中村さん、車に乗って。荷物はそこに置いておいてくれていいから」
「え? あ、えっと」
うん、今日の運転手はちょっとお茶目な三島さんでしたか。まるでドラマに出て来るどこぞの運転手さんみたいな挙動です。チラリと三島さんを見ると、今の状況を楽しんでいるのが判りました。
この三島さんは、元警察官で定年後のアルバイトで運転手をやってくれています。その為、支給されている制服もピチッと着こなしていますし、姿勢も良いので恰好良いですね。帽子を被っているので、ちょっと寂しい部分は隠れています。やっぱり常時ヘルメットや帽子を被る職業の人は薄くなりやすいのかな?
それは兎も角、後部座席へ私と中村さんが乗り込むと三島さんは丁寧にドアを閉めてくれます。そして、トランクへと荷物を入れ、運転席へと乗り込みました。
「それでは、出発いたします。安全の為、シートベルトの着用をお願い致します」
「はい、宜しくお願いします」
「お、お願いします」
中村さんはちょっと雰囲気に吞まれているかな? まあ、この車も送迎の為に購入したドイツの高級車ですし、頑丈さと威圧感もあるでしょう。警護の意味合いもあってお金が有るならと此方を勧められました。
車が走り出す瞬間、中村さん越しに見える男二人は思いっきり口を開いて此方を見ていました。どうでしょう? 驚かせる事が出来たでしょうか? なんちゃってお嬢様ですが、三島さんのお陰もあって上手く成りきる事が出来ていたら助かります。
「こっからが大変なんだけどねぇ」
「え? 何?」
私の独り言に反応し、尋ねて来た中村さんに私は笑いながら話をする。
「昔聞いた話があって、娘が付き合ってる人の家に行ったら母子家庭だと馬鹿にされてね。携帯電話で迎えに来て欲しいと泣きながら母親に電話したそうなの。そうしたら話を聞いた母親が高級車をレンタルして、強面の知り合いに頼んで迎えに行ったんだって」
「え? あ、うん」
「それで、迎えに来た母親達に相手の家族が吃驚して、その後大人しくなったっていう物語? まあ、それを参考にしてみた感じかな」
唐突に始まった私の話に、中村さんはただ頷いているだけです。まあ、この話は実際にあった話なのか、創作された話なのかは判りませんけどね。
「え? この車ってレンタルなの? いっつも大学に迎えに来ているよね?」
「あ。これはうちの車。でも、さっきのは運転手の三島さんの演技かな?」
そうですね。毎日迎えに来ているので、中村さんも知ってますからね。ただ、私の言葉に三島さんが笑い声を上げています。
「いえ、私はお嬢様に雇われている使用人ですから。何も演技などしておりませんとも」
「もう!」
「うわあ、鈴木さんってやっぱりお嬢様なんだ」
「違うよ! 全然違う!」
慌てて否定するんですが、中村さんは信じた様子は有りません。三島さんは特に口を出しては来ないのですが、明らかに笑っていますね。中村さんも先程までの緊張からは解放されたようなので、まずは此れからの事を考えないと。
「これから鈴木さんの家に行くの?」
「あ、ごめんね。言ってなかったね。姉の友達が病院をしてて、其処へ向かっているの。棚田の先輩だし、家も大きな病院しているから相談するにも良いかなって連絡入れておいた」
「え? 若しかして鈴木先輩と柴田先輩?」
「あ、知ってた? うん、うちの姉と美穂さん」
まあ、医学部は6年制だし、何かと派手なあの二人は知ってたみたい。大学では、お姉ちゃんのお陰で良くも悪くも私の事も知られている。
その後、美穂さんの家兼病院へとやって来ると、そのまま応接室へと案内された。気を使ってくれたのか、美穂さんの両親は顔を出さずでした。
「日和、お疲れ様。中村さんも落ち着いたかな?」
「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
お姉ちゃんに頭を下げる中村さんですが、思いっきり緊張しているのが判ります。
「それは良いけど、明日にでも大学事務局に行って話をしてきなさい。下手すると勝手に退学の手続きとかされても可笑しくないよ」
「だね。後期の学費はもう振込済みだと思うけど、そこも返還とか言われたら教えて貰えるように言っとく事」
「え?」
「へ?」
お姉ちゃんと美穂さんが思いもよらない事を言い出します。
「親だから其処までしないとは思うけど、最悪の事を考えて動かないと。事務局にも事情を話して最悪は日和が学費とか負担するから教えて欲しいって頼む事」
お姉ちゃんの言葉に私は頷くけど、美穂さんは思いっきり苦笑いを浮かべている。
「無事に卒業して国試さえ受かっちゃえば何とでもなるから。卒業まで頑張る事! 留年は厳禁だよ」
「は、はい!」
美穂さんも中村さんに発破を掛ける。確かに医学部で1年留年となれば凄い金額が飛んでっちゃいますよね。
「日和も一緒に付いていってね。怖いのはお金関係と力尽くでいう事をきかせようとしてくる事だから。まずは大学関係をクリアしておくように」
「まあ、日向も前に言ってたけど成人している子供に強要は出来ないから」
ただ、此れには普通の親ならねという但し書きが付くんです。
「あとお兄さんもいるんだよね? お母さんとかお兄さんからは情報貰えない?」
「あ、兄はもう家を出ているので」
詳しく聞くと、父親とお兄さんは折り合いが悪くお兄さんは大学生の頃からマンション暮らしで余り交流が無いそうです。そして、母親とも気楽に相談したりは出来ないと。
「あ~~~、何となく解るけど、思いっきり昭和だなあ」
「だね。そりゃあお兄さんも家を出る訳だよ。でも、お兄さんに相談してみるのは有りじゃない? 流石に妹の今の状況を聞いて知らないって事は無いでしょう」
お姉ちゃん達はそう言うけど、中村さんは乗り気では無さそうです。
「ちなみに中村さんのお兄さんも棚田?」
「いえ、兄は私と違って三河国大の医学部で」
「うわ、頭いいんだ」
「両親の自慢だったんです。でも、大学に入ってから一気に関係が壊れて、専攻も内科ではなく児童心理学を選んで父と喧嘩になって」
うん、聞けば聞くほど闇が深そうな中村家です。中村さん自身もお兄さんにコンプレックスを持っているみたいですし、今回良くお父さんに逆らう気になりましたね。
「この人と結婚して幸せになれるのかって思ったら」
「だよね! 決断出来て偉い! あれは無い!」
私の発言にお姉ちゃん達は興味津々です。私は、さっき見た許嫁の勘違い野郎の事を多少尾鰭を付けて説明しました。尾鰭が付くのは仕方が無いですよね? あれと結婚して幸せになれるとは絶対に思えませんから。
中村さんはこの段階でポロポロと涙を流し始めますが、あの許嫁だったら仕方が無いですよね。その後、私達女3人で思いっきり中村さんを褒めまくりました。
み、美穂さんの苗字が判りません!(ぇ
出してないですよね? 判らないせいで美穂さんの家の病院名が決まりません!(酷!)




