47 今どき、許嫁が居る事に驚くよね?
さて、皆さん許嫁と聞くと何を想像するでしょうか? 許嫁、即ち婚約者ですよね?
婚約者と言えばやはり頭に浮かぶのは婚約破棄! 婚約破棄となれば出て来るのは悪役令嬢!
こんな事を想像してしまうのは、ラノベに相当浸食されてしまっているのでしょうか。
「許嫁は5歳年上の銀行マンなの。親同士が幼馴染で、昔から許嫁って言われ育ってきたんだけど」
「うんうん」
さっきから私は頷いているだけです。
はい、試験が無事に追試も無く終了したので夏休みに突入。試験前に約束していた中村さんとの飲み会です。はい、既に20歳は過ぎている為に、思いっきり居酒屋で飲み会になっています。
「最初は、何となく不満と言うか、此れでいいのかな? って思いもあって。兄が居るんだけど、鈴木さんの所と一緒で、その兄も今研修医やってるんだよね。だから病院を継ぐのは兄になるんだけど、私も一緒に働けばいいわけだし、収入も安定するなら無理して結婚しなくても良いかなって思いもあって」
「医者に成っちゃえば身の振り方は幾つも考えられるもんね」
中村さんは口にはしないけど、何か思い直す様な事があったんだと思う。
親の思いがどこら辺にあるのかは判らないけど、今どき許嫁とか無いですよね。子供は成長するにしたがって反抗期やら、思春期やらを迎えます。まだ幼い時に将来を決めるのは問題だと思うかな。
そもそもいつの時代かって思うし、本人達の意思がそこにどれだけ反映されているでしょう?
ちなみに、私も良く知らなかったんですが許嫁と婚約者は別物です。簡単に言うと親同士の口約束とかが許嫁で、婚約という契約を交わしているのが婚約者らしいです。
「誤解が無いように補足するけど、嫌いっていう訳じゃ無いの。だけど、この人と結婚するの? って思っちゃって。会話してても何となく上から目線な感じがして。そりゃあ小さい頃を知られてるし、子ども扱いするのは判らなくないよ? でも、何か違うくないって思えて」
「そっかあ。うん、何となく言いたいことは判る」
ちなみに、女性のこういう相談はだいたい結論が出ているんです。その後押しをして欲しい場合が殆どですね。ですから、迂闊な返答をするとご機嫌を損ねます。
「噂を聞いて、てっきり鈴木さんもお仲間だと思ったの。普通は簡単にこんな事相談できないよね? 人によって反感を買いそうだし」
そう言って此方を見る中村さんに、私は出来るだけ柔らかな笑みを浮かべる。
「そんな事無いよ? 同期だし、せっかく仲良くなったんだから相談してくれて嬉しいよ。一人で悩んでても色々考えすぎちゃうよね? 人に話して楽になれるなら溜め込まない方が良い。授業でもあったでしょ?」
「そうなの! そっかあ。良かった。鈴木さんに聞いてもらってちょっと楽になった。ごめんね、変な話をして」
そう言って笑顔を浮かべる中村さんですが、うん、言っても良いでしょうか? 私達ってまだお互いに苗字呼びですよね? 其処まで親しくないですよね?
まあ良いのですが、中々に女同士の友情というのも難しいですからね。変に裏を読む人とかだと厄介ですし、別に相手を蹴落とす必要なんて欠片も無いのに、足を引っ張ろうとする人もいる。
今回の中村さんの話だって、人によっては自慢? って取られても可笑しくないかな。
「一応のアドバイスだけど、ご両親とキチンと話し合った方が良いよ。ギリギリまで放っておくと余計に面倒になるし。来年国家試験を控えているんだから、話すなら今年中だと思う」
卒業パーティーで婚約破棄なんて持ってのほかだよね。あれ普通に考えたら、すっごい悪意マシマシでドン引きです。
「そうだよね。早い方が良いよね」
うんうんと頷く中村さん。やっぱり最後の一押しが欲しかったみたいです。
「鈴木さんは大人だなあ」
「ん? そう? みんなとあんまり変わらないと思うけど」
実態は前世込みで考えれば50歳を過ぎていますからね。自分的には経験した年数の割には成長していないと思いますが。それでも、20代の人達と比べれば人生経験を踏んでいるつもりです。口にはしませんけど。
「やっぱり資産家の子だなって思うし。ほら、中高時代って何となくあるよね? 妬まれたりしなかった?」
「う~ん、私って余り人付き合いが良い方じゃないから、そのお陰か特にはなかったと思う」
そもそも我が家はマンション住まいですし、周りから見て特段お金持ちには見えなかったと思う。どちらかと言うと目立たない様に暮らしてたからなあ。そんな事を考えていたら、中村さんが真顔で私を見ました。
「鈴木さんは落ち着いてるから。でも、色々と噂されているから気を付けた方が良いよ? 多分、幾つかは耳に入ってるでしょ?」
「うん、ありがとう。こまめに両親とは連絡を取り合ってるし、身の回りには注意しているから」
やはり中村さんにも噂話は聞こえて来ていたようです。その後は当たり障りのない話をして飲み会はお開きになりました。そもそもの主題は中村さんの許嫁の話でしたから、こんなものでしょうか。
そして、夏休みに入ったのですが、マンションの事などバタバタしている間にどんどんと時間が過ぎていきます。勿論、高校時代のメンバーでジャンボ海水プールへ行ったり、夏祭りに行ったりと珍しく個人的なイベントも盛りだくさんでした。
「長い夏休みに3回遊びに行って盛りだくさんねえ」
「私的には盛りだくさんなの!」
お姉ちゃんに揶揄われます。まあ、あちらはお盆前後位しか休みが無いですし、きっと羨ましいのでしょう。
「6年生の夏は地獄だからね。卒業試験に備えないといけないし、その合間に国試の勉強もするでしょ? 余裕ないからね」
「き、聞きたくなかったよ」
実際の所、既に噂では流れているし、研究室の先輩達を見ていれば判ります。そこを直視するか、目を逸らすかで違うのかもしれないけどね。
残りの夏休みを思いっきり自宅で引き籠ろうとしていた私は、中村さんからの電話で引きずり出されました。うん、まあ言い過ぎかもしれないけど、中村さんの様子がいつもと違ったんですよね。
「で? どうしたの?」
先日ご一緒した居酒屋で待ち合わせをしたのですが、明らかに中村さんの様子が可笑しいです。
「お父さんに許嫁の解消をお願いしたら思いっきり揉めちゃって」
「あ~~~」
うん、あるあるな事です。私も気になってちょっと調べたんですが、中々に微妙だなあって思いました。問題は、相手が何処まで中村さんとの結婚に拘るかですね。
「うちの両親も私の我侭みたいに言うんだよね。でも、何か皆にすっごく上から色々と言われてさあ」
思いっきり涙目ですね。ただ、実際の状況を見ている訳ではないので一概に言えないのですが、本人が此処まで嫌がるなら解消するべきではないのでしょうか?
「ご両親は反対なんですか?」
「うん。お父さんに突然何を言い出すんだって怒鳴られて。家同士の決め事をお前の勝手で解消なんかできないって」
う~~~ん、旧家あるある何でしょうか? 明らかに時代錯誤です。本人の意思に沿わない婚姻は駄目って法律で決まっているみたいですよ。
「私も一応調べたんだけど、本人の意思に沿わない結婚は違法だから。今どき家同士は関係ないよ。親同士の約束は何の法的拘束力はないって」
まあ、実際はもう少し複雑で、本人同士が口約束であっても結婚に同意していると法的根拠が発生しちゃうらしい。ただ、そこに本人の意思が有るのか無いのかが焦点になるらしいです。
「でも、お父さんが絶対にダメだって」
「お母さんやお兄さんは?」
「二人ともお父さんには逆らわないから」
うん、良くある話だよね。父親の権威が強い家庭とかはそんな感じなのかもしれない。今どき珍しいと思うんだけど、そうでもないのかもしれない。
「なら、お父さんが結婚すれば? って言い返したり、出来無さそうだね」
「怖くて無理」
「そっかあ」
我が家とは在り方がそもそも違いますから。アドバイスをしようにも何の助けにもならなさそうです。でも、こういう家庭も結構あるんだと思います。
「お相手はどういう感じ?」
「まだ言ってない。お父さんが絶対にダメだっていうから」
二十歳を過ぎていてもまだまだ子供ですからね。学生という事は、まだ親の庇護下で生きています。家を飛び出すくらいの勇気が無ければ難しそうです。
「中村さんは、実は好きな人が居るとかない? 恋人がいるとか」
「うん、無い」
「そっかあ」
家族が味方になってくれないのはキツイなあ。
中村さんも医学部に進学したっていう事は、頑張って努力して来たんだと思う。
勿論、将来の夢とか、認められたい承認欲求とか、人によっては色々あると思うのです。それでも努力してきた事は間違いありません。
「鈴木さん、私どうしたら良いんだろう?」
お酒もそこそこ飲んでます。中村さんはその後もポツポツと語り始めるんですが、今回の事でより結婚に不安を感じたようです。
「もし結婚して、上手くいかなくても誰も味方になってくれなさそう」
聞いている限りでは、お相手も少々モラハラっぽい様子が伺えます。ただ世の中でDVだとか、モラハラだとか騒がれ始めるのは、もう少し後になるのかな? 中村さんの発言を聞く限りにおいて、育ってきた環境的にそういう物だと容認しちゃいそうですね。
「第三者の私がこんな事を言うのは駄目なのかもしれないけど、友人として話すね。心理学の授業でもあったと思うけど、中村さんの家ってちょっと可笑しいかも。一度、第三者を交えて話し合った方が良いよ。お勧めはDVなどを扱ってるNPO法人かな」
キチンとした立場の人から話をして貰うのが一番です。ただ、お父さんが医師というのがネックになるかもしれません。一部の人は自分が医師という事で、相手を見下す人もいますからね。
「……うちって可笑しいのかな? 講義聞いてて、あれ? って思ったんだよね」
中村さんがじっとグラスに視線を注いだまま私に尋ねて来た。
「話を聞いているだけだから判断は出来ないよ。でも、本人の意思を蔑ろにして結婚させるのは変。明確な法律違反なのは確かだね」
「そっかあ。そうだよね」
その後、良い時間になったので飲み会はお開きになった。
お父さんが駄目なら、相手の人を説得して関係を清算するのが一番早い気はする。
「色々と聞いてくれてありがとう。何となく気持ちの整理が出来た」
「一人で悩んでるよりは健全だよ。精神医学の講義でもそう言ってたでしょ?」
「うん。でもありがとう」
居酒屋の前でタクシーを拾い、中村さんをタクシーに乗せる。そして、そのタクシーの後姿を見ながら、私は中村さんの許嫁騒動が無事に収まる事を願う。
「娘の幸せを願うんだったら、せめて話し合いはしてほしいなあ」
そう思うのですが、その数日後、中村さんからヘルプの電話が入るのでした。




