44 お父さんのやらかし?
大学から帰って来ると、お父さんとお母さんが私の帰りを待ち構えていました。普段でも私の帰りよりお父さんが帰ってくる方が早い時はあるんです。ただ、今日は明らかに二人の様子が違いました。
「ただいま~~って、何かあったの?」
テーブルの上を見ると、私のご飯だけが用意されています。まあ、既に夜の9時を回ろうかと言う時間ですから、二人は先に食事を終えているんだと思います。ただ、テレビもつけずに今の今まで何かを話し合っていたよう?
「お帰りなさい。そうねえ、あったといえばあったわね」
「日和、お帰り」
二人はそう返事を返してくれますが、お父さんはちょっとぶっきらぼう。部屋に漂う雰囲気は決して良い物じゃなさそうですね。
「で? お父さんが何かしでかしちゃったの?」
遂に我慢できなくて株で儲かった事とかを誰かに自慢しちゃったかな? それとも、お父さんの実家から来ていたお金の無心を承諾しちゃったかな? ぱっと思いつくのはこの二つくらい。
私はテーブルの上の食事に手を付ける事無く、まずは状況の確認をしました。
「お父さん、会社を辞めて来ちゃったんだって」
「は?」
お母さんの発言を聞いて思わずお父さんを見てしまいます。
前世のお父さんは60歳で定年を迎えるも、その後65歳までは働いていました。あの世代の男性あるあるですが、趣味と呼べるものもなく仕事が趣味みたいなところがありました。そんなお父さんが突然会社を辞めるなんて思っても居ませんでした。
「ちょっとお父さん、会社辞めるなんてどうしちゃったの? そんな事欠片も言ってなかったじゃん!」
「いや、まあなんだ。ちょっと思う事があってな」
思いっきり歯切れの悪い返事で、先程から私と目を合わせようとしません。まあ、お父さんとじっくり話す事ってあまり無いですし、何方かと言うと仲が良かったのはお姉ちゃんの方でした。
「お父さんの元部下の人が今年の4月に昇進して役員になったの。それで色々とギクシャクしてたらしいのだけど、先日お金の話をしたでしょ? それで会社を辞めても良いのじゃないかって思ったらしいわ」
私が帰ってくるまでに、お母さんとは色々と話し合ったのでしょう。どうやらお母さんは納得しているみたいです。
「あと3年で定年なんだけど良いの? お父さんって仕事好きなんだと思ってた」
休日でもゴルフだ何だと家族そっちのけでお父さんは出かけていました。前世も含めお父さんに何処かへと遊びに連れて行ってもらった記憶は皆無です。まあ、アルバムを見ると2歳とか3歳の頃に遊びに連れて行って貰った写真が貼られてはいますけど。
「仕事はあくまで仕事だ。好きだ嫌いだなどと考えた事は無い」
そうぽつりと呟くお父さんですが、この年代の人ってこんな物なのかな? 24時間うんたらと今では考えられないようなCMがあったくらいです。
「お母さんはあなた達にも迷惑は掛けない程度の貯金もあるし、無理して会社へ行く必要は無いって思ってるの。変に財産を残してても税金で取られるだけでしょ? それならのんびりと温泉とか行ったりしてゆっくりしようかなって」
「うん、それで良いんじゃないかな? お父さんも無理して働かなくても良いんだし、こっからのんびりすれば。此れからの事はお母さんとちゃんと話し合ってね」
「判ってる。すまん」
お父さんに対してちょっと甘いかなって思うけど、娘には話せない理由とかもあるのだろう。そこはお母さんと話し合えば良いし、逆行転生した事で色々と大きく変わってきているから、お父さんを取り巻く環境だって変わって来てると思う。
お父さんに無理に働いてもらって鬱病とかになられたら、それこそ家族の負担の方が大きくなるよね? だから後はお母さんたちの問題。
話がひと段落した事で、やっと私は夕飯にありつく。その間にお父さんはお風呂へと行ったので、お母さんが私の前に座って話始めた。
「どうもね、お父さんがライバル視してた関谷さんいるでしょ? 今度部長に昇進してお父さんの上司になって、それで色々とね」
「あ~~~、そっかあ。娘さんが確か徳女いった人だよね?」
関谷さんの名前だけは良く知っている。前世で特にお姉ちゃんがブランド品を買って貰う為の出汁にしていた印象が強い。でも、関谷さんが前世でお父さんの上司になったという話は記憶が無いけど、私が聞いていないだけだろうか?
「どうもね、娘二人が医学部へ進学したとか、そのせいでお金の苦労がとか、何かと会社でマウント取っていたみたいなのよね。それで目の敵にされてるみたいで、器が小さいだ何だっていってたけど、多分やりすぎたのよね」
「うわ、何か目に浮かぶね」
私とお母さんは視線を合わせた後に溜息を吐く。きっと関谷さんはお父さんに負けまいと頑張ったのかな? 若しかすると社内での他の人達からの人望も失っていそう。
「こないだ皆で話し合った時に退職する事を思いついたみたい。まあ自業自得とはいえ、実際に精神的にキツイ状況にはあったみたいね」
「きっと、ざまぁされちゃったんだね。お父さんらしいと言えばお父さんらしい」
本当に苦笑しか浮かんでこない。もっとも、実際の状況も内容も判らないだけに勝手な想像でしかないけど。ただ、お父さんあるあるな気がする。
「お父さんも何で此処まで娘の評価が低いのかしら。何か可哀そうになって来るわ」
「お母さんがお父さんと結婚しちゃったのは、多分その同情が原因だね!」
駄目な所を見て、何となく可哀そうになったんじゃないだろうか? 格好良いお父さんって想像出来ないからね。
「貴女達は何時もそう言うけど、昔はお父さんだって格好良かったのよ? お父さんの事を良いなっていう子もいたんだから」
「え~~~、うっそだぁ。本当だとしたらみんな見る目無さすぎ! アルバムの写真みたけど、極楽トンボみたいじゃん」
時代によってモテる要素が変わるのはわかる。ただ、写真の中のお父さんはどう見ても頼りなさそう。
その後、お父さんはお風呂から出て早々に寝室へと上がっていった。退職を決めれた最大の要因はお母さんの貯金だろうし、その事に負い目があるのだろう。ただ、あの話し合いの時にお父さんが静かだったのは、あの段階ですでに退職が頭の片隅に過ったからかな。
あと、お父さんは退職する事に関して、ちゃんとお母さんに相談していたらしい。まあ、それすらしてなかったら離婚案件かも? でも、離婚となると財産分与とかややっこしい事にはなったのかも。
「でもさあ、お父さんの性格的に退職して家でのんびりって出来ないよね? お給料が無くなった分はどうするの? 年金を貰うにはまだ3年程かかるし、自分の貯金を積み崩すか、何処か他で働くつもり?」
「もう、意地悪言わないの。一応お小遣い制にしたわ。其処ら辺はちゃんとするから、あなた達には迷惑は掛けないつもりよ」
「お姉ちゃんには話をしてるの?」
まあ、我が家で一番五月蠅いのはお姉ちゃんだ。この事を内緒になんか出来ないだろうし、早めに話をしておくに限る。
「勿論一番に話をしたわ。私の好きにして良いそうよ」
苦笑を浮かべるお母さんだけど、お姉ちゃんから色々と注意されたんだろう。でも、我が家でお父さんに一番甘いのもお姉ちゃんなんだよね。まあ、前世では思いっきり甘えまくっていましたからね!
その後にお母さんから聞いた話では、お父さんの退職に関してやはり若干のイザコザがあったみたいです。遠因としてはお姉ちゃんと私とも言えなくない。
「まあ、お父さんなら娘二人が医学部進学したら自慢するよね。自分はまったく貢献して無いのにね」
「そうよねえ。学費の負担もしてないし、生活費は入れてるからそれで何とかなっているって思ってたんじゃないかしら? 自分のお小遣いに影響がなければ家計がどうなっているのか何て気にしない人だから」
「でも、自慢したくなる気持ちは分からなくはないかぁ。それで人間関係壊しちゃったら駄目なんだけどね」
目の前にあるお茶を飲みながら、でもなあ、お父さんだからなあって考えます。そして、お母さんも溜息を吐きながら話を続けました。
「お父さんって周りの人の気持ちに鈍感なところあるでしょ? きっと関谷さん以外の人とも微妙なんじゃないかしら? 自慢話って話す方は良くても聞かされる方はねぇ」
お母さんの言葉に頷きます。話す方はそりゃあ気持ちが良いでしょうけど、聞かされる方はですよね。それも、何度となく話されてたとしたら、鬱陶しくもなります。
でも、私達って塾代も結構かかっていたし、前世では頑張っても絶対に医学部は無理だったろうなあ。そんな感じで思わず黄昏ちゃいました。
「相続とかでごっそり税金で取られるくらいなら、これを機に使い切っちゃうつもりでも良いかもね。お父さんと二人で何か趣味でも見つけたら? 一日中二人で家に居たら可笑しくなっちゃうよ? あと運動不足も怖いと思う」
「運動ねぇ。お父さんの趣味としたらゴルフ? 今から始めるのも何じゃない?」
お母さんは私と同じくインドア派なので、運動と言われるとちょっと引き気味になります。その気持ちは良く解るんですけど、ジムで淡々と運動するのはもっと続かないと思うんです。
「前にお父さんが欲しいって言ってたゴルフ場会員権を買っても良いんじゃない? 回数行くなら採算が合うかもしれないし、バブル崩壊したから安くなってるかも? 良く知らないけど」
そう言って笑う私ですが、結構本気だったりします。お父さんの自己顕示欲も満たされるだろうし、運動不足も解消されますから一石二鳥?
その後、お父さんとお母さんは二人仲良くでゴルフスクールに通い始めました。まだ会員権までは買っていないみたいですが、時間の問題かな?




