42 お金があると色々と大変
3人での打ち合わせが終わり、私は自分の部屋へと戻って来た。
「う~ん、やっぱり駄目だったのかなあ」
少し悩みながらも机の引き出しからゴソゴソと通帳を取り出す。そして、通帳の残高を眺めついつい頬が緩む。
「えへへ」
問題があるとはいえ、通帳に記載されている数字の大きさに何とも言えない幸福感に包まれてしまいます。人生を何度もやり直せるだけの金額です。
宝くじの当選を夢見ていた前世。その宝くじよりも何十倍もの金額が記載されているのですから、心が躍っても仕方がないですよね?
そんな感じで通帳を眺めていたら、ノックの音と共にお姉ちゃんが部屋に入ってきました。
「日和って、何通帳を眺めてニヤニヤしているのよ。キモイよ」
「うぅ、酷い! そういう言葉って結構心に来るから!」
お姉ちゃんに抗議をします。ただ、そんな私をまったく気にした様子もなく、お姉ちゃんは部屋にあるクッションに座りました。
「はあ、ちょっと今日は疲れた。日和もでしょ? まさかお互いに時間を遡ってるなんて思いもしなかった」
「うん、それはそう」
私はてっきりトラック転生だと思い込んでいたから。そこでお姉ちゃんまでが逆行転生しているなんて欠片も想像しなかった。でも、いま改めて考えればお姉ちゃんの変わりようは異常だったかもしれない。
「日和の変わりように違和感は感じてたんだよね。ただ、自分の事で精一杯で気が回らなかったかな。ほら、前世では全然勉強して無かったから小学生の問題でも判らないの有ったりしてさ。今思うと良く医者に成れたなあ」
「うん、私も算数とかは兎も角、漢字とかはヤバかった。あと、何と言っても英語! 前世では大の苦手教科だったし」
その後、逆行後の苦労話で一頻り盛り上がった後、真面目な話を始めました。
「それで、身の回りで最近何か異変とか違和感とか感じた事はある?」
「今の処思い当たる事は無いかな。基本的には大学と家の往復で終始しているから。でも、警告するっていう事は何か変わって来るんだろうね」
今の処、誰かに見張られているような気配は感じませんが、私の様な素人に察知されるような事は無いのかもしれません。そう考えると決して油断できるような状況では無いのです。
「映画とか参考になるのかは判らないけど、車に乗ってても前後挟まれて動けなくされるとか、もっと悪いと車をぶつけられて事故かと思ったらとか、考えれば切りがないけど用心するのよ」
「大学まで公共交通機関を利用するのが一番な気がしてきた。でも、本数が少なくて時間が縛られるからなあ」
我が家の傍のバス停から大学までのバスが有るのですが、何と言っても本数が少ないのです。その為、最悪はタクシー利用も考えるのですが、それこそ運転手さんが悪い人で無いとは限りませんよね?
「やっぱり運転手を雇う? 固定の人ならリスクはある程度回避されるし、何かあっても一人よりはいいかも」
何をとっても一長一短な気がする。
「あと、前に私がお願いしたハウス屋さんに連絡入れておくから。マンションを建てるなら早い方が良いよ。頼んでから1年とかかかるからね」
「うん、土地探しを急ぐ」
お姉ちゃんが先にマンションを建てている為、段取りはある程度分かっている。ただ、肝心のマンションを建てるとして、何処に建てるのかが悩みどころなのだ。
「栄近辺、名駅近辺、あと、駅から徒歩15分以内。セキュリティー高めで、コンシュルジュと警備員常駐とかにするなら家賃高め設定になるから、利便性とか考えるとそれなりの場所に建てないと駄目」
「それが難しいんだって。だいたい相場が判んないから家賃設定が出来ない」
「そこはハウス屋さんに相談するしかないわね。私達が考えたって判らないわ」
お姉ちゃんの建てたマンションは、大学に近い郊外に建てられている。もっとも、地下鉄の駅が徒歩10分という好立地ではあるんだよね。まあ徒歩10分と言いながら私だと15分は掛かるけどね!
「そもそも、マンションのコンシュルジュって何をするの? 警備員は判るけど」
「私が判る訳ないでしょ? それも含めて相談するのよ」
そこで呆れたような眼差しで見られるのは違うと思います。でも、私達ってお金があっても庶民育ちの庶民暮らしですし、ホテルのコンシュルジュさんとだって見た事も、ましてや会話なんてした事無いですから。コンシュルジュ付きのマンションなんて噂でしか知らないです。
一通り、此れからの事を話していると、自然と前世の話にもなります。そして、前世の話となると欠かせないのが小春ちゃんの話です。
「うん。小春の事は凄くショックだった。私の幸せの象徴で希望だったから。最初は暫く泣いてたなあ。日和には気が付かれないようにしてたけど。でもさ、今こうして小春の話が出来る人が一人でもいて良かった。ずっと自分の中だけでしか思い出してあげられなかったから」
記憶があれば小春ちゃんの事を思い出していたんだろう。あれほど可愛がっていたんだから仕方がないけど、何とも言えない気持ちになる。
「小春ちゃん可愛かったよね。普段は笑顔なのに人前だと途端に緊張して、ちょっと怒ったような表情になったよね。笑顔になれれば可愛いのに勿体ないって何度思ったか」
「うん、そうだった。甘えん坊だけど、私がこんな性格だから甘えるのが下手だった。今思えばもっと甘えさせてあげればよかった」
恐らくは此れまでの年月で気持ちの整理はある程度ついているのだろう。寂しそうな表情ではあるけど、涙を浮かべたりとかはしない。
「そういえば、前の旦那とかは気にしているの? それこそ名前も住所も判ってるんだし」
「はあ? するわけないでしょ? そもそも同じ旦那と結婚したとしても小春が生まれる可能性何てほぼ0だよ? その為に今の人生を棒に振るつもりは無い!」
表情を一転して眦を釣り上げて言葉を荒げるお姉ちゃん。判らないでは無いだけに、私は慌ててお姉ちゃんを宥めます。
その日は二人で朝近くまで昔の思い出を話して、寝不足でお姉ちゃんは帰っていきました。
私は慌しく時間を見つけながらハウス屋さんとの遣り取りを含め必要と思われる手続きを始めます。何と言っても土地選びは重要ですから、そこはどうしても時間が掛かるんです。
そして、更に重要なお父さんを交えた説明会? 説得会? が今週末に決まりました。そして、今度はお父さんも交えて4人での話し合いです。
私とお姉ちゃん、お母さんとお父さんとテーブルに分かれて座りました。
「てっきり日向が結婚相手でも連れて来るのかと思っていたんだが違うのか?」
お父さんはお姉ちゃんを見ながら思いもしなかった事を言い出します。成程、有り得ない出来事ではないかな? 私が思わずお姉ちゃんの表情を見ますが、うん思いっきり顔が引き攣ってますね。
「残念ながら当分はそんな予定は無いわ!」
「お、おぉ」
「それはそれで困るわねぇ」
お姉ちゃんの語気にお父さんがドモリますが、お母さんはわざとらしく頬に手を添えて溜息を吐きます。そんなお母さんを思いっきり無視し、お姉ちゃんはお父さんへと射るような視線を向けました。
「そんな馬鹿みたいな問題じゃないの! 警察から忠告が有って、我が家が犯罪者に狙われている可能性があるんだって!」
「家が狙われてる?」
お父さんは何を言ってるんだといった表情を浮かべお母さんを見ます。突然の事で理解が出来ないんだと思うんだけど、まあそういう反応になるよね。
私達3人は話し合って、お父さんに先ずは危険が迫っている事を理解して貰う事にしました。
今一番注意しないとならないのは、お金の事と言うよりも身の危険です。それをどうやって回避するかです。お父さんは今まで蚊帳の外だったので、当たり前ですが一番危機感は無いです。
「お父さん、冗談じゃなく気を付ける様にって連絡を貰ったの。原因は今から説明するけど、日向や日和の命に係わる可能性もあるから真剣に聞いて」
お父さんの視線を真直ぐに見返しながらお母さんが説明を始めました。
お父さんは説明を聞きながら思いっきり百面相? 驚きやら、何とも言えない表情やら、勿論歓喜の表情も浮かべますが何方かと言うと困惑が大部分を占めている感じでしょうか?
「成程、株かあ」
証拠として出されたお母さんの通帳を見て、お父さんは何とも言えない表情を浮かべています。
「ええ、お父さんに内緒にしてたのは申し訳ないと思っているわ。でも、この事が広まったら身の危険があると思っていたの」
お母さんの言葉に、私もお姉ちゃんも大きく頷きます。私達の様子を見たお父さんは、それこそガックリといった表現そのもので大きく頭を落としました。
「まあ、俺には前科があるしなあ。仕方がないと言えば仕方が無いか」
「あ、そこは解ってたんだ」
お父さんの反応は予想外でした。てっきり何でもっと早く教えてくれなかったんだと言い出すと思ってました。
「まあな。宝くじの時にお前達を危険にさらすのかって怒られただろ? あの時、実は何を大げさなって思たんだ。部長にその話をしたら、懇々と怒られた。あり得ない話じゃないってな」
「「「あ~~~」」」
結局の所、家族の意見より第三者の意見の方が伝わるという事でしょうか? お父さんって昔から何処か女性を下に見る所がありますからね。それもこれも育った環境の影響何で仕方がないのでしょうか。
それでも、お父さんが自分の行動の危険性について自覚していてくれたのは助かりました。予想していた最初にして一番大きな壁が無くなっていた気分です。その為、このままスイスイ話が進むかと思っていたら、そこまで簡単ではありませんでした。
「何でお袋や親父にまで内緒にするんだ? 身内だろ? それに、金銭的に余裕があるんだから援助してやれば良いじゃないか」
危機感の話で一息ついたら、先日のお祖母ちゃんたちへの資金援助の話になりました。介護などにお金が掛かるので、幾らか負担して欲しいという話だったみたいです。
「貴方のお小遣いの範囲内で援助するなら自由にして良いわよ? でも、この話をあっちにするのは絶対にやめて!」
「お父さん、私が医者に成った途端にお金無心してくるような親族、私は要らない。そもそも、まだ我が家は日和が大学生だよ? 普通なら教育ローンでカツカツだよ? そんな所に資金援助してくれって頭おかしくない?」
「昔から私達って要らない子扱いされたよね? お父さんの両親かもしれないけど、私の祖父母とは思ってない」
私達の口撃にお父さんは劣勢です。でも、何で教えないと駄目なんだろうか? 教えたら絶対にお金を無心して来るに決まっている。
「よ、余裕があるんだったら良いじゃないか」
「あっちに援助する様な余裕なんかない! だからお父さんのお小遣い範囲なら好きにしてッてお母さんが言ってるでしょ!」
「日向はそう言うが、介護なんかで金が掛かるらしいんだよ。施設に預けるにもお金が掛かるだろ? 親の面倒くらい兄弟で負担しないとだな」
お父さんはそう言いますし、気持ち的に理解できない訳じゃ無いです。ただ、お兄さんと差別されて育ってきたお父さんでも両親の面倒を見たいと思うんですね。兄弟仲も今一つだし私だったら結構悩むと思います。
「生活費は貴方と半々でこの子達の学費は全額私が面倒を見て来たわ。私の祖母が援助してくれているって説明して来たけど、貴方はその事をどう思ってた?」
「おかあさん」
お母さんの様子というか、語調が段々と強くなってきた。その為、私はちょっと口を挟む。そもそも私達が私大の医学部に進学したのだって、株で儲かったから入れた選択肢。もしお金が無かったら違う選択をしたと思う。
「ふぅ、そうね。ちょっと感情的になってたわね。ただ、あちらに話せば大騒ぎして結局この子達は危険になるわ。その事をきちんと理解して」
「だね。絶対に大騒ぎするし、こっちのお金を当てにして何をするか判らないよ」
お姉ちゃんも同意するけど、そこは私も同意見です。だって、こんな言い方は何だけど、お父さんの両親だもんね。
その後、何とかお父さんを説得してこの日は終わりました。でも、あとで又揉めそうだなあ。だってお父さんが車を買い替えたいとか自分の事を言い出さなかったからね。
何でしょう。話が進まないですね。
もっとこう華やかな話にって思うんですが、主人公達が地味ですし……




