37 閑話 姉と私と美穂さんと
週末の日曜日、私はお姉ちゃんのマンションへと遊びに来ていた。
お姉ちゃんは現在自分が建てた賃貸マンション最上階の1室に美穂さんと二人で暮らしている。
ハッキリ言ってこの二人、さっさとくっつけよと思わないでもないんですが、それは外部から見た印象で実際には百合百合しい事は全然ないらしい。どちらかと言うとコメディアンの相方同士みたいな関係かな?
「ふ~~ん、まあ、女のマウント合戦なんて普通にあることじゃん。まあ、日和は大人しそうに見えるし、男受けしそうだから牽制したいって所じゃない?」
「日和ちゃんって面倒だから無視する、相手にしないってタイプだよね。だけどその方法って相手によっては助長させてエスカレートするよ」
先日の事をお姉ちゃんに愚痴ると、何でもない事の様に話を流されてしまった。そして、美穂さんには叱られました。
「あれは感情の問題だから厄介。何かの拍子に気に入らない事が目についてどんどん苛ついていく。自分より可愛い。自分より頭がいい。自分の方が何々なのに。言い出したら切りがない」
「うん、そこは何となく理解できるんだけどね」
自分だって人間です。嫌いな人なんて普通にいます。だから言いたいことは理解できるけど、ターゲットが自分なので愚痴ぐらい言いたくなる。
お姉ちゃんと話をしていると、美穂さんが食卓に料理を並べ始めた。ただ、料理と言っても出前でとったお寿司やピザなどで、正に並べるだけのものだけど。
「日和ちゃんごめんね。料理する気にならなくて出来合いの物ばかりで」
「あ、いえ、全然お構いなく」
研修医になってから二人とも真面に休みが無いことは知っていた。新人故に当直は勿論、休日出勤も多く、普段定時後も勉強会など夜遅くまで病院にいる。その為に外食も多いし、日によってはご飯抜きになる事もあるらしい。
「まあ、そんな遊びをしてられるのも学生の内。研修医になれば地獄が始まるから」
お姉ちゃんの言葉に美穂さんが吹き出す。
「まあ、否定できないけど、うちらは恵まれている方」
美穂さんのご両親が県内で大きな病院を開業している。そのお陰で働いている病院でもある程度の配慮はされているそうだ。
「まあ、うちの両親が挨拶入れているから。日向の処にも連絡したって言ってたし」
「うん、すっごく助かってる」
医師会という物もあるし、学会という物もある。それ故に繋がりは普通にあるし、やはり人間同士の繋がりだから配慮という物が発生する。
「日和ちゃんの時も連絡入れさせるから安心してね」
「ありがとうございます」
そこは素直にお礼を言う。楽が出来るのなら楽をしたい。私は元々そういう性格なのだ。
そして、食事が終わると今後のアドバイスが入った。
「もうさ、変に自嘲しない方が良いよ? ああいうのは舐められるのが一番怖い。此れからは私があげた服を着て行く事。鞄や時計もあげてるでしょ? 普段からちゃんとしなさい」
お姉ちゃんと私は、互いに誕生日などで有名ブランドの鞄などを贈っている。
そこにお母さんも参加するために其れなりの物を所持はしている。だけど周りからの目を気にして普段使いにはしていない。
それを普段使いにするように指示される。
「学生の頃からブランド品でガチガチに武装するのは品がないけど、ワンポイントで普段使いするのは良いと思うよ? 鞄とか時計かな? お財布は使ってたよね? ああ、ネックレスとか指輪は駄目」
「うん、そこは理解できる」
実習もあるし、アクセサリーは使用するのに何かと身に着け辛い。美穂さんからの指摘に頷くけど、逆に刺激して色々とエスカレートしそうだけどなあ。
「何か言われたら姉からのお下がりですって言っとけばOK! こっちに飛び火する事は無いから」
こう断言できるのは美穂さんの凄い所だろう。お姉ちゃんも大きく頷いているので、来週から持ち物を変える事にする。
「しかし、日和がターゲットかあ。チャレンジャーだなあ」
「え? 何で?」
「日和のバックには私と美穂がいるってことよ? 相手の子って医者の娘?」
「えっと、確か違ったはず。あまり親しくしてないから良く覚えてないけど、確かどっかの社長の娘って言ってた」
「ふ~~ん、まあ良いや。とりあえず名前教えて」
此処で教えても良いのか悩んだけど、敢えて隠すのも変なので教える。そんな私達のやり取りを美穂さんはニヤニヤと笑いながら聞いていた。
◆◆◆
日和が大学での愚痴を言って帰って行った。
ただ、今までと違うのは勉強の愚痴ではなく学部での人間関係、無責任に流される噂についての愚痴だったこと。あの子は昔から人間関係を構築するのが下手だ。ついでに、誰かに頼るのも苦手。
その為、私からすると要らない苦労を背負いこんでしまう所がある。
「はあ、まったく。もっと言い返せば良いのに」
ついつい溜息が出てしまった。すると、私の向かいに座っていた美穂がニヤニヤ笑いを消すことなく私に質問して来る。
「それで? 頼りになるお姉ちゃんはどうするのかな?」
「そんなの曽根崎教授あたりに話をすれば何とでもなるでしょ。あの子も教授の研究室に入ってるんだから、さっさと相談しておけば良かったのよ」
「日和ちゃんだからねぇ」
「あの子って変な所で我慢するし、何とかなるかって楽観的だからなあ。こういうのって放置すると絶対に悪化するのに」
何か問題が起きたら、とっとと信頼出来る大人に相談する。これは非常に大事な事だ。
問題が大きくなるのを防ぐ事が出来れば1番だけど、無理だった時にも相談していた事で防げる厄介事は多々ある。
そこで相談する相手を間違わない事が重要ではあるのだけど、それが難しいなら複数の人に相談することだ。一人だけだと話を捻じ曲げられかねない。其処まで疑うのは何だかなって思うけど、人って見た目とか普段の様子とかで判断できないから。
「まあ、私達の時にも色々あったからね。私達は巻き込まれなかったけど色々な噂とかは聞こえて来たっけ」
「態々私達に噂を教えてくれる子もいたからね。欠片も相手にしなかったけど、別に仲裁も庇いもしなかったから。人によっては共犯って見られても可笑しくなかったのかな?」
「別に助けを求められた訳でもないし、関わるメリットもなかったから。そもそも、私達って女子グループからは避けられてたから」
美穂の家の御威光のお陰というのはあるけど、私達ってあまり社交的じゃないからね。サークルも入らなかったし、普段からずっと二人で行動していた。
「誰かに気を遣うのが億劫だったんだよね。それでも最低限の対応はしてたし」
「うん、でも日和ちゃんだと同じ様な対応は出来ないかあ」
「あの子って周りの空気を読もうとする所があるから、無理だろうね」
昔からの付き合いである美穂は、日和の事も良く知っている。日和に勉強を教えた事もあるし、一緒に遊んだこともある。それ故に日和の性格も理解していた。
「時々すっごく大人に思う時もあるんだけど、人付き合いは下手だよね」
「昔からちょっと内気な所があるからなあ。研修医になったら苦労するね」
研修医は自己主張が出来ないと地獄を見る。美穂の両親にそう教わってはいた。国家資格を取得したからと言って実践を知らない研修医は、技術でも、経験でも、知識でも、足りないものが多すぎる。
それを補うための研修医制度ではあるのだけど、派遣先の病院や指導医の質で地獄の度合いが変わる。
「資格を取ってからは、コネが有ると無いとで全然違うからね。下手なとこに行ったら絶対に病む。美穂のおじさん達には本当に助けられてる。足向けて寝れないわ」
それだけでは無く私は大学と医師会にそれなりの金額を寄付している。どれくらい効果があるのかは判らないけど、まったく効果なしでは無いだろう。
「お父さんもお母さんも日和ちゃんの事お気に入りだからね。実家帰ると日和ちゃん日和ちゃんだよ。在学中から色んな所で私達の名前だけでなく、日和ちゃんの名前も出してるみたい。日向の場合はうちが唾つけてんだ、搔っ攫うなよ! って所なんだろうけど、そこに日和ちゃんが混じった」
「う、うん。助かってる……気もする?」
私の返事に美穂が爆笑している。
研修医になってから時間的な余裕が無くなって美穂の家に行く事も減った。その為に以前ほど圧力は減ったとはいえ、研修終了後の就職先は恐らく美穂の家の病院になる。あちらもその事を理解している為に何かと気にしてくれる。
「しっかし、寄付金かあ。昔からそういう所は日向って卒がないね。目に見えての効果は解らないけど、余裕があるならやって損はない?」
「まあね。可能な限り快適な状況へ持ち込みたいから。変に自重しても意味無いし、教授たちは私達がある程度裕福だって解ってると思うよ」
このマンションに引っ越しする時に、美穂には以前以上に情報を与えていた。マンションのオーナーが私である事も知っているし、資産的にも余裕がある事を教えている。
「何で私も誘ってくれないのよ! うわ~~~、絶対に私もその株買いたかった!」
「私も知らなかったんだからしょうがないでしょ!」
私ではなくお母さんが購入してくれていたと説明はした。私が株に詳しい訳が無いことを知っている為に、特に妬みとかは無い。美穂の性格的に問題無いと信じてはいたけど、それでも説明する時は非常に緊張していたのを覚えている。
「ねぇ、あとは何かあるかな?」
「ん?」
「日和の事」
私がそう尋ねると、美穂も考え込む。
寄付などは直接効果を発揮するものでは無いし、即効性があるかは不明だ。相手の親が医師であったほうが楽だったかもしれない。
「鞄とかが変わった段階で向こうも警戒するとは思うけどね」
「そういう子ってさ、そこでまた変な噂とか流しそうじゃない?」
「もう既にお水って言われたんだっけ? ならあり得るか」
女の妬みや僻みは怖いし根深い。
第三者に注意されたからと言って治るものでも無い。
訳の分からない自己正当化すらしそうでもある。医学部へ進んでいるのだから地頭は悪くないのだろうが、だからと言って性格がまともな保障など欠片も無い。私が言うのも何だが、今回の主犯などは他人を蹴落とすことに躊躇する性格ではないだろう。
「これ幸いに服装が派手になった。遊んでるんじゃないかとか、色々言いそう」
「だね。そういう女に限って男に媚びるの上手い。で、だまされる馬鹿も多い」
「あ~~~~、普通にありそう」
こちらも医大生、勝ち組なんだと自分に対し変な自信があって、其処に付け込まれてコロリと騙される。これまでも二人の周辺で似たようなパターンは普通に合った。
「あんな女に引っかかっちゃったかあ。ていうの何人も見て来たよね」
「だよね。見ただけで性格が最悪なの判るじゃんっていうのに簡単に引っかかってるよね」
過去の事を思い出し溜息を吐く。
「兎に角、今度大学病院行った時に、日向と食事をするよ。牽制くらいにはなるでしょ。出来れば相手の顔も見てみたいし、まあ見れるかは分かんないけどさ」
「私もそうする。流石に日向と同じ日は難しいだろうけど。まあ、他にも何か考えようか」
「何か良い対策無いかなあ」
研修医として他の病院で働いている立場で大学病院に常駐している訳ではない。その為、色々と気にはなるが出来る事は限られる。
「今は病んでしまう子も増えてるから心配」
この子は大丈夫だ。その思いが如何に幻想であり、脆くも崩れ去る事は過去の事例で学んでいた。
「日和は実家住まいだから。その点は安心出来るよ。お母さんにも一応連絡しておく」
「うん、その方が良いね。病んじゃってからだと大変だから」
美穂の様に精神的に追い込まれてからでは遅い。
後悔しないように。それは第二の人生を歩み始めてから常に念頭に置いている言葉だ。
「はあ、難儀だなあ。でも、子供が居たら毎日心配になるかあ。今は普通に学校内で虐めとか問題になってるし」
「日向は結婚したいの? うちの従弟で良ければ余ってるよ? ウェルカムだよ?」
「だ・か・ら、旦那はいらない! 子供だけ欲しい! 女の子が欲しい!」
「それはそれで時代に逆らってるなあ」
美穂は笑うけど、収入は安定している。そうであれば旦那が居なくても生活は成り立つ。自他ともに男を見る目がないのは自覚しているのだ。
「まずは日和ちゃんを守ってあげないとだから、頑張ろう」
「ありがとう」
お礼を言う私に、美穂は何でもない事の様に笑顔を浮かべるのだった。
何ででしょう? 書いている内にお話がどんどん逸れていくのです!




