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35閑話:お母さんのお買い物

 日向と日和の誕生日プレゼントを購入する為に、私はデパートへと足を運んでいた。


 目的はあくまでも二人へのプレゼントではあるが、やはりデパートでの買い物という事で気持ちは昂っている。すぐに購入するものを決めるのでは無く、各階の隅々まで周りウインドショッピングを楽しんでいた。


 ただ、以前とは違うのがブランドショップに入ったとしても、気後れせずに商品を見て回る余裕が出来た事だろうか? 絶対に購入しない、出来ないと決まっている中で店員の視線を受けてのショッピングは楽しめるかというと微妙なのだ。


「ん~~~、これも悪くは無いわねぇ」


 この春に長女の日向は無事に社会人となり、日和も2年生に進級した。その為、少し奮発して姉の日向には腕時計を、妹の日和にはテファニンのアクセサリーを贈るつもりでいるのだが、実際にアクセサリーを目にすると目移りして中々決めきれない。


「ピアスは当たり前に駄目だから、イヤリングかしら? でも、すぐに使わないだろうし、ピアスでもいいかしら?」


 展示ケースに収められているアクセサリーを一つづつ真剣に眺めている。お値段的には2万円前後あたりをターゲットにしているが、中々に選びきれない。


「これも可愛いけど、お値段も手頃と言えば手頃なのかしら?」


 1万9千円という値段を高いとみるか、安いとみるかは人其々であろう。


「何かお探しですか?」


「ええ、娘へのプレゼントを、ちょっと見させていただきますね」


 店員さんが声を掛けて来るのを笑顔と会釈で交わし、私はゆっくりと他の商品なども眺めていく。店員も敢えてこれ以上声を掛けてくる様子もなく、私は改めて何か良いものが無いか物色を行う。


「ん~~~、どうしましょう?」


 自分としてはこの選んでいる時間が楽しいのであり、更にプレゼントを貰った二人が喜ぶ様子を想像すると更に楽しくなる。更には、せっかく来たのだから何か買って帰らないとという様な変な圧力が沸きあがって来てしまう。


「でも、アクセサリーを買っても身に着けて行く機会なんてないわよね? でも、プレゼントってそういう物かしら? せっかく買うんだから使って欲しいのだけど。ん~~~~」


 それでも、やはりこうして悩めることが嬉しいし楽しい。


「他のお店も見てから……」


 こちらを伺っている店員に聞こえる様に呟いて、お店を出てウインドショッピングを開始する。


 服や小物、鞄などを手に取りながら、昔の事をつらつらと思い出していく。


 まだ娘たちが小さい頃は、日々の買い物も予算内に収まるように買い物をし食事などは如何に工夫して飽きさせない料理を作るか。子供達の衣類や文具などの出費が発生した際には、うんうん唸りながら苦労して遣り繰りしていたのが思い出される。


 そんな中では将来を見越しての貯金など碌に出来るはずなどない。それでも子供の為に少ない中から積み立てを行う為、自分の物を買う余裕などまったく無かった。


 誕生日にお年玉、クリスマスなどの家族内でのイベント事は多い。


 自分が子供の頃には出来なかったイベントを子供達には楽しませてあげたい。それ故に何とか日々の支出を抑え少しでも貯えを増やす。景気が良い事で将来に希望を持っていたのだが、バブル崩壊でその希望も失い途方に暮れた。


「でも、人って一度上がった生活レベルを中々落とせないのよね。名古屋の人はきしめんを食べて貯金するって言うけれど、あれって嘘よね」


 夫は家庭内の事は妻に任せっきりで、厳しい状況を理解しようとはしなかった。子供に対する関心が非常に薄く、休みの日に子供と遊ぶという事もない。逆に子供に対し平気で嫉妬するし不満を口にする。それは育ちから来ているのか、それとも抑圧された子供時代の反動か、当初感じていた以上に自己顕示欲が強い。


 そんな色々と厳しい状況の中で日和が突然カミングアウトして来た。そのお陰で思いもしない額の資産を得る事も出来たし、気持ちも、生活にも余裕が生まれた。こうして偶の買い物で日々のストレスを発散する事も出来る。


「本当に小説みたいな話よね」


 日和が言う逆行転生。今でこそライトノベルでちらほらと見る題材だけど、あの時はこの子は何を言い出すんだと思ったものだ。


 現実と妄想の区別がつかなくなったのか、何か脳に障害があるのか? テレビの影響か? 必死に頭の中で考えながら会話を進めていくと、明らかに知識量が5歳の子供とは思えなかった。その後は、本当に奇跡のような話であり、それこそ宝くじに当たる確率より遥かに低いとは思う。


「あら? これ、良いわね。でも、着ていくところが無いかしら? う~ん、でも、こっちなら良いかしら?」


 ふと目に飛び込んできたブラウスは、中々に琴線に響くデザインをしている。色合いも良く私の好みに合っていた。ただ、それで買うかと言うと踏ん切りが中々つかない。


「う~ん、悪くわないと思うのだけど。今度、日向と来た時にしようかしら。あの子はセンスが良いから」


 ちらりとお値段を確認し、そっと手に取ったブラウスを元に戻した。そして、改めて娘達へのプレゼントを選びに行くが、これまた種類があって選び辛い。

 

 いくつかの候補を絞り、店員さんのアドバイスを受けながら商品を選び、どうにか今日の目的を達成した。


 漸く目的を達成しデパートの喫茶店で休憩をしていると携帯電話が鳴っている事に気が付いた。


「あら? 珍しいわね」


 滅多に電話などしてこない日向からの着信に何事かと思って電話に出る。すると明らかに不機嫌な日向の声が聞こえて来た。


「お母さん! ちょっと聞いて! お父さんが初任給は幾らなのかとか、なんかお金の事ばかり聞いてくるんだけど! あれって、絶対に私のお給料を当てにしているよね? なんか無駄遣いしそうだからお母さんも注意して!」


「はあ、判ったわ。ちょっと釘を刺しておくから」


「まだ日和は学生だし普通なら無駄遣いなんて考えられないはずなのに、お母さん甘やかせすぎたんだって。私達の学費だってお父さんは負担してないし、真面目に訳わかんない」


 電話の向こうで憤りを見せる日向を宥め、日和の家での様子などを交えて何とか電話を切った。そして、ついつい溜息が出てしまったのだった。


「あの人にも今の貯金額を伝えた方が良いのかしら? でも、絶対に身を持ち崩す未来しか思い浮かばないのよねぇ」


 娘達は、私では考えられないくらいに優秀な子供に育ってくれた。


 小学生の頃から優秀で共に大学では医学部に進み、長女は今年無事に大学を卒業し研修医として働き始めている。次女の日和も今の処はぶつぶつと愚痴を言いながらも留年する事無く進級した。あの子は何処かのんびりしているが、それでも真面目なので引き続き頑張ってくれるだろう。


 そもそも日和のお陰で我が家は、資産的に不安な所は欠片も存在しない。5歳の時に日和が告げた逆行転生の事実。その後、あの子の言うがままに投資を始め、気が付けば一生困らないだけの資産を稼いでいた。


「親の面目なんて欠片もないわよね。あの子達が頑張れたのも、日和が稼いでくれたお陰だし。でも子供の収入を当てにするなんて、あの人は何を考えているのかしら?」


 昔ながらの考え方が強い夫は、家庭の事は総て私任せだった。お金に関しても自分の小遣いが減らなければ特に気にする事無く、そのお陰で助かっている面も多々あった。ただ、娘の財布を当てにするのは論外である。


「夫婦揃って親らしい事なんて何も出来ていないのだから。本当に困った人ね」


 もし日和が言う様に投資をしていなければ、医学部向けの塾になど通わせる事は出来なかっただろう。とてもでは無いが夫と私のお給料では足りないのが目に見えている。更に其処から私学の医学部などとんでもない。それを可能にしたのは母から借りれた初期費用は勿論だけど、何と言っても日和の未来知識だった。


「そうでなければ医学部何て目指せなかったわね。あんなに塾代とか掛かるとは思わなかったし、私学の医学部何てとても無理だったもの。今の私達のお給料だと二人を大学に行かせることが出来るかも怪しいわよね」


 あの子達がまだ幼い頃は、日々の生活費を抑えるために色々と工夫を繰り返していた。毎月使用できる金額は当たり前だけど決まっている。それなのに色々と突然の支出はやって来るから少しでも貯金していかないと恐ろしい事になる。


 成長と共に着れなくなる洋服に加え、鉛筆や消しゴムなど学校で必要となる消耗品も多い。小さい頃は何かと病気に罹り易く、突然の医療費や薬代も発生する。自分の分は後回しに出来ても、子供の分はそうはいかない。


「子供なんて風邪ひいてなんぼなんだから、お前は気にしすぎだ。寝てれば治るだろ」


 そんな無責任な事を言う夫にイライラとしていた事を思い出す。夫の育った環境を知れば致し方ないという思いも湧いてくるのだが、それでも子供の事ではその後に何度も衝突を繰り返した。


「女の子は勉強なんか出来なくても良いのよ」


「変に賢しい子は嫌われるぞ」


 夫の実家に行く度にこんな事を言われ続けていた。夫自体も両親に反発しながらも似たような事を口にする。親戚付き合いが少ないのは此処に理由がありそうなのだが、だからと言って私が何か言えば数倍になって文句が返って来る。


 夫の価値観は思いっきり実家に影響を受けている。過去を振り返ってみて、日々積み重なっていく不満に良く耐えられたものだと思う。


「そういう意味でも日和には助けられたわね。あの子は気が付いていないけど」


 お金の事は勿論だけど、それ以上に日々の会話で助けられている。過去の記憶があるという事で、同年齢の友人として話が出来る。それであっても外見から自分の子供だという思いは常に頭の片隅にある。中々に不思議な関係だと今考えても思わず笑いが込み上げて来る。


「そういえば、義母さんから先日電話が来てたわね。特に聞かなかったけど、またお金を無心でもされたかしら?」


 今年の正月に夫と二人で実家に顔を出してきた。娘二人は当たり前に行きたがらなかったので夫と二人での訪問となったのだが、その際にお金の無心があったのだ。それこそ、その根拠が日向の卒業によって授業料の負担が減るのではという卑しい気持ちがあったのには呆れかえった。


「離婚してやろうかしら」


 もっとも何やかやで駄目亭主と分かっていても実際に別れようと思わないのは余裕があるからなのだろうか? 駄目だなあと思いながらも、どうやら私の独り言を聞いてしまいギョっとした表情を浮かべて此方を見る隣席の二人に、笑顔を返して席を立つのだった。

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[一言] 更新、有難う御座います。
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