二人の未来
翌日の午前中。神殿に帰るカリンを見おくるために、ロイドをアンジェニカ、それに騎士や使用人たちが見おくりに集まった。ロイドもアンジェニカも、カリンには感謝を伝えても伝えきれいない。
「カリン様がいらしてくださらなければ、こんなに早く解決することはありませんでした。私たちを守ってくださり本当にありがとうございます」
「そんな! 顔を上げてください、アンジェニカ様」
カリンは深々と頭を下げるアンジェニカにますます恐縮した。
「カリン殿はこれからますますご活躍されるでしょう。私たちの力が必要なときには、遠慮なく言ってください。私たちにできることならなんでも協力いたします」
ロイドがそう言うと、カリンはうれしそうにうなずいた。
「ロイド様にそう言っていただけるのは心強いです」
平民であるカリンが力を覚醒させたことで、貴族出身の神官たちからの風当たりはますます強くなるだろう。神殿に戻ったときのことを考えると気が重くなる。だから、カリンにはロイドの言葉がとてもありがたかった。
「私もこの地がますます発展していくようにお祈りいたします」
カリンはかわいらしい笑顔で応えた。
そこへヒョコッと顔を見せたのはクレソン。馬たちがブルルルンと鼻を鳴らし、前足を踏みならしている。クレソンの体についた血と獣の匂いに怯えているようだ。
「クレソン!」
アンジェニカは瞳に涙を浮かべてクレソンに駆けよった。
「無事だったのね! 心配したのよ、こんなに遅くなるなんて!」
昨日のうちに帰って来ると思っていたのに、まったくその気配はなく、厩舎でクレソンの帰りを待っていたアンジェニカは不安で食事も喉が通らなかったというのに、ヒョコッと帰ってきたクレソンは、空の器をのぞいて不満そうな顔をしている。大猪の肉は? と。
「こっちはずっと待っていたのよ! 何よ、その顔!」
アンジェニカはちょっと怒り気味だ。
「アンジー、こういうときはよく帰ってきたねって言ってあげないと」
突然ロイドがよくわからないことを言う。
「え?」
「育児書に書いてあったんだ。子どもは褒めたほうがいいって」
「育児書? ロイ、あなた育児書なんか読んでいるの?」
「だ、だって、ほら、私たちだっていつ子どもができるかわからないだろ? ちゃんと、準備をしておかないと……」
「……」
赤い顔をして説明をしだしたロイドを見てアンジェニカまで顔を赤くした。周りは、「はいはい」と視線が生温かい。アンジェニカはすっかり怒る言葉をなくして、クレソンの首にしがみつき「何言っているのよ、こんなときに」と真っ赤になりながらブツブツ言っている。
そんな二人を見つめているカリン。胸を絞めつけるのはこれまで知らなかった淡い思い。でも、それはこのまま封印してしまわなくてはならない感情だ。だからこれ以上余計な感情を抱く前に、この場を去らなくてはいけない。
カリンは二人の仲睦まじい姿を目に焼きつけて、馬車に乗りこんだ。
「では、私はそろそろ失礼します」
「カリン様、またいらしてください。今度は神官としてではなく……友人として」
「……はい! ぜひ」
カリンはかわいらしい笑顔を浮かべ、二人に手を振ってこの場をあとにした。
カリンを見おくった騎士や使用人たちもそれぞれ自分の持ち場へと帰っていく。
アンジェニカとロイドは少しモジモジしながら歩きだした。
「ロイは、子どもが欲しいの?」
決して意識しなかったわけではないが、現実的に考えていたことでもない。それに、今のアンジェニカにはそれを考える余裕もなかった。
「私はアンジーと二人きりでもいいけど、君に似た子どもがいたらもっと素敵だと思うよ」
「……そうね。あなたに似た子どもがいたらきっと楽しいわ」
「でも、君に負担をかけたくもない」
「負担なんて思わないわ。ただ、まだ覚悟ができていないだけ」
今の生活が楽しい。それを手放すのは少し怖い。
「ゆっくりでいいんだ。だけど、これから少しずつ考えない?」
「……ええ、考えたいわ」
(きっと子どものいる生活も、今の生活に負けないくらい素晴らしいはずだわ)
いつの間にかつないだ手を互いにぎゅっと握りながら、この先の二人の未来を想像した。考えるだけでも楽しくて仕方がない。二人ならなんでもできそうだ。二人は互いに顔を寄せ、触れるだけのくちづけをした。
「君と出会えて最高に幸せだ」
「私も、あなたの隣にいることが一番の幸せよ」
そう言って微笑みあった二人。と、少し離れた所でクレソンが悲しそうな顔をしながら、空の容器を前足で蹴飛ばしてカンカンと音を立てた。それに気がついてアンジェニカとロイドは笑いあう。
「まずは頑張ったクレソンにおいしい食事を用意しないと」
「そうだね」
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