カリンの覚醒
星が瞬く真夜中のロイドの寝室。そっと入ってきたのは白い神官のローブを纏い、フードを被ったカリン。ロイドのベッドの横にある椅子に座り、その美しい顔を眺めている。
クスリが効いている為、熱も痛みも無く呼吸も安定している。カリンは少しホッとした。
この美しい人は、高貴な身分であるにも関わらず、平民のカリンに丁寧に接してくれる。美しい笑顔で感謝の言葉を何度も伝え、カリンの手を取り馬にも乗せてくれた。こんな人は初めてだ。
平民の神官は、結局身分が邪魔をしてその仕事を制限される。神官の中でも特に多くの魔力を保有し、治癒魔法に優れたカリンに対する貴族出身の神官の目は酷く刺々しい。同じ平民出身の神官も、カリンのその能力に嫉妬をして話しかけても無視をされた。
何処にも居場所のないカリンを唯一認めてくれた神官長は、カリンにいろんなことを教えてくれた。
「カリン。君の潜在能力はこんなものじゃない。きっと、君の能力を引き出す何かがあるはずだ。運命の出来事、運命の人。それを逃してはいけない。そのきっかけを掴めば君の能力は唯一無二となるはずだ」
神官長の妙に熱っぽい言葉を、一歩引きながら聞いていたカリン。
そんな力要らないわ。そんな力があって何になるの?もっと立場が悪くなるだけじゃない。
最初こそ自分の力が誇らしかったが、徐々に疎ましく感じるようになった。神官として働ける名誉は、妬みと嫌がらせで散々に汚された。
こんな力を持っていて何になるの?
だけど今、力が欲しくて仕方がない。人より魔力量が多いからと驕っていたから、一番必要な時に能力を使うことが出来なかった。目の前で眠るこの人の傷を癒せるのは自分だけなのに。だから力が欲しい。
カリンはおずおずと布団の上に置かれた大きな手を両手で握り、ひたすら願った。
力、力を。ロイド様を癒す力を……。
ふと、その大きな手が動いた。顔を上げたカリンを美しい黒い瞳が見つめる。そしてそっと優しく微笑んだ。
「心配しないで……、……カ……あ……て、る」
そう言って、カリンの頬をそっと撫でて、また目を瞑る。
次の瞬間、カリンの顔が一気に真っ赤になった。震える自分の手でロイドの大きな手をもう一度握って、その爆発しそうに昂る訳の分からない感情を願いに込めると、カリンの手から白に近い黄色の光が溢れ出し、全身を包んだ。
「なに、これ?力が……」
今までにない満ち足りた力が、カリンの身体の隅々まで行き渡る。そして、その光に包まれたロイドの傷も全て消えていた。
「ロイ!」
ロイドの部屋から漏れる眩しい光に驚いて、アンジェニカが部屋に飛び込んできた。そしてカリンに気が付いた。
「カリン様?何故ここに?何があったのです?ロイ?」
ロイドの様子を見るためにベッドまで駆け寄る。
「あ!」
ロイドの身体のどこにも傷が無い。恐る恐るその包帯を取ると、抉れていたはずの腹の傷は無くキレイになっていた。
「カリン様が、カリン様が治して下さったのですね?」
アンジェニカがカリンを見つめると、頬を染めたカリンは天使のように微笑んで頷いた。
「ありがとうございます、本当にありがとうございます」
アンジェニカはその手を取って何度もお礼を繰り返す。
「いえ、私がロイド様の役に立ちたかっただけですから。……では、失礼します」
カリンは頭を下げて部屋を後にした。
「ロイ、よかった」
アンジェニカはロイドの手を握り締めた。
「アンジェニカ?」
ロイドの声がする。
「ロイ!目を覚ましたのね。良かった」
アンジェニカの目から涙が零れた。
「何で泣いているの?心配しないでって言ったのに」
ロイドはクスリと笑った。
「心配をしないわけないじゃない」
そう言ってアンジェニカはロイドの首に抱き付いた。
翌日、完全に回復したロイドを皆が囲む。ジュードが何度も謝るから、最後は「しつこいジュードに罰を与える」と言って腕立て伏せ五百回を命じた。ジュードは何故かとても嬉しそうに腕立て伏せをした。
早朝。まだ陽も昇らない暗闇の森の中。うっすらと辺りを照らす小さな炎だけを頼りに進むジェイは、暗がりでこそその能力を発揮する。
闇の住人はジェイが契約している影で、その存在は謎だが、キレイな言葉で言えば『精霊』のようなものだ。ただ、その本質は陰。光が当たらない所でしか存在が出来ない。別の言い方をすれば、光の当たらない所ならばどこでも存在が出来る。
契約者であるジェイにしか見えない闇の住人を案内人にして、前に付けた印を辿る。陽が昇り始め、木々の隙間に僅かに光が差し込み、辺りの様子が確認できるようになった頃、一行ははぐれ 紅狼のアジトを視界にとらえるところまで近づいた。
そこには幅三メートルはありそうな大きな岩石が三つ並んでいて、真ん中の比較的平らになった部分の多い岩がアジトらしい。岩石には木が根を張り、その根は地上を這うように剥き出しになっていて足場がかなり悪い。
そのアジトの周りには、夥しい魔獣の死骸と悪臭。よく見れば、はぐれ 紅狼に従っている魔獣の死骸ばかり。
「ひどいな」
その力を見せつけ支配をする為に殺しているのか、ただ餌として喰い荒らしているのか。どちらにしても、小型の魔獣たちがはぐれ 紅狼に従っている理由は、恐怖からだと想像出来た。
しかし、何か違和感がある。誰もが一瞬で気が付いたことだが、はぐれ 紅狼がいない。そして次の瞬間には自分たちが囲まれていることが分かった。それこそ地面を埋め尽くすかのようにぞろぞろと魔獣たちが増えていく。しかし。
「ロイド様!!」
騎士の一人が岩石を指さして叫んだ。
高い岩石から見下ろす赤黒い毛をした 紅狼。身体はとても大きく貫録を感じる。鋭い眼光は恐ろしい程の威圧を放ち、人間を挑発するかのように遠吠えをした。それを合図に、更に騎士たちとの間合いを詰める魔獣たち。
騎士隊は剣を抜き、使用人たちはカリンを囲んだ。
今にも魔獣が騎士たちに飛び掛からんとする距離まで近づいた時に、魔獣の後方から地を這うような、頭の奥を揺らすようなクレソンの咆哮が響いた。その声を聞いた瞬間に小型魔獣たちは竦み上がる。その様子を見たロイドが飛び出した。
「行くぞ!」
ロイドの声と同時に騎士が一斉に魔獣に斬りかかる。魔獣の後方では、唸り声を上げながら魔獣を蹴散らして走るクレソンの上で、両手に猟銃を持ったアンジェニカが撃ちまくる。銃声が轟くと、その直後に数体が発火し、周りにいた魔獣も巻き込んで一瞬にして黒焦げになった。
昨夜、マイルズに改良してもらって十発まで連射出来るようになったと、アンジェニカがニコニコしていたことを思い出して、ロイドがクスリと笑った。
「奥様もクレソンも、派手にやっているなぁ」
エブソンが呑気に呟いた。
カリンは常に治癒魔法を展開していて、一定の範囲に入れば怪我は一瞬で治る。カリンを護衛している使用人たちは、カリンの加護なのか力が 漲って仕方がない。
早くこっちに来い!そこの魔獣、こっちを見ろ!
リアーナは心の中で叫んでいるが、騎士隊が張り切って魔獣を倒していくから、リアーナに魔獣が向かってくることがない。
こっちを見ないようにしているな、あの大岾猫。やっぱりこちらから行ってやろうか?
リアーナは剣を振りたくて仕方がない。
「騎士隊は頑張り過ぎじゃないかな?」
騎士隊が次々と魔獣を倒していくため、全く出番がないリアーナは苛々している。
「母さん、良いことだよ?こっちに魔獣が来ないのは」
「このままじゃ、腕が鈍る」
「少しくらい鈍った方が良いよ……、いい歳なんだし」
言わなくていい一言を言ったヤッセンの頭に、リアーナの怒りの鉄槌が落ちた。
「あなたたち、もう少し緊張しなさい。私たちはカリン様をお守りしているんだからね」
ハンナは言うが、本当に出番が無いのだ。だってよく見て欲しい。味方なのか沢山の 紅狼たちまで参戦していて、小型魔獣たちがちらほらと逃げ出している。
その時、はぐれ 紅狼が地を震わすような咆哮で怒りを示した。その咆哮を聞いた瞬間にバタバタと地面に倒れる小型魔獣たち。
騎士の中にも足が竦んで動けなくなる者たちが居る。 紅狼たちの動きも止まる。
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