治癒魔法
その日の夕方のうちに神官カリンは騎士団に出向き、治癒を行ってくれた。そして、皆が感嘆の声を上げ、カリンに感謝を伝えた。
その能力は想像以上。大きく肉を抉られた騎士の足を元通りに戻し、軽症の者たちはまとめて治癒魔法を掛けるなど、その能力は見た目の可愛さとは違い強力で、神官としても有能であることを証明している。若く可愛らしい神官に心酔した騎士も多くいた。
「凄いな」
ロイドも感心の溜息を吐いた。包帯だらけの騎士たちを見るのは忍びなかったが、自分たちが身体を張らなくてはならない現状では、軽傷者に休めとは言えなかった。しかし、負傷したままで出征してもその能力は平時に劣る。その悪循環を止める希望がここに居るとなれば、自分を含め周りが浮き足立つのは当然だ。
治癒を終えたカリンに感謝を伝える騎士たちは、幾分下がっていた士気を取り戻し、いくらでも戦えると鼻息を荒くしている。
ロイドは感謝を伝えるためにカリンの方に向かって歩き出した。するとカリンも気が付いたのか、騎士の集団から抜けてロイドの方へ向かってきた。
「カリン殿」
ロイドはカリンに頭を下げた。それに驚いたカリンは吃驚してオロオロしている。
「本当にありがとうございます。どんな言葉で感謝を伝えたらいいのか分かりませんが、いつかこのご恩をお返しします」
「そんなこと仰らずに顔を上げて下さい。私は仕事をしただけですから」
カリンは頬を染めた。
「カリン殿」
「ロイド様の」
「え?」
「……あ、ああ、ごめんなさい。皆さんがロイド様と呼んでいらっしゃったので」
「そうでしたか。構いません、ロイドで」
「はい、ありがとうございます」
カリンは嬉しそうにその可愛らしい笑顔を益々クシャッとして頬を染めた。
「皆さんのお役に立ててよかったです。これからも頑張りますので、どうぞ遠慮なく私をお使い下さい」
「使うだなんて」
「いえ、私はその為に来ているのですから」
カリンがそう言った時、ロイドの袖口から見える傷に気が付いた。
「あ!ロイド様もお怪我を!」
「いえ、これは大した傷ではないので」
「いけません。僅かな傷でも放っておけば化膿することもあるのです」
そう言うとカリンはロイドの腕の傷に触れ治癒魔法を掛けた。その温かい光を受けるとみるみる傷が消えていく。
「凄い……」
初めて治癒魔法を体験したロイドはまたもや感嘆の声を上げた。
「ありがとうございます。しかし、カリン殿の負担も大きくなりますから、この程度の傷で力を使わないでください」
「大丈夫です。私、魔力量は人より多いんです。だから心配しないでください」
ロイドは不思議な気持ちになりながら、傷の消えた腕を眺め屈託の無い笑顔を向けるカリンを見つめた。
不思議な子だな。こんなに素晴らしい力があるのに偉ぶることもなく、出し惜しみもしないで快く治療をしてくれるなんて。
「邸までお送りします」
「え、あ、ありがとうございます!」
二人は揃って歩き出し宿舎を出ると、外に待たせていたロイドの愛馬のノートにカリンを乗せ、その後ろに自分が乗り邸まで走らせた。そして邸に着くと、客用寝室まで送り届けた。カリンは始終真っ赤な顔をしていた。
その頃アンジェニカはマイルズと一緒に射撃場に居た。魔法を付加した銃弾を試し撃ちしているのだ。
「火魔法を付加した銃弾が今の所一番しっくりくるわ。それに風もいい」
発砲してすぐに銃弾が火を纏う。そのまま標的に命中すれば、そのダメージはかなりのものになる。また水魔法も付加したが、これは無理があった。銃弾に水を纏わせる意味が分からないくらい、付加ダメージが無い。風を銃弾のリムから後方に噴射する銃弾は、速度が俄然増した。これは慣れればかなり使い勝手が良くなりそうな気がする。
「水は想像通り、大して付加価値が無いけど、剣にはいいかもしれないわ。風を剣に標準装備して、自分の魔法を乗せることが出来ればかなりいいかも」
「なるほど、面白そうですね」
「剣に火を纏わせて、燃え上がる剣!とか」
「……剣が黒焦げになるのが先か、自分が黒焦げになるのが先か、といった感じですかね」
マイルズの言葉に状況を想像してみたら、かなり危険な剣が出来上がることが想像出来てアンジェニカは苦笑いをした。
「水と風がよさそうですね」
「そうね。でもいつかは燃え上がる剣も作って欲しいわ」
アンジェニカの目はキラキラしている。
この人も大概だな。
好奇心の向く方向が普通の令嬢とは違っていて、その発想は意外性を突いていて、いくら話し合ってもマイルズが飽きることはない。
「とりあえず銃弾を急いで量産してくれる?あと、弓の矢も……」
アンジェニカがチラッとマイルズを見た。
「……ハー」
マイルズの溜息が長い。
「分かりましたよ、考えてみます」
「ありがとう」
アンジェニカはニッコリと笑った。
マイルズと別れたアンジェニカは邸に向かって歩き出した。今日は色々なことがあったから、ゆっくりと休みたいし、素晴らしい銃弾をロイドにも見せてあげたい。
その前に、厩舎に寄ってクレソンに会って行こう。
普段なら近道をして邸に向かうところを、騎士団駐屯地から邸に繋がる大きな表の道に向かった。そして、あと五十メートルくらいで表通りに出るところまで来た時、その表通りをノートとノートに乗ったロイドが通り過ぎた。そして、ロイドの前に座るのは、誰?カリン様?
アンジェニカが表通りに出ると、ノートは厩舎の前でエブソンに引き渡され、ロイドはカリンと楽しそうに話をしながら邸に入って行く所だった。
「ロイドがあんな顔をするなんて」
女性に警戒心の強いロイドは、初対面の相手には作った笑顔を向けるだけだ。しかし、今のロイドは心から楽しそうに話をしている。
「……」
アンジェニカはロイドとカリンに声を掛けることもなく、クレソンの元に向かった。
「あ、お、奥様」
厩舎に辿り着いたアンジェニカを見てエブソンが少し口籠った。
「どうしたの?エブソン」
「い、いえ」
「フフフ、変なの」
「いや……」
エブソンは慌てているが、アンジェニカはそれ以上触れなかった。何も聞きたくなかったし、変に気を遣われたくもなかった。
「それより、クレソンはどう?」
「はい、随分と落ち着いています」
アンジェニカの声が聞こえたのかクレソンが厩舎から飛び出してきた。そしてブンブンと尻尾を振りながらアンジェニカに身体を擦り付けてくる。とは言っても随分と身体が大きくなったクレソンはその背がアンジェニカの身長を超している。ノートより小さかったのに、今ではノートと同じか少し大きいくらいだ。そんな大きな身体を擦り付けてくると、その勢いでアンジェニカが飛ばされそうになる。
「クレソンは、多分他の紅狼より一回りか二回りくらい大きくなるかもしれませんね」
「まだ大きくなるの?」
「これでもまだ成獣ではありませんから」
魔獣の寿命は長い。狼の寿命は十年か十二年位と言われているが、魔獣である紅狼の寿命は五十年とも百年とも言われている。そういった意味では、クレソンはまだ二歳前後だから幼狼と言える。しかし魔獣は人と違い成長が早い。あと二、三年もすれば身体の成長は止まる。だとするなら、今の段階でここまで成長しているクレソンはさらに大きくなるだろうし、間違いなく他の紅狼より大きな個体になるはずだ。
「そんなに大きくなったら頭を撫でてあげられなくなるわね」
アンジェニカはクレソンの首に抱き付いた。
「うーん、ちょっとお散歩しようか?」
アンジェニカがクレソンに訊いた。クレソンは嬉しそうに「グウ」と唸る。
「よし、ちょっとだけね」
エブソンが隣の厩舎に柵を掛けに行っている間に、アンジェニカはさっさとクレソンにハーネスを付けて準備をし、伏せをしたクレソンの背中に跨った。
「ちょっ!奥様ダメですよ。もう暗くなるし、今は危険なんですよ」
アンジェニカの様子を見て慌てて駆けてきたエブソンが、アンジェニカを止める。
「森に行くわけじゃないわ。道を少し下ったらすぐに戻って来るから。ついでにシールドを見てくる」
「ダメですよー!」
と、エブソンが情けない声を出したが、それより先にアンジェニカはクレソンと一緒に屋敷を後にしていた。
「あぁあ、また怒られますよ。旦那様に」
エブソンは少しアンジェニカらしくないなと思った。だけどまさか、アンジェニカがロイドとカリンを見て動揺していたなんて分かるはずもない。
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