立場逆転
ロイドが帰って来るより先に屋敷に着いた三人だったが、残念ながらアンジェニカが屋敷を出たことは当然のように知られてしまった。
椅子に座るアンジェニカと目の前に座るロイド。自分が無理やり連れだしたと言って、メアリーとエブソン、そしてハンナをどうにか許してもらったが、メアリーは大泣きして大変だった。
「アンジー」
「はい」
低い声が俯いたアンジェニカの頭上から聞こえる。
「アンジー、顔を上げて」
ロイドの言葉におずおずと顔を上げたアンジェニカは、明らかに怒っているロイドの顔を少し見てまた俯いた。
「アンジェニカ」
「はい」
渋々と再び顔を上げたアンジェニカの目の前に、さっきより近づいていたロイド。
「何故、外に出た?」
「……近くで赤怪鳥の鳴き声が聞こえたから気になって」
「危険なんだよ、私は君を危険に晒したくはない」
「でも、離れていたから大丈夫だったでしょ?」
「偶々だ!」
ロイドの言葉に、そう言うことなのだなとアンジェニカは思った。
「魔獣たちに異変が起こっているのでしょ?」
「いや」
「騎士隊でも苦戦するようなことが起こっているのでしょ?」
多分あの紅狼が関係している。
「心配する必要はない」
「ロイド!いつまで隠すつもりですか?」
ちょっと見ただけでもかなり負傷者がいた。騎士隊は魔獣討伐に特化した精鋭部隊と言ってもいいのに、その彼らが傷だらけだった。
「対策を立てなくてはいけません。それに、原因を探らないと」
「それは今やっている」
アンジェニカが現状を把握できていなかったのは、クレソンが森へ行きたがらなかったのもあるが、頻繁に仕事でヨシュアに呼ばれて、引き留められたりしていたからだ。もしそれが意図的であるなら、ヨシュアも現状を把握していて、アンジェニカを関わらせないようにしていることになる。
「私はロイドの妻でモルガン伯爵夫人です。領の実情を知らなかったとあっては、その名を名乗ることなど出来ません」
ロイドはアンジェニカをじっと見つめていたが、大きな溜息を吐いてからゆっくりと口を開いた。
「……、紅狼のリーダーが数ヵ月前に替わったようなんだ。長くリーダーをしていた雌に代わって、若い雄がリーダーになった。それから、魔獣の行動がおかしくなった。おかしくなったというより、統制が取れていて、まるで魔獣らしくない行動を取るようになった」
「それがあの遠吠えの?」
「そうだ」
「魔獣の樹窟の紅狼は滅多に樹窟を出ない。紅狼は賢く、統率が執られているから餌を求めて人間の領域を侵すようなことはしないんだ。はぐれ紅狼でもない限り。少なくとも、私がここにいる間はそんなことはなかった」
「それが領域を侵し始めた?」
「そうだ」
新たなリーダーは紅狼だけでなく、他の魔獣も従わせているということか。
「それにマリアベルは」
「マリアベル?」
「紅狼の前のリーダーだ」
名前があるのね。
「……私が付けた」
「……とても、素敵ですわ」
「マリアベルは長くリーダーを務めていて、その子供も多い。そして新たなリーダーはマリアベルの子供である可能性が高い。しかも、群れのリーダーには力があるものが就く。力勝負をして勝てばリーダーになれる」
「マリアベルは自分の子供に敗れた可能性があるということですね」
それは死んだ可能性もあると言うこと。
「力でリーダーの座を奪い、紅狼以外の魔獣を従えて人間の領域を侵し始めている。あくまでも推測だけど」
ロイドは真剣な面持ちだが、アンジェニカには腹が立つことこの上ない。スクッと立ちあがるとロイドの真ん前まで行き、いきなりその両頬を摘まんだ。
「いはっ!はに?はに?いはいっ」
「そんな深刻な状況なのに何故私に隠す必要があったのです?」
ロイドの目には僅かに涙が浮かび、訴えるようにアンジェニカを見ている。そして「んん?」と睨むようにロイドの顔を覗き込むアンジェニカ。
「いはい……」
「答える?」
「……こはえる」
漸くその手を離したアンジェニカは自分の椅子に戻った。涙目で両頬を擦るロイド。まさか頬を抓られると思わなかった。
「何故、私が怒られるんだ……」
自分が怒っていたはずなのに、とロイドはシュンとしながら呟いた。しかしアンジェニカはそんなことはお構いなしだ。
「クレソンの様子がおかしかったことも関係していますね?」
「……ああ」
「私の知らない内に解決をしようと思っていたのですか?」
「最初はそう思っていた。偶然が重なっただけだと思っていたから」
「いつ深刻だと気が付いたのですか?」
「二、三週間前だ。三日立て続けに別の場所で多種の魔獣が集団で出没して、偶然というには無理があった。その前からやたら発生率が高くなっていたし、シールドがいくつか壊れていたからおかしいとは思っていたのだが。それでも、はっきりとわからないから無駄に怯えさせる必要はないと思って」
気の遣い方を間違えているわ。問題は一緒に考えて解決するべきなのに。
そう言いたいのをグッと堪えた。ロイドはアンジェニカのためにと思っていたのに、それを頭ごなしに責め立てても仕方がない。自分だって、無理を押した結果、クレソンに怖い思いをさせてしまったのだから。
「分かりました。それで、今後のことは考えていらっしゃるのですか?先ほど騎士隊を見ましたがかなりの負傷者がいたようですが」
ちょっと言葉に距離感を出して、棘を感じさせてみたりして。……私も結構器が小さいわ。
「あ、ああ、とりあえず神殿から神官が来てくれることになった。治癒魔法が使えるから、騎士隊のサポートに入ってもらう予定だ」
「……」
「黙っていて済まない。今日言うつもりだったんだ」
「……」
「……」
「それだけ?」
「う、うん」
「他には?」
「ない……」
想定外の事態で後手に回ってしまっているのね。
「……分かりました。私にお任せください!」
アンジェニカは何故か目を輝かせて胸を張った。
「ア、アンジー?」
「魔道具部に行って参ります」
「何か案が?」
「要はその紅狼のリーダーをヤルしかないのですよね?」
「簡単に言えば」
「なら、戦力アップしかありません、行きましょう!」
そう言うとアンジェニカは部屋を出て、騎士団の魔道具部に向かった。
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