擦れ違い
アンジェニカには困惑しかない。まさかこんな愚痴を今更聞かせられることになるなんて。それよりもお膳立てとは?
「俺がお前に会いに行っても、出迎えたのはベロニカ。しかも、お前は当主代行として忙しいから会うことは出来ないと言って、お茶会をキャンセルばかり平気でする」
「違います!それは……」
「何が違うんだ!俺は婚約者で次期伯爵なのに、なんであんなに蔑ろにされなきゃいけなかったんだ!」
「……」
なんだかおかしくないかしら?
「お前は当主代行としての経験を積んでいくのに、俺はベロニカのくだらない話に付き合うだけ。ベロニカの機嫌を損ねれば、俺の立場が悪くなるかもと思えば無下にも出来ない。やっと当主としての勉強を始めることになれば、そうじゃない、こうじゃないと否定ばかり。お前たちが俺を適当に扱わずに、さっさとお前のように仕事を手伝っていれば、俺だってもっと早く仕事を覚えることが出来たんだ!」
「……なんだか、変な気分ですわ」
「何がだ!今ごろ理解したかのように言うつもりじゃないだろうな?」
「理解なんてしていませんわ。少し知った程度です」
ウィレミナが存命の頃は、アンジェニカは必ずゲイルズと楽しくティータイムを過ごしていたし、二人で庭を散歩したり本を読んだりと決して悪い関係ではなかった。
しかしウィレミナが亡くなって、キャサリーとベロニカが屋敷にやって来ると状況がどんどん変わっていった。
アンジェニカは勉強と、家の仕事で一日の殆どが終わってしまい、大好きだった乗馬も出来ずに閉じこもる生活になってしまった。半年もすると、アンジェニカが唯一ゲイルズと過ごせる時間であったお茶会を、ベロニカとゲイルズの二人で過ごすようになっていた。
シアートルはウィレミナが亡くなった後もその行動を改めることはなく、当時十五歳のアンジェニカに己の仕事の殆どを押し付けた。その頃は家令も居たし大丈夫だとでも思っていたのだろう。
「お母様が危惧していた通りになったわ」とアンジェニカは思っていた。「私が居なくなれば、アンジェニカがやらなくてはならなくなるだろうから」と言って、厳しく仕事を教えてくれたウィレミナは、自分が早くに亡くなることを知っていたのではないかと思う程、完璧にアンジェニカに全てを叩きこんだ。
その結果、シアートルはアンジェニカに全てを任せ、自分はのんびりと出来ることをしていたのだから、ウェレミナの先読みが悪い方向に向かったと言ってもいいのかもしれない。
アンジェニカは、ゲイルズとのお茶会に行きたくてもキャサリーに執務室に閉じ込められ、仕事をするしかなかった。ベロニカと楽しそうに話をしているゲイルズを執務室の窓から見ていたり、話し声だけを聞いていたりすることしか出来なかった。そして当然のように二人は惹かれ合い、ゲイルズとベロニカの不貞と妊娠。そう思っていたのに。
ベロニカではなく私に会いに来ていた?ベロニカとのティータイムを楽しんでいたわけではなかった?そんなこと知る由もなかったから、今更言われてもとは思うけど。それに、私の何気ない一言にゲイルズ様は傷付いていた。
確かに、母ウィレミナに仕事を教えてもらい、多少は仕事を覚えたことで調子に乗っていたかもしれない。ただそれは、ゲイルズをお飾りにしようとかそういうことではなく、自分が支えるから一緒に頑張りましょう、というつもりだった。だが、確かに言葉が足りなかったのかもしれないとも思う。
正確にその時の言葉を覚えてはいないが、ゲイルズの言葉をそのまま受け取れば傲慢に映るのは分かる。
全て私にお任せください。
自分がゲイルズの立場で、そう言われたらゲイルズと同じように受け取ったかもしれない。
「確かに、ゲイルズ様の言われた言葉を私が言ったのなら、傲慢であったと思います。申し訳ありませんでした」
「……今更遅いけどな」
この状況では謝罪さえも疎ましいことだろう。しかし、こちらとてそれは同じこと。こんな状況になって初めて胸の内を明かされても、今更だ。
「言い訳にしか聞こえないと思いますが、私はティータイムをゲイルズ様と一緒に過ごしたかったです」
「……ふん、よく言う」
「義母は、仕事が終わるまで出てくるなと言って私を執務室に閉じ込めました。だから、いつも私はゲイルズ様とベロニカが楽しそうに過ごしているのを、執務室から眺めることしかできませんでした」
「……」
「頂いたプレゼントの宝石が、全部イミテーションだったことはかなりショックでした」
その言葉にゲイルズが僅かに肩をビクンとさせた。
言うべきか悩むが、もうこの際全部言ってしまおう。
「俺を蔑ろにするやつに、本物の宝石なんて贈る気になれるわけがない」
「そうでしたか」
存外子供っぽい理由だ。
「ゲイルズ様がベロニカをエスコートしてパーティーに参加している時、私はやはり一人で仕事をしていました」
「それは!お前が、仕事が忙しいからベロニカをエスコートしてくれって言ったんだろ」
「言っていませんわ!そんなこと一度だって」
「俺は、ベロニカからそう聞いた……」
「言っていませんわ、私は」
二人が乗る馬車を窓越しに見送る時、どんなに惨めだったか。
何故、私はこんな時でさえ仕事をしなくてはならないの?何故、ゲイルズ様はベロニカをエスコートするの?何故お父様は、私に全てを押し付けるの?私は一体何なの?
答えのない質問を頭の中で繰り返しては唇を噛んでいた。
「俺の身長が低いことを馬鹿にしていたんだろ?」
「それはゲイルズ様が気にしていたことで、私は何とも思っていませんでしたわ。でもゲイルズ様が気にしていると思ったから、出来るだけ踵の低い靴を履くようにはしていました」
「ベロニカから聞いた。俺の身長が低いと自分の身長の高さが目立って恥ずかしい、とお前が言っていたと」
「そんなこと、言うはずがありませんわ。くだらない」
「くだらないなんてことない!お前には分からん!俺の惨めな気持ちなんて」
自分の努力ではどうにもならないことを人に指摘されて傷付かずにいられるほど、人は自分に無関心ではいられない。それが、男性としてのプライドに関わっているのなら、きっとアンジェニカという存在はどこまでも疎ましく憎らしかったであろう。そして自分より身長が低く、自分に甘えてくれるベロニカがどれほどゲイルズの救いとなったであろうか。
ただ、アンジェニカがゲイルズの身長について触れたことは無いし、誰かに言ったこともない。それなのにそれを訴えられても正直困る。
「勘違いしないでくれ。別にベロニカなんて愛してはいない」
「え、何故です?」
「いい男がいたらすぐ尻尾を振ってすり寄る女を誰が愛するんだ?」
「今のベロニカを見れば誰でもそう思うだろ」と、言われれば納得せざるを得ない。
「こいつの本性なんて最初から分かっていた。けど都合がいいから利用しただけだ。それに最初に仕掛けてきたのはこいつだ。俺はそれに乗っかったんだ。利害の一致ってやつだな」
醜く歪んだゲイルズの顔がアンジェニカには哀れに見える。やったことは最低でも、そうしてきた理由の一端がアンジェニカにもあって、自分も無神経にゲイルズを傷付けていたのだ。
読んで下さりありがとうございます。








