諦めない男
本当に忌々しい奴らだ。少し自分たちの思う通りにならなかったくらいで、ここまで卑劣な手に出るとは。
「それでゲイルズ、どうするつもりなのだ」
シアートルは不安気に尋ねた。
「アンジェニカにやらせます」
「は?」
シアートルはぽかんとしている。
何故、ここでアンジェニカ?
「何を言っているのだ。アンジェニカは既にモルガン伯爵に嫁いだ身。そんなことが出来るはずがないぞ」
「お義父様こそ何を言っているんですか。そもそも、アンジェニカが余計な政策を発案しなければ、こんなことにはならなかったのです。あいつにはその責任を取らせます。大体、俺に捨てられたからって、腹いせに結婚式にも呼ばないような愚かな女の考えたことです。愚策以外の何物でもない」
「い、いや、しかし……」
「それに、アンジェニカの結婚式には国王陛下もいらしたそうですね。その場に俺がいれば、陛下から賞賛を頂けたはずなのですよ」
ゲイルズはそう言うが、本当にそんなことがあるだろうか?しかもアンジェニカに責任を取らせる?確かに、最初はアンジェニカの案だったかもしれないが、実際に施行したのはゲイルズの案だ。アンジェニカが進めようとした案は殆ど反映されていないのに、どんな責任があるのだ?
シアートルの疑問は言葉に出来なかった。現在の当主はゲイルズ。シアートルは領地運営に関わって来なかったので、今更口を出すことも出来ない。しかし、シアートルには不安しかない。このままではいけないということも分かる。ゲイルズが責任転嫁をしていることも。
アンジェニカ、……大変なことになった。
シアートルは溜息を吐きつつも、ゲイルズ以外に任せられる人が居ない現実に頭を抱えた。自分が当主の器にないことを理解していたから、ウィレミナに頼り家令に頼りアンジェニカに頼ってきた。そして今はゲイルズ。早くその責任から逃れたくて、早々にゲイルズに当主の座を譲ったが、間違っていたのではないかと今更になって考えている。
どうしたらいいのだ?やはりアンジェニカに頼るしかないのか?いや、そんなこと出来るはずがない。
「ゲイルズ、やはりアンジェニカに迷惑を掛けるような真似は止めよう」
「は?何を言っているんです?迷惑かけられたのは私の方です」
「しかし……」
「もう黙っていて下さい。あなたはもう当主ではないんです!」
「あ、ああ、そうだったな。すまない……」
シアートルは項垂れたまま執務室を出て行った。
シアートルと入れ替わるようにして入ってきたのはベロニカ。
「どうしたの?お義父様が蒼い顔をしていたけど?」
「ふん、気にするな。アレは父と呼ぶに相応しくないゴミだ」
「まぁ、なんてことを言うの?」
ベロニカはゲイルズの強い口調に驚いた。
「今回の件についてアンジェニカに責任を取らせると言ったら、アレが反対した」
「なんですって?」
「どう考えても今回起こったことは、そもそもの発起人であるアンジェニカの責任だ」
「確かに、確かにそうですわ。お義姉様が余計なことを始めようとしなかったら、こんな酷いことは起こらなかったわ」
ベロニカは悔しそうに歯噛みした。
「やはりベロニカもそう思うだろう?」
「ええ、あなたの言うことは正しいわ」
「当たり前だ」
「で、どうするの?」
「とりあえず手紙を出して帰ってくるように言う」
「そうね。でもお義姉様は捻くれているから素直には帰ってこないかもしれないわ」
「なら、お義父様が倒れたと言うことにするか」
「そんなことで帰って来るかしら?」
「血の繋がった父親が倒れたんだ。帰って来るだろう」
「そうよね。あの人は捻くれているけど、馬鹿みたいに真面目だものね」
ゲイルズはベロニカの言葉に納得したように頷いた。ベロニカがゲイルズと同じ目的を持ってこんなことを言っているわけではないと理解はしているが、ゲイルズはそれについて追及する気も無い。
ベロニカはひたすら一つの目的を果たすことに集中している。
とにかくあの人に会いたい。会えば必ずあの人は自分を選ぶはず。
あの美しい人が鬼畜伯爵だったなんて、本当に信じられない。でも、あの人が手に入るならゲイルズなんてさっさと捨ててあげる。ゲイルズにはアンジェニカを与えればいい。
シアートルは結局手紙を出してはくれなかったし、馬車に勝手に乗ることも禁じられた。屋敷に閉じ込められ、自分であの人に会いに行くことが出来ない。アンジェニカには何が何でも帰って来てもらわなくてはならない。
ベロニカはもうすぐ自分の願いが叶うと思うと、跳び上がりたいくらいに浮かれた。ゲイルズは自分の素晴らしいアイディアに満足をして、机に向かい長々と手紙を綴った。
「また来たのかい?」
「ええ、これで三通目です」
アンジェニカの元には、ゲイルズから帰ってこいとの手紙が今月に入って三通も届いた。
「一体どういうつもりかしら?」
手紙の内容はシアートルが倒れたという趣旨の内容だが、本当か確認するために御者のトマーソンに調べさせた所、シアートルは部屋に閉じこもってはいるが元気で、心配するようなことも無いと分かった。
手紙を無視してもいいとは思ったが、念のためシアートルにお見舞いの手紙を送った。体調に変わりは無いか?自分はお見舞いに行くことは出来ないが自愛して欲しいと。しかし、その手紙はシアートルの手には渡らなかった。ゲイルズが読んで顔を真っ赤にして燃やしてしまったからだ。
「親を見捨てるような人でなし、ですって」
ゲイルズは一通目こそ、シアートルが倒れてアンジェニカに会いたがっている、忙しいとは思うが見舞いに来て欲しい、とアンジェニカに、気を遣っているような内容だったのに、三通目の手紙にはいかにアンジェニカが非情で親不孝者かを書きなぐっていた。
「アンジーが帰ってこないと困ることでもあるのかもしれませんね」
ロイドがとぼけたように笑う。
「フフフ、そうでしょうね」
間違いなく関所の問題だ。隣国ゼストリア王国の国王から、自国ザヒート王国国王グランデに直々に抗議があり、謝罪をしたグランデはそちらの対応に一切口出しをしないと返事をした。実際カサブランカ領を通らないだけで、コーネル領は通るわけだから自国に不利益は無い。愚か者たちがまたやらかしたことに目を瞑る気も無いから、好きにやってくれというわけだ。
「まぁ、気にしても仕方がない」
「はい」
ロイドはアンジェニカの横に立つと手を差し出した。アンジェニカはその手を取って立ち上がる。
「行こうか」
アンジェニカは馴染んだ猟銃を手にロイドと邸を出て、嬉しそうに尻尾を振って待っていたクレソンに飛び乗った。ロイドは愛馬のノートに。
「ロイ、今日は負けないわよ」
「私も負ける気はないよ」
二人は揃って屋敷を後にした。
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