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ロイドの不安

「お義父様」

「ベロニカ……」


 またか。毎日毎日、ゲイルズの目を盗んでは会いに来る義娘。


「本当は私が婚約者だったのよ。それなのに、お義姉様がロイド様に嫁ぐなんておかしいわ」


 ロイドに魅せられたベロニカは、生まれたばかりの子供をほったらかしにして、ロイドの元に行かせろと頼みに来る。


「それは出来ないということは分かっているだろう?何度ここに来ても変わらない」

「わたしはロイド様にお会いしたくて食事も喉を通らないのに?お義父様は私が心配じゃないの?」

「心配だよ。だからしっかり食事を取ってくれ。健やかに過ごすためにもモルガン伯爵のことは忘れなさい。それにロイド様なんて呼んではいけない」


 ベロニカが貴族令嬢として未熟であることは認めるが、あまりに幼稚でそれ以前の問題だ。アンジェニカと比べるのは酷だが、何故アンジェニカのように出来ないのだとつい溜息が出てしまう。


「なんでよ。私はロイド様の婚約者よ」

「モルガン伯爵の婚約者はアンジェニカだ。国王陛下からもお許しを頂いている。君はゲイルズの妻だ。それに、ベロニカには無理だ……」

「無理ってどういうこと?」

「モルガン伯爵と結婚するということは、将来の公爵夫人だ。そんな重責をベロニカが負えるわけがないだろう?」

「公爵夫人?ロイド様と結婚をすると公爵夫人になれるの?」


 ロイドの人を惹き付ける魅力は、簡単に抗えるものではないと聞いた。そのような話を本気で信じていたわけではないが、もしロイドに囚われたとしても、死ぬわけでもないのだから問題はないだろう、とベロニカとの婚約を引き受けた。


 実際にはアンジェニカに替わったが、結婚式でロイドを少し見ただけでベロニカがロイドの魅力に囚われた。


 いや、もしかしたらアンジェニカもロイドの魅力に囚われているのかもしれない。そうでなかったらあの優しいアンジェニカがベロニカに怒るはずがないのだ。結婚式にロイドを連れて来なかったのだって、そういう理由なら納得できる。


 やはり陛下から聞いた話は本当だったのだ。モルガン伯爵を愛しすぎてしまった令嬢たちの話は。アンジェニカだけでなく、ベロニカまで心を奪われるなんて!それなら、絶対にベロニカをミリタリル領に行かせるわけにはいかない。もしベロニカがモルガン伯爵に会えばその時は、アンジェニカだけでなくベロニカも先の令嬢達と同じことになる。


「お義父様、お義姉様に手紙を書いてくださらない?」

「手紙を?何のために?」

「お義父様が説得してください。まだ結婚していないんだから、もう一度婚約者を替えるくらい問題は無いでしょ?お義姉様も帰る場所が無いからロイド様に執着しているだけで、ここに帰って来てゲイルズ様と結婚すればいいんだし全てが元通りになるじゃない。お義姉様とゲイルズ様はお似合いだわ」


 とてもいい案を思いついたと言わんばかりの可愛らしい笑顔には、狂気さえ感じる。シアートルは大きな溜息を吐いた。


「馬鹿なことを言うんじゃない」

「でも、ロイド様は将来の公爵閣下よ。ゲイルズ様がなんと言おうと、ロイド様が取り替えろと言えば大丈夫よ。お義姉様だってゲイルズ様をお慕いしているんだし喜んで帰って来るはずよ」


 どこまでも自分勝手な言葉を吐くベロニカに流石のシアートルも辟易してきた。何を言っても通じない、伯爵夫人としての自覚も無い。


 何故ベロニカは、自分の発言がおかしいと理解出来ないんだ?ベロニカは前からこんな子だったか?


 そう言えば、ゲイルズはベロニカがこうしてロイドに心を奪われていることを知っている筈だが、何故か何も言わない。気にしていないと言うか、興味がないと言うか。一体どういうつもりなのか。


「お義父様、お願いよ。私のことが心配なら、ロイド様と会う約束を取り付けて、ね?」


 ベロニカが瞳を潤ませながら、必死に懇願してくる。シアートルは大きく溜息を吐いた。


 こうなったら手紙を書くと言わないと納得しないだろう。


「手紙を書いても、モルガン伯爵が返事を下さるかは分からないよ?」

「そんなはずがないわ。私が会いたいと言って喜ばない人なんているはずがないもの」


 何故そんな風に思えるんだ。


 シアートルが長い溜息を吐いた。


「分かったよ。手紙を書いてみるよ」

「ありがとう!お義父様。私の気持ちを分かってくれて嬉しいわ。大好き!」


 何かをしてあげるとそう言って自分の腕にしがみ付いてきたベロニカ。アンジェニカにはそんなことをされたことも無かったから、嬉しくて可愛くてついつい我儘をなんでも聞いてしまっていた。ゲイルズとの結婚だって認めた。


 私は、何か間違っていたのだろうか?









 メアリーが部屋をノックしても返事が無い。いつもこの時間にはアンジェニカは起きていて、すぐに返事が返ってくるはずなのに。メアリーは不思議に思いながらも主人を起こすために静かにドアを開けた。


 まだ寝ていらっしゃったのね。珍しい。


 アンジェニカを起こすために近づくと、少し荒い呼吸が聞こえる。慌ててアンジェニカの様子を確認すると顔は赤く辛そうだ。


「アンジェニカ様」

「メアリー。……ちょっと、だるくて喉が痛いの……」

「失礼します」


 見ただけでもそうと分かるが、アンジェニカの額に手を当てるとかなり熱い。


「水をお飲みになりますか?」

「頂くわ」

「すぐに」


 メアリーは置いてあるピッチャーから水を汲むと、身体を起こしたアンジェニカに渡した。


「すぐに医師を呼びます」

「ありがとう。でも軽い風邪だと思うから、あまり大袈裟にしないでね」

「分かりました。少しお待ちくださいね」


 メアリーはそう言って出て行ったが、数十分後には邸中が大騒ぎになっていた。主に騒いでいたのはロイドだが。


 医師は騎士団に在籍する医師のマシュー。彼もまた、変わり者の一人で、魔獣の解剖をしたくて騎士団の門を叩いた男だ。


「疲れによる風邪ですね。しっかり寝てしっかり食べれば大丈夫です。薬も忘れずに飲んでください」

「ありがとう」


 マシューが出て行くと入れ替わりに入ってきたのはロイド。周りがどんなに心配ないと言っても動かずずっとドアの前で待っていた。


「アンジー」

「ロイ、ごめんなさい、心配を掛けて」

「いや、私こそ。私が気を配るべきだったのに。無理をさせてごめん」

「あなたのせいじゃないわ」


 アンジェニカがこの屋敷に来てからいろいろなことがあり、いつの間にかアンジェニカを囲んで色々なことが動き出していた。楽しいことばかりで夢中になってしまった。生家に帰ったのはかなり精神的に疲れた。いろいろと無理が祟ったのだろうと反省こそすれ、決してロイドのせいではない。


「私ね、ここに来てから楽しいことばかりで毎日夢のようなの。だから自分が疲れていることに気が付かなかったのよ。寧ろロイには感謝しかないくらいなのだから、そんな顔をしないで」

「アンジー」


 アンジェニカが伸ばした手を取ったロイドは、その手を両手で握り自分の額に付けた。ロイドの大きく温かな手はアンジェニカをとても安心させる。


「ロイ、あなたに風邪をうつしたくないの」

「うん。でも、もう少しこうしていたい」

「なら、私が寝るまで手を繋いでいてくれる?」

「ああ、君が許してくれるなら」

「ありがとう」


 アンジェニカは嬉しそうに微笑んだ。そして、目を瞑ってしばらくすると薬が効き始めたのか、静かに眠りに落ちていった。


 アンジェニカが眠ったのを確認したロイドは、静かに部屋を出ていった。


 アンジェニカが体調を崩したと聞いた時、ロイドの全身から血が下がったようだった。使用人たちは一様に大丈夫だと言うが、もし何かあったらと思うと居ても立っても居られなくて、自分で医師を呼びに騎士団まで馬を走らせた。


 医師のマシューが診察をしている間、不安でとても椅子に座っていることも出来ず、アンジェニカの寝室の前で、いつマシューが出てくるのかと行ったり来たりしながら待っていた。あんなに細い身体で色々と無理をさせてしまった後悔が襲い、不安が心を過る。


 病むという言葉に敏感なロイドは、無神経な自分に嫌気がさした。アンジェニカが出て行くと言い出すのじゃないかとまで考えては、必死にそれを打ち消した。目を覚ましたアンジェニカに、出て行かないでくれ、と言ってしまいそうになるのをグッと堪えていたら、毎日楽しいことばかりで夢のようだ、と言ってくれた。出て行くと言われなくてよかったと心底ホッとした。


 もしアンジェニカがここから出て行ってしまったら、自分が立ち直れないことは分かっている。自分の心の奥底に隠している気持ちも。でもそれを打ち明けることは出来ない。もし、アンジェニカが変わってしまったら、ここを出て行くかもしれない。何も変わることなく過ごすことが、アンジェニカを引き留める唯一の手段だ。


 ロイドはふとジェイが立っていることに気が付いた。


「アンジェニカ様の容体は如何ですか?」

「今は眠っている。心配はない」

「旦那様も少し休んでください」


 既に昼を過ぎていたが、朝から何も口にしていない。


「お食事の準備を致します」

「ああ、ありがとう」





読んで下さりありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] >私は、何か間違っていたのだろうか? 過去形で語りなさんな。今も間違え続けてますよ。
[一言] もう溺愛と言っても過言ではない!(笑)
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