鬼畜伯爵色のドレス
来たわね。
「ごめんなさいね、メリッサ。続きは後にしましょう」
「え、ええ」
とても可愛らしい笑顔で近づいてきたベロニカは、僅かに瞳を潤ませていきなりアンジェニカの手を取った。
「お義姉様、いらして下さったのですね。挨拶にも来て下さらなかったから、今日はいらっしゃらないのかと思っていましたわ」
「そんなことあるわけないわ。現にこうして来ているでしょ?」
ベロニカの役者がかった大きな声は、人々の視線を集めるに十分だ。
「でも、お義姉様がお慕いしていたゲイルズ様と私が結ばれることを、好くは思ってはいらっしゃらなかったでしょ?だから、全然ご連絡も下さらなかったのでしょう?」
「そんなことはないわ。私は二人のことを心から祝福しているのよ」
「本当ですか?」
「ええ、本当よ。連絡が出来なかったのは忙しかったからなの」
「ああ、そうでしたのね」
そう言ってアンジェニカの手を離したベロニカはアンジェニカのドレスを見てハッとした。
「お義姉様」
ベロニカがボロリと涙をこぼした。
「やっぱり祝福して下さっているわけではないのね」
「え?」
「こんな黒いドレスなんてお召しになって。私たちへの嫌がらせですか?」
「ち、違うわ、ベロニカ。これは……」
「結婚式で黒いドレスを着るなんて、そんな不吉な色、まるで鬼畜は……」
「まぁ!アンジェニカ嬢のドレス、とても素敵ですわ!」
横から大きな声でアンジェニカのドレスを褒めたのは、メリッサの母親でナタリシア侯爵夫人イレイナ・ホフマン。その大きな声に人々の視線が集中する。
「アンジェニカ嬢のそのドレス。絹でございますね」
「え?」
アンジェニカの隣まで来て放ったその言葉に、一斉にアンジェニカのドレスに視線が集中した。
「それも一級品。私も数回しかお目に掛かったことが無いのですが、これほど素晴らしい生地はそうはありませんのですぐに分かりますわ。絹にしか出せない滑らかで艶やかな美しさ。それに刺繍の美しさもさることながら、それより目を引いてしまうのは金糸そのもの。これは西のルーガル帝国で作られる非常に珍しい糸ですわ。シフォンの透け感は上品で、レースもとても繊細で素晴らしいこと。それに、このお色はご婚約者であらせられるモルガン伯爵のお色。黒は暗くなりがちでとても難しい色ですのに、それをこんなに華やかに上品にお召しになるなんて、流石はアンジェニカ嬢ですわ」
そう言ってニコリと微笑んだイレイナはアンジェニカの母ウィレミナの友人で、アンジェニカを小さい頃から可愛がっていた。
「イレイナ様」
「お久しぶりですわね、アンジェニカ嬢。お変わりなくて?」
「はい、お陰様でとても健やかに過ごさせて頂いています」
「それは良かったわ。あら?」
横で、顔を真っ赤にして睨み付けているベロニカ。
「ごめんなさいね、あまりに素晴らしいドレスだったので夢中になってしまいましたわ」
そして、イレイナはベロニカを見て微笑んだ。
「お話はまだ途中だったかしら?」
「……いいえ、もう済みましたわ」
そう言うとベロニカはアンジェニカをキッと睨みつけて踵を返した。
イレイナは肩をすくめて笑う。
「ありがとうございます。イレイナ様」
「フフ、何のこと?私は素敵なドレスを褒めただけよ」
「嬉しいです」
「それは伯爵からのプレゼント?」
「はい」
アンジェニカは頬を染めた。
「上手くいっているのね、よかったわ」
やはり世間からはそう見られるのだ。鬼畜伯爵と呼ばれるロイドの本当の姿を知る人は少ない。いきなり婚約をして連れ去られたと噂されれば、どんな酷い目に遭っているのかと想像する人は少なくないはずだ。
「それに、あの凍結庫!素晴らしいわ」
「まぁ、買って下さったのですか?」
「ええ!勿論よ!二台買ったわ」
「二台もですか?」
「領地に一つと王都のタウンハウスに一つ。別荘にも欲しいから増産されたら買い足す予定よ」
なるほど。確かに裕福な貴族なら、あんな高価な品でも二台、三台と購入出来る。ということはまだまだこれからね。
「それに氷を作るあのお皿。アレは便利ね」
陶器にいくつもの小さい半円の窪みがあり、その窪みに水を張って凍らせる。氷を取り出す時には、陶器部分を水につけると氷が解け、ツルンと氷が外れる。
「旦那様は最近、氷水をチェイサー代わりにしているのよ。お酒の量も減って大助かりよ」
普段、メインに飲むお酒よりアルコール度数が低いものをチェイサーとして飲んでいたところを、氷水に変えたのだからかなり酒の量は減ることになるだろう。
「それは良かったです」
「……フフ、あなたはウィレミナに似て、美しくて多才で本当に素晴らしい子よ。私はその才能をミドル家が潰していることが本当に悔しかったの。だから、今の輝いているあなたを見ると嬉しくなるのよ」
ウィレミナが儚くなった時に一番に駆け付けてくれたイレイナ。それからも何かと気にかけてくれていたが、後妻として来たキャサリーとその娘のベロニカがイレイナを嫌がり、アンジェニカに招待することを禁じた。それからも親交はあったが、当主代行として忙しく過ごすアンジェニカは時間を取ることが出来ず、あまりイレイナやメリッサと会えないままミリタリル領へと行ってしまったのだ。
「何か困ったことがあったら、私を頼ってちょうだい。絶対に悪いようにはしないわ」
「はい、ありがとうございます」
イレイナから感じる母にも似た愛情に、アンジェニカは心から感謝をした。
読んで下さりありがとうございます。








