話の通じない父
結局アンジェニカは結婚式に行くことにした。やはり結婚式に参加しないとミドル家との不仲を噂されるし、それが後々ミドル家の事業に影響してくるのはアンジェニカの望むところではない。
馴染みの知人にも会えるだろうし、挨拶が出来なかった人たちと顔を合わせてお詫びをするにはいい機会かもしれない。
「アンジェニカ様、とてもお綺麗です!」
メアリーが満足げに胸を張っている。
結婚式のために三日かけてカサブランカ領までやってきたが、ミドル邸に泊まる気はなかったので、領内の宿に泊まった。
結婚式は昼過ぎからだが、メアリーはとても気合いが入っていて、「まだ早いのではないかしら?」とはとても言えず、結婚式の三時間前にはアンジェニカの準備が整ってしまった。
そこへ部屋をノックして入ってきたのはロイド。動きが止まりじっとアンジェニカを見つめてから蕩ける笑顔を見せた。
「ああ、とても素敵です」
少し頬を染めて微笑むロイドは、アンジェニカと一緒にここまで来た。勿論結婚式には出ない。それを条件に一緒に来たのだ。
「ありがとうございます」
アンジェニカが纏うドレスは最高級の絹で作られたもので、長身でスタイルの良いアンジェニカの身体にピタリと沿い、身頃は艶やかな黒、腰から下はゴールドになっている。身頃には金糸で刺繍したバラが全面に施され、黒からゴールドへの切り返し部分には長く柔らかい黒のシフォンが重ねられて、ふんわりとしたスカートのように見える。そしてそのスカート部分には、金と黒のレースを重ねて作られたバラが散りばめられ上品で可愛らしい。
「こんなデザイン今まで見たこともないです」
メアリーは目をキラキラと輝かせ、興奮を抑えることが出来ない。それに、黒いドレスはロイドの色。
「黒いドレスなんて結婚式には合わないと思っていましたが、とても素敵です」
ロイドはアンジェニカに手を差し出し、その手を取るアンジェニカ。寝室の隣にはティールームがあり、ハンナが既にお茶を準備していてくれた。ロイドのエスコートで椅子に座ると、ブランチにスコーンとフルーツとサラダが出された。
「このまま帰ってしまおうかしら?」
時間に余裕があると、余計なことを考えがちだ。
「そうしましょう。私はいつでも帰る準備ができていますよ」
ロイドは真面目な顔をして言うし、ハンナもメアリーも頷いている。
「冗談です。でも、これっきりです。ここに帰って来るのは」
歓迎されているなんて期待はしていない。その代わり、自分もいちいち動揺をして期待に応えるなんてことをする気はない。それに今日は結婚式なのだ。幸せな二人を祝福して、いい関係のままミドル家を去ることが出来れば、親密になることはなくても悪い関係にはならないかもしれない。
「馬車の中で待っています。終わったらそのまま帰りましょう」
「フフフ、分かりました」
ロイドがそう言ってくれるから、アンジェニカは笑顔になれる。今のアンジェニカには心強い味方が沢山いるし、とても幸せだ。自分を大切に思ってくれる人が居るということは、それだけで自分を強くしてくれるのだと知った。
結婚式が始まる寸前に参列席に着いたアンジェニカ。というのも、宿を出ようとしたら、女将に呼び止められそこからなかなか終わらない井戸端会議にまで発展してしまったからだ。そこには運悪くロイドもいたものだから「あらー、いい男ね」と盛り上がる。近くを通った、おばあちゃんまで加わってきてなかなか話を切り上げるタイミングが見つけられなかった。メアリーがわざとらしく「あー!けっこんしきにおくれるー」と叫ばなければ、式に遅刻していたはずだ。
式の前に家族に挨拶をしようと思っていたが、予定が狂ってしまった。出来れば人目の付く所でそういったことをしたくなかった。ただでさえ、ゲイルズの婚約者が替わっているのに、その元婚約者がいるとなれば口さがないことを言う人もいるだろう。出来る限りそんな状況を作らないようにしようと思っていたのだが。
ガーデンパーティーの時に、挨拶をするしかないわね。でも、おばさまたちとのお喋りは楽しかったから、仕方がないわ。
元気な女将の姿を思い出してクスッと笑った。
アンジェニカは参列席の最後列で幸せな二人を眺めている。プリンセスラインの可愛らしいピンクのドレスに身を包み、大ぶりのグリーンのネックレスとイヤリングを着けたベロニカはとても輝いていたし、ゲイルズは自信に満ち満ちていた。
幸せそうな二人を見たアンジェニカは、これでよかったのだと改めて感じることが出来た。二人の仕出かしたことはあまりにお粗末だが、結果としてアンジェニカは素敵な人たちと出会うことが出来、やりたいことをして楽しく過ごしている。ロイドとこのままの関係を続けていれば、アンジェニカはずっと今のままでいられるのだ。
不安が無いわけではないが、こうして何事もなく自然な関係を築けているのは、自分がロイドに恋をしていないからだ。なら、問題は無い。幸せそうに見つめ合うゲイルズとベロニカを眺めていても、アンジェニカの心を温かくしているのは、ロイドやモルガン伯爵邸の使用人たち、騎士団の団員やクレソンだった。
「アンジェニカ!」
ガーデンパーティーの会場で、飲み物を手にしたアンジェニカの背中に声を掛けてきたのはシアートルだった。
「お父様」
「いつ来たのだ。挨拶もしないで」
機嫌を悪くしているシアートルは周りの目も気にしないで声を荒げた。
「ご無沙汰しております、お父様。不作法な娘をお許しください」
アンジェニカが丁寧にゆっくりと頭を下げると、漸くシアートルは雰囲気を壊していることに気が付いた。
「あ、ああ。いや、折角の祝いの席でこんなことを言うのは良くないな。なかなか来ないから心配をしたのだ」
少し声を抑えたシアートルは引き攣った笑顔をアンジェニカに向ける。
「申し訳ありません。挨拶に伺おうと思っていたのですが、なかなかタイミングが合わず」
楽しそうにダンスを踊っているゲイルズとベロニカを見てからシアートルを見る。
「そ、そうか。それなら仕方がないな。それで、モルガン伯爵は?」
「今日は私一人です」
「なんだと?」
まさかロイドも来ると本気で思っていたのかしら?
「ロイド様は来ないと手紙に書いたはずですが」
「しかし、義理とは言え妹になるのに結婚式に来ないとは」
「何を仰っているのですか?ロイド様はベロニカの元婚約者ですよ。そんな方を、結婚式に呼ぶなんて、失礼にも程があります」
「いや、そんなつもりは。ただこれから私たちは家族になるのだから、親交を深めようと思っただけだ。それは悪いことなのか?」
悪いことですわ。
シアートルは当然のように言うが、その思考でよくいままで生き延びてきたものだと感心してしまう。
「それは自分でお考え下さい。とにかくロイド様はいらっしゃいません」
「もしかして、上手くいっていないのか?」
「は?」
「不仲なのかと聞いているのだ!」
思わず大きな溜息を吐いてしまう。
「そうではありません。ですが、ロイド様には私が来ないでくださいとお願いをしたのです」
「アンジェニカが断ったのか?なんて勝手なことを!」
再び溜息を吐くアンジェニカ。
この人に話をしても無駄だわ。
「お父様、申し訳ございませんが、私は他の方々にも挨拶をしなくてはなりませんので、失礼させていただきます」
「ア、アンジェニカ……?」
そう言うとアンジェニカは昔馴染みの知り合いがいる輪の中に入って行った。
挨拶もせずにミドル家を去ることになってしまい、礼儀を欠いたことを気にしていたアンジェニカは、こうして顔を見ながら挨拶をし、近況を報告する場を得ることが出来たのだから、結婚式に来て良かったと思える。
それにしても、ここにいるのはミドル家と取引をしている人たちばかりね。お友達と呼べるような人達はほんの一握り。しかも、ゲイルズ様の友人は酒に酔って騒いで品が無いし、ベロニカの友人は男性の方が多く、女性は殆ど居ない。
「アンジー!」
アンジェニカに話しかけてきたのは、オレンジの軽やかなドレスに身を包んだ昔ながらの友人のメリッサだ。元々はアンジェニカの友人だが、婚約を機にゲイルズの友人にもなった。
「久しぶりね」
手紙の遣り取りは続けていたが、顔を合わせるのは本当に久しぶりだ。
「メリッサ。会えて嬉しいわ」
「私もよ!アンジーが来るって言うから私も今日の結婚式に来たの。そうじゃなかったら絶対に来なかったわ。もう、いろいろと吃驚することばかりだったから心配したのよ。本当に会えてよかった」
そう言ってメリッサはじっとアンジェニカの顔を見つめて、ニコッと笑った。
「アンジー」
「ん?」
「とても綺麗になったわね」
「え?」
「今がとても幸せなのだと分かるわ」
そんなことを言われて嬉しくなったアンジェニカは恥ずかしそうに答えた。
「……うん、とても幸せよ」
「モルガン伯爵の婚約者になったなんて本当に心配していたのよ」
「フフ、そうよね」
「でも、杞憂だったわね。それに、そのドレス」
「これ?」
アンジェニカがスカートのレース部分を両手で広げた。
「本当に素敵だわ、生地は絹ね。滅多にお目に掛かれない品じゃない!それにこの刺繍。見事だわ。レースのお花も素敵」
メリッサはお洒落をするのがとても好きで、新しいドレスにも敏感で、流行を常に追っている。
「しかも、このお色。モルガ……」
「お義姉様!!」
大きな声で話を遮るようにベロニカが近寄って来た。
読んで下さりありがとうございます。








