可愛い人
アンジェニカの机に置かれた手紙の中に思いがけない差出人の名前を見て、一気に疲れが押し寄せてきた。何か言いたげだったジェイのことを思い出して再び溜息。
「ゲイルズ様とベロニカの結婚式か……」
まさか招待状が届くとは。しかも式は一か月後。いくら何でも急すぎると思うのだが、一体何を考えているのか。それに、一応家族なのだから結婚式に呼ばれるのは変なことではないが、婚約者が替わった結婚式に元婚約者の自分が行くのはどうなのか?
「笑い者にしたいのね」
私のことなど気にしないで仲良くやってくれればそれでいいのに。わざわざ、イヤな思いをする為に行かなくてもいいかしら?
ティータイムでも思わず吐いてしまった大きな溜息に、ロイドが心配そうにアンジェニカを覗き込んだ。
「どうしましたか?アンジー」
「……、義妹の結婚式に呼ばれまして」
招待状にはロイドも是非と書いてあった。
「は?」
そうなるわよね。
「行くのですか?」
「どうしようか考えていて」
それで大きな溜息。
行く必要はありません!と心の中で叫ぶメアリーの声は聞こえないが、誰もが行くことには反対するだろう。
「一応は家族ですし」
「私が言えた義理ではないが、家族というにはあまりに薄情な人たちだ。しかも新婦が替わった式に元婚約者が居るとなれば」
「白い目で見られますね」
どちらが?とは言わないが。
「もし行くなら私も一緒に行くよ」
ロイドがとんでもないことを言い出した。
「ダメですよ」
「でも」
「心配してくれるのは分かります。でも、あなたが行けばもっと大変なことになるわ。それに、あなたはベロニカの元婚約者です。勝手に婚約者を替えているのに、そんな方を結婚式に呼ぶなんて」
「……」
こんな無神経なことを平気でする人たちが身内であることが恥ずかしい。ロイドを何だと思っているんだ!と招待状を目の前で叩き付けてやりたいくらいだ。それに、結婚をするベロニカが、ロイドに恋情を抱くとは思いたくはないが、絶対にないとは言えない。寧ろ、確実にそうなると予想出来る。なら、ロイドは行くべきではない。
「でも、最近は」
そう、最近、ロイドが顔を出して歩いても、人に見られはするが以前のように男女問わずロイドに恋情を抱く人が少ないらしい。特にアンジェニカと一緒の時は全く人が寄ってこない。「わたしが盾として役に立っているのですね」とアンジェニカは笑っていたが。
「それでも絶対に人が寄ってこないわけではありません。ダメです」
アンジェニカの頑とした態度にそれ以上言い募ることも出来ない。
「私はなんの役にも立てないですね」
そう言ってロイドは俯いてしまった。決してそうではない。アンジェニカは立ち上がりロイドの横に立つと、情けない顔をして見上げた年上の男の頭を抱き寄せた。
「アンジー……」
「あなたが私の味方でいてくれると思うと、私はそれだけで強くなれます。そうですね、言ってみればお守りみたいな感じですね」
「お守りですか」
「フフフ、そうです。私があなたの盾で、あなたが私のお守りです」
「そうですか。お守りですか」
ロイドはアンジェニカの身体に両腕を回し、キュッと抱き締めた。
「行かなくていいですよ、結婚式」
「フフ、どうしましょうかね」
その形のいい頭を撫でれば、ロイドは大人しくされるがまま。
可愛い人。良く見せようと格好つけることもしない。裏も表もないその佇まいが安心を与えてくれる。
アンジェニカは自分でも気が付かないうちにロイドの美しい黒髪に口付けを落としていた。ロイドはそれに気が付き、顔を真っ赤にしながらも、その微かに感じる感触に全神経を集中させている。
ミドル家の執務室。ゲイルズは家族からの賞賛に酔いしれていた。
アンジェニカが発案した隣国との関所の件に関して、ゲイルズはもっといい方法は無いかと考えていた。他領の領主との話し合いなんてダラダラと繰り返していても仕方がない。ここは思い切った改革をして、一歩先を行くべきだ。そう考えていた。とにかく他領の領主は威圧的で数字をつらつらと並べて、審査だ、何割引だ、とせせこましい。そんなことをやっていたら何時まで経っても話が進まない。
「申し訳ないが、私はこの件から抜けさせてもらいます」
一時間近く話し合いをしている最中に、ゲイルズが唐突にそう言ってその席を立った。
「は?」
「何を言っているのです?」
コーネル領領主アベル・ゲル・マイナーと、ゼストリア王国のレイクウッド領領主ミッシェン・スヌールは、話し合いに参加もせずに、不機嫌な顔をしているゲイルズに不満を持っていたが、まさかの発言につい声を荒げた。
「何が抜けるだ!そもそも、この件はそちらから持ってきた話だろう?」
「そうですよ!いきなりアンジェニカ嬢からゲイルズ殿に替わって、それ以降まともに話し合いが進まなかったというのに、今度は抜けるですって?」
「そうです。元々は、アンジェニカが始めた話で、私には一切関係がありません。ですからここで抜けさせていただきます」
ゲイルズは悪びれることもなく言い放った。
「ということはこの時間は無駄だったということか?」
「そういうことになりますね。まぁ、怒らないでくださいよ。時間を無駄にしたのは私も同じですから」
「貴様……!」
「こんな時間を無駄にするより、もっと建設的に進めていくべきです。カサブランカ領は独自の手続きで出入国出来るようにする予定です」
「何?」
「私は時間の無駄遣いが嫌いなんですよ。私はアンジェニカとは違います」
「なんて自分勝手な……!」
「なんとでも。こちらはこちらでやらせてもらいますので、そちらはどうぞダラダラと話し合っていて下さい」
ゲイルズはそうして、アンジェニカが特に力を入れていた案件を潰し、自分の思う通りに進めることにした。それは実際にカサブランカ領にとってはとても画期的な政策だった。
ゲイルズは隣国から入国してくる際に掛かる入国料を無料にし、独自の通行手形を発行したことで手続きもかなり簡素化した。勿論出国する際の手続きも。それにより、隣国と自国ザヒート王国を行き来する際にカサブランカ領を通る人がとても増えた。反対に、カサブランカ領の北にあるコーネル領を通る人は一気に減った。隣国に入国するにはコーネル領を通った方が近い人たちも、わざわざ遠回りをしてカサブランカ領を通って出入国した。
人が通れば自然と経済が活性化してくる。カサブランカ領は急激に経済が潤い始めた。
「素晴らしいぞ、ゲイルズ」
シアートルは満面の笑みでゲイルズを褒め称えた。
「ありがとうございます」
「やはり君に任せて間違いはなかった」
シアートルは今までにない領地の繁栄ぶりに、興奮を隠せない。
「ゲイルズ様でなくてはこんな思い切った改革はできませんでしたわ。お義姉様が居たら今頃カサブランカ領はしみったれていましたわね」
ベロニカもゲイルズに抱き付き褒め称えた。
「当たり前だ。アンジェニカのような堅物には私のような柔軟な発想は無い。他領との折り合いだか何だか知らんが、そんなことを言っていては進む話も進まなくなる。この関所の話が良い例だ」
「本当に。ゲイルズ様がベロニカと結婚をして領地を治めて下さってから、良いことしかないわ」
キャサリーは満面の笑みで喜んだ。
たった数ヵ月でその才能を発揮したゲイルズ。臆することなく大胆な改革をして成功したゲイルズには賞賛の言葉が相応しい。ミドル家の人々は、連日豪勢な食事を囲み賑やかにお祝いをした。
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