初めての贈り物
銃声を響かせながら的を撃ち抜いて行くアンジェニカは、既にその勘を取り戻し、紅狼のクレソンの背に乗りながらの射撃でも、ほぼ的の真ん中を撃ち抜くことが出来るようになった。
「お見事」
アンジェニカが的を全て撃ち抜き戻って来た所に、ロイドがニコニコして立っていた。
「ロイ!いつ帰っていたの?明日帰るはずじゃありませんでしたか?」
まさかロイドが居るなんて思いもしなかったから、思わず声が大きくなる。
「ええ、その予定でしたが早く終わったので」
ロイドは騎士団の武具の注文をする為に王都の鍛冶屋まで行っていた。普段は必要数を手紙で注文するだけなのに、今回は少し特殊だからと言って、珍しくロイド自らが王都まで出かけて行ったのだ。
そのロイドの手には長さ五十センチはありそうな長方形の木箱。それをとても大切そうに抱えている。アンジェニカはクレソンから降りた。
クレソンはアンジェニカの横に立ち、自分を撫でろとアンジェニカの脇に顔を突っ込む。その欲求に応えて耳の裏を撫でると、クレソンは擽ったそうに頭から身体を震わせてから「グゥ」と小さく唸って伏せた。
「早くアンジーに会いたくて、急いで帰ってきました」
ロイは言葉の使い方を間違っているわ。
自分以外の女性が聞いたら絶対勘違いをしている。そう思うとロイドの無神経さには少し腹が立つが、ただ素直にそう思っているだけで特に意味はないと思うと何も言えない。
ロイドは手に持った木箱をアンジェニカに差し出した。
「これは?」
「アンジーにプレゼント。気に入ってくれるといいけど」
「まぁ、何かしら?」
思いの外、重量のある木箱を受け取ると、ロイドはソワソワしながらアンジェニカが木箱を開けるのを待っている。その様子を見て思わずクスッと笑ってしまったアンジェニカだったが、開けた木箱の中身を見てハッと息を呑んだ。
木箱の中に入っていたのは木目の銃床が美しい猟銃。今まで使っていた猟銃より銃身が少し長く、随分と重く感じる。
「とても、素敵だわ……」
ポロリと零れた言葉は独り言のようで、アンジェニカの目は猟銃に囚われている。木箱から取り出すと銃床を握りその感覚を確かめる。不思議な程しっくりと馴染むのは、アンジェニカの大きくなった手に合わせてあるからだ。ずっしりと重さを感じるが、片手で持てる程度だし、的に向けても揺れることもない。それに銃身は長さを調節できるように取り外しが可能になっている。より威力と正確さを求める時に使うのだ。
「ロイ、ありがとう。とても嬉しいわ」
夢中になってしまってお礼を言うことをすっかり忘れていたアンジェニカは、少し恥ずかしそうにロイドにお礼を言った。
「アンジーが喜んでくれてよかった」
早く私に会いたかったというのは、これを渡したかったからなのね。
ロイドの言葉選びには少し問題があるが、自分だってプレゼントを買えば早く渡したくてソワソワすることもある。
「試してもいいかしら?」
「勿論」
銃は通常一発ずつ弾を装填するが、新しい銃は三発装填しておくことが出来る。
「連続で撃てるのね」
勿論、その分複雑に設計されていて重さも加わった。しかし、今までの猟銃はアンジェニカには軽かったから、寧ろその重さが丁度良い。試しに的に向かって撃ってみると、威力も格段に上がっているのでその衝撃もなかなかのものだった。
「凄く、良いわ……」
アンジェニカが頬を染めて喜んでいる。
婚約者へ贈る初めてのプレゼントに猟銃を選んだロイドと、それを素直に喜んでいるアンジェニカ。少し離れた所で待機していたメアリーは、大きな溜息を吐きながら遠い目で見守ることしかできなかった。
「ロイ!行ったわ」
アンジェニカがクレソンに跨って姿の見えないロイに向かって声を掛ける。
「見えた!」
ロイドの声だけが聞こえ、その後に猛獣の威嚇の声が聞こえて、ドサリと倒れる音が聞こえた。上手く仕留めたようだ。
今日で三回目となるアンジェリカとロイドの狩りは、魔獣の樹窟に程近い麓から始まって、直ぐに真っ黒な毛に額に大きく伸びた角を持つ一角熊と遭遇した。人が通る山道からは幾分離れているが、それでも行動範囲の広い一角熊は放っておけば人に危害を加える可能性がある。
ロイドが愛馬のノートから飛び降り斬りかかったが、一角熊が振り回した腕に邪魔をされて、その腕を斬っただけだった。後方に跳んで一角熊から距離を取ったが、怒りの咆哮を上げた一角熊がロイドに向かって走り出した。その一角熊の背中にアンジェニカが銃弾を撃ちこむと、更に大きな咆哮を上げながらよろめいた。しかし一角熊の皮は厚く、銃弾は心臓まで届かなかったようだ。
「チッ」
思わず舌打ちが出てしまう。
するとクレソンが威嚇の唸り声をあげて牙を剥いた。狩猟本能に火が付いたようだ。その唸り声に反応したのか一角熊が背を向けて、けもの道を走り出した。
「ロイ!」
その瞬間にロイドは愛馬に跨り、アンジェニカを乗せたクレソンが一角熊を追って走り出した。怪我を負った一角熊の速度は本来の走りには到底及ばず、直ぐに追い付いたクレソンが並走する。
頭を狙ってもいいけど。
木が生い茂った狭い道では解体や運搬に手間がかかる。一角熊の足に一発銃弾を撃ち込み、あとは威嚇のために人差し指を一角熊に向けて水針を放った。嫌がった一角熊がアンジェニカと反対側に逸れていく。
アンジェニカは水魔法の使い手だがそんなに得意ではないし、魔力量も少ない。全力で水針を放っても、一角熊の皮膚を傷付けることは出来ないだろう。
やっぱり私の魔法はこれが精々ね。
「ロイ!行ったわ」
「見えた!」
その声と同時に一角熊がアンジェニカの視界から姿を消し、次にドサリと音がした。クレソンが匂いを追って一角熊の所に行くと、ロイの足元に一角熊が横たわっていた。
「綺麗に仕留めましたね」
一角熊の首は身体から離れている。
「アンジー、ちょっと深追いしすぎですよ」
一角熊を仕留めてお互いに喜び合うより先に、ロイドが放った言葉はそれだった。馬に乗る自分では入れない場所に行ってしまうアンジェニカを心配するロイドは、最近クレソンに乗ることにも難色を示し始めている。
「ごめんなさい」
クレソンから降りたアンジェニカの脇に鼻先を突っ込む愛魔獣はまだ一歳と幼い。すぐに甘えてくるし、撫でないとしつこく鼻で突いてくる。
「はいはい、いい子ね」
そう言って、クレソンの鼻から眉間にかけてコショコショと撫でる。最近アンジェニカはクレソンと過ごす時間も長く、ロイドはそれもちょっと気にいらない。
「クレソン、甘えるな」
ついクレソンに文句を言ってしまうが、クレソンはそんなことお構いなしだ。
「ロイ。わたしが悪かったです。これからは気を付けるので機嫌を直して下さい」
アンジェニカがそう言えば「別に機嫌を悪くしているわけでは」とブツブツ言う。
「さっさと解体してしまいましょう」
ロイドがそう言うと、取り出したナイフで皮を剥ぎ、角を切り取った。一角熊の肉は臭くて処理が難しいため食用としてはあまり喜ばれないが、毛皮や角はその用途が多く歓迎される。
一時間かけて必要な部位を手に入れると、肉は山道から離れた場所に穴を掘って埋める。獣が食べる場合もあるが一角熊の肉は獣にも敬遠されがちだ。場合によってはその臭いが魔獣除けになったりもするのだが、食べる獣もいるので山道の付近には肉を残さないように気を遣わなくてはならない。アンジェニカが水魔法で辺りを浄化し、屋敷に戻ることにした。
緩やかな山道を屋敷に向かって進んでいく。主を乗せて隣り合って歩く馬と紅狼。これがとても異様な光景であると、ここにいる誰もが気が付いていない。そしてその紅狼のクレソンは、ロイドの愛馬ノートに時々ちょっかいを出しては嫌がられている。
「そういえば、最近ロイは遠征が少ないですね。短いと言うか」
「そうですか?」
アンジェニカが屋敷に来たばかりの頃は一週間屋敷を空けることは常だったが、三ヵ月が過ぎたこの頃は、三日もすれば帰って来るし、屋敷に留まる時間も長くなった。
「フフ、嬉しいです。一緒に過ごせる時間が長くなりますから」
帰りの道中で、ついそんな本音を零してしまうとロイドの顔は真っ赤になる。
「そう、ですか」
「あ……」
アンジェニカも自分の言葉を思い返して赤くなる。なんてことを言ってしまったのか。
「私も、アンジーと少しでも一緒に居たいので」
そんな言葉、返してくれなくていいのに。
アンジェニカは心で叫ぶ。嬉しいし勘違いをしてしまう。自分たちは婚約者同士で普通に考えれば、とても良好な関係と言えるのに、それ以上距離を縮めてはいけないとブレーキを掛ける二人の間で、気安く口にしていい言葉ではない。
それでも互いを意識してしまう二人は、つい目で追って視線を絡ませては俯いてしまう。
「きょ、今日は魔道具部に行く予定です。ロイも一緒に行きませんか?」
アンジェニカは話題を変えようとして、少し大きめの声で話を始めた。
「ああ、凍結庫ですか?」
「はい、小型化した試作品のお披露目なのです」
大型の凍結庫は既に屋敷と騎士団の調理場で稼働していて、かなり便利であることが証明されている。解凍方法も幾通りも試し、調理済みのものは常温で自然解凍、生肉などまだ調理をしていないものは氷水に付けて低温解凍。野菜などは解凍せずにそのまま調理など、美味しい状態を保つ解凍方法がそれぞれにあることが分かった。
「その方法も説明書に付けておけば手に取ってもらえると思うのです。それに、氷も作れます」
「氷はいいですね。最近料理長に頼んで、口に入るサイズの小さい氷を作ってもらっているのです」
「あ」
そう言えば、凍結庫に小さなカップがたくさん並んでいた。
「あれはロイが?」
「見ましたか?そう、あの小さい氷を食べたり飲み物を入れて冷たくしたりして使うのです」
そうか。小さい氷を作る入れ物があればもっと便利に使えるかも。
今まではピックや金槌で削ったり叩いて割ったりすることを考えていたが、最初から小さくしてしまえばいい。
「ロイ!素晴らしいです!」
「え?」
急に自分に向き直って喜ぶアンジェニカにロイドは面食らった。何のことだか分からない。
「そのアイディア、頂いてもいいですか?」
「え?ああ、どうぞ」
アンジェニカの瞳がキラキラしているから、よく分からないけど言ってみた。
「そうと決まれば急ぎましょう!」
そう言うとアンジェニカはクレソンを走らせた。
「え?アンジー?」
「ロイ、遅いですよ。負けた方が、勝った方にマッサージですからね!」
「えー?」
そう言ってどんどん進んでいくアンジェニカ。ロイドはクスリと笑ってノートを走らせる。クレソンは長い時間を走り続けることは出来ないから、差が開いても追い付ける可能性はある。だが、勝つ必要はない。負けてアンジェニカにマッサージをするのは嫌いじゃない。
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