ロイド様の為
ゲンマは騎士団を立ち上げた時から居るベテラン。これまでに起こった出来事を全て知っているのだから、警戒するのは当然と言えば当然。
とは言っても、アンジェニカだってここで引き下がるわけにはいかない。予算を見直して領地改革の足掛かりを作りたい。その為に食材の無駄は出来る限り無くさなくては。
「まず、昨日のステーキはまだ残っていますか?」
「ああ。後で捨てに行く予定だ」
「まぁ、勿体ない。ではそれを使いましょう」
アンジェニカは捨てる予定だったステーキ肉を何枚かカッティングボードに乗せ、数枚を二センチ角に切り、ライスとステーキ肉とガーリックを一緒に炒めてフライドライス。
一口サイズに切ったステーキ肉、スープ、赤ワインを煮てアクを取り、玉葱、人参、マッシュルーム、皮を剥いたトマトを一緒に煮込み、塩と胡椒で味を調えた、牛肉のトマト煮込み。
更に、そのトマト煮込みを少し別の鍋に取り、火にかけて煮詰め、オムライスにかけてソースの代わりに。
まるで、残った食材で簡単に料理をするお料理上手のように振舞うアンジェニカだが、実際にはアンジェニカが作れるのはこの三品のみ。と言うのも、今までアンジェニカは料理などしたことがない。この時のために毎日この三品だけを練習した。なんと言っても宿舎の食事は一週間に二回はステーキだ。しかも同じ曜日。それなら、それが残ることを前提に練習すればどうにかなる。勿論常に肉が余ることも把握している。
「さぁ、出来ました。沢山ありますので宜しかったら皆さんもどうぞ」
アンジェニカの額には汗がうっすらと浮かんでいた。
緊張で痛い程胸を叩く心臓を落ち着かせながら、必死の笑顔で皿に料理をよそったアンジェニカ。そしてそれをゲンマの前に。
「……」
ゲンマは何も言わずにスプーンを取るとフライドライスを食べ、牛肉のトマト煮込みを食べ、オムライスを食べた。
ライス料理を二種類も用意したのは失敗かしら?でも、腹持ちがいいってリアーナが言っていたし。ただの試食だもの。でも、やっぱりライスが二種類はダメかしら?
通りすがりにガーリックの香ばしい香りが漂う食堂を覗く団員達。興味深げに寄ってきて、ゲンマの不機嫌な顔を見ている。
お肉に火が通り過ぎた?塩辛かったかしら?卵のトロッとした感じが足りないわね。
心の中で一人反省会を開くアンジェニカは、ジッとゲンマを見つめていつ声を発するのかとドキドキしている。
料理のリメイクは自分で考えた。ふんわりと雰囲気を。それを調理長のリアーナとその息子で調理師のヤッセンに説明すると、二人が試行錯誤して形にしてくれ、更にアンジェニカが作れるようになるまで毎日教えてくれた。
美味しいと言われなくてもいい。とにかく話を聞いてもらえればいいのだ。そのきっかけが欲しい。
「……フン」
ゲンマがスプーンを置いた。
「如何でしたか?」
アンジェニカは出来るだけ平静を装って、ゲンマに訊いた。
「悪くない」
「まぁ」
アンジェニカはぱぁっと笑顔になった。すると、他の調理師や団員たちが、それぞれ食べたい料理を皿に注ぎ味見をし出した。まぁまぁの反応だ。
「が、俺ならもっとうまく作れる」
それはそうでしょうよ。
「ええ、勿論そうだと思います」
「肉は焼き過ぎているし、玉子もトロッとしていない。大体なんであんなにでかかった人参がここまで小さくなったんだ」
アンジェニカは皮を剥いただけのつもりだが、一センチくらいの厚さで皮を切り落としていた時、ゲンマは笑いを堪えるのに必死だった。
ゲンマは不機嫌な顔をそのままにアンジェニカを軽く睨み付けた。
「で、何を聞けばいいんだ」
ゲンマは話を聞く気になったようだ。アンジェニカはその言葉を聞いて、急いでテーブルを挟んでゲンマの目の前に座った。
「私の作った料理で分かるように、料理は残ってもリメイクできます。また、魔道具部には素晴らしい魔道具がありますので、これをフル活用すれば食材の保存期間も長くなり、無駄を無くすことが出来ます」
「確かに、食堂の料理は残れば捨てている。だが、メニューは殆ど決まっていて、同じ食材を使うことはない」
「はい。そこで週に一、二回メニューを決めない日を作るのは如何でしょう?」
「メニューを決めない?」
「はい、残った食材を使った料理を作るためにメニューを決めないのです。大体は、そうですね、煮込みシチューなどにしてしまえばある程度の野菜と肉が処分できます。それに、魔道具部が作った凍結庫に、肉や野菜を保管することで保存期間が長くなります」
「凍結庫?知らん」
「えー!今、騎士団魔道具部の一押し商品ですよ?」
「知るか!」
斯く言う私も知ったのは一昨日。あまりの寒さに鼻先が真っ赤になったわ。
アンジェニカの部屋にあるクローゼットくらいの大きさの凍結庫。鉄の箱の中が冷気で凍っていて、かなり寒かった。そして、その中に一キロの肉を入れておくと三時間くらいでカチカチに凍っていた。
研究員によると、肉を凍らせて一週間後に解凍しても、悪くなってはいなかったそうだ。ただ、味や食感は今一つ。凍らせ方か溶かし方に問題があるのか、そもそも凍らせたらダメなのか分からない。
野菜も凍らせているが向き不向きがあるらしい。それでもこれは画期的な発明だ。絶対に売れる。改良して夏には貴族向けに販売したい所。貴族なら多少高くても手に入れようとするはず。その前に、ここの食堂でしっかりと使いこなせなくてはいけない。
「凍結庫に入れておけば肉も野菜も長く保存できます。それに、料理を作っておいて保管すれば温めて簡単に食べることが出来ます。つまり、ステーキ肉が残ったら凍らせる。もしくは調理をしてから凍らせることで、食べる人が少ない日に回すことが出来ますし、場合によっては料理を二種類、三種類くらい出して選んでもらう方法もあります」
あくまでも凍結庫の使い方をしっかりマスターしてからなのですが。
「それに凍結庫が無くても、食材が残ったら、もしくはお料理が残ったらリメイクをして出来る限り捨てないようにすればコストは削減できます。仕入れの量は常に人数分より少なめにしておくといいと思います」
「そんなこと出来るか!食べられない奴がいたらどうするんだ?」
「今までにそのような人が居らっしゃいましたか?」
「……」
ゲンマは黙り込んだ。まぁ、居ないのだからそうなるだろう。常に料理は残っている、残念なことに。大体、騎士団の騎士隊と研究員では食べる量が違うのだから、減らしたところで問題は無いはずだ。
「今すぐにどうにかしようということではないのです。少しずつ変えられるところを変えていこうと思っています」
アンジェニカは一呼吸置いた。
「それが、ロイド様の為になるのです」
ゲンマはハッとした。
「ロイド様の為……」
ゲンマの目に輝きが宿った。どうやらジェイが教えてくれた魔法の言葉が効いたらしい。最初から使っておけばよかった、魔法の言葉。『ロイド様の為』。
勝ったわね。
「またゆっくり話をさせて下さい」
「わ、分かった」
アンジェニカは立ち上がった。いつの間にかアンジェニカの作った料理はキレイに無くなり、皿も片付けられていた。
「とても美味しかったです」
若い調理師がアンジェニカにお礼を言った。
「僕はライスが苦手だったんですけど、フライドライスは抵抗なく食べられました。今度真似をして作ってみます」
「嬉しいわ。ぜひ試してみてください」
アンジェニカが答えた。
意外と掴みが良いかもしれないわ。やっぱり若い子にはガーリックよね。
アンジェニカは第一段階を突破したと、ほくそ笑みながら食堂を後にした。
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