よしやりますか!
ロイドが再び魔獣討伐に出掛けてから五日が経っていた。
ロイドはアンジェニカにある程度の権限を与えた。と言うより、基本的にはダメと言われるようなことはない。屋敷はアンジェニカの管理だが、領地と騎士団は領主であるロイドの管理。
しかし、残念なことにロイドは領地運営に積極的とは言えない。何故なら、魔獣討伐で頻繁に屋敷を空けるというのもあるが、人前に顔を晒さないからというのもある。領主が行わなくてはならない書類作業は行うが、それ以上のことをすることはなかった。仕事の多いジェイには大胆な改革の提案も出来ず、領内には一時代前を思わせることがいくつかある。
農具が古くて作業効率が悪い。水路の整備が十分ではない。人が住める土地が少ない。けもの道かと思うような山道が多い。上げたらきりがない程出来ることが山積み。
ジェイもそれは分かっているが、ロイドの事情を知る自分たちには、もっと積極的に領地運営をしてほしいとも、人手を増やしてほしいとも言えない。だから、出来る範囲でやって来た。
それをアンジェニカが領主代行をすることで、今まで出来なかったことが出来るようになる。
騎士団についてもロイドが管理していることにはなっているが、基本的に外に出ていることが多い為、細かい作業はジェイが行っていた。はっきり言ってジェイは業務過多だ。
その為、ジェイにとって優先順位が高い方を先に熟していくので騎士団の管理が一番甘くなる。なら別の人に任せればいいと思うが、なかなか任せられる人が居ない。その為、騎士団についても、アンジェニカにある程度の権限が与えられ、テコ入れをすることも許された。
しかし、目の前に並んだ資料を見れば、溜息が増えるばかり。
まずは備品のために組まれた予算が大雑把すぎた。特に武具は消耗品の為、多めに組んでいるのだろうが多すぎる。余った分は翌月に繰り越し、また翌月も繰り越し、繰り越しを繰り返して過剰に余っているのにそのまま翌年に繰り越し。翌年?何故それがまかり通るの?と疑問符が浮かぶ。そうかと思えば、常に予算が不足をしている為、全く成果を上げることの出来ない魔道具の研究がいくつもある。
宿舎の食費にはかなりの予算が組まれていて、昨日の晩御飯にはステーキが出ている。
「週に二回はステーキ?それって必要?もっと安くて美味しい料理が沢山あるのに」
一ヵ月のメニューを見れば朝昼晩殆どが肉料理で、野菜は少な目。魚料理は山奥なのであまり出ないことは理解していたが、月に一回だけ魚と言うのはどうなのだ。しかも、試食をさせてもらったら味が濃くて喉が渇いた。
「沢山汗を掻くから塩分は必要だけど、研究者たちには味が濃すぎるのではないかしら?」
アンジェニカの心配した通り、魔道具部の研究者たちは食事を半分は残している。どちらかというと野菜やスープを好んで食べているようだ。
更にアンジェニカが頭を抱えたのは食料の廃棄量だ。討伐隊が遠征に出れば、食事をする人間が半分になることもあるのに作る量は同じ。だから残った分は全部廃棄している。もしくは、調理に使われることもなく悪くなって廃棄する。
これにはそれなりの理由があって、百人を超える団員の食事を作るのは三人。朝昼晩作るのに前日から準備をし、朝早くから作り出し夕方にはほとんどの作業を終える。そして翌日の仕込み。しかし、遠征は突然入ることも多い。その為、既に準備された料理を口にすることも無いまま遠征先に向かうこともあるのだ。
また、仕入れをするにも量が量だ。前日に依頼をしても数が揃わないこともある。だから一週間くらい前にはある程度決まった量を注文している。三日前に遠征が決まっても予約を取り消せば、取引先が不利益を被る。だからそのまま仕入れるのだが、結局ダメにしてしまう。
「うーん。これはかなり無駄にしているわね」
食事はとても大切だから、切り詰めるようなことはさせたくはないが、無駄をカットすれば大幅に予算を削ることが出来るのも事実。
「料理長と話をしなくてはいけないわね」
宿舎の食事を任されているのは、いかつい顔をした片足のゲンマ。運悪く片足を魔獣に持って行かれたと言うゲンマは、騎士団が出来た当初から居るベテラン。五年前に遠征の際に足を失ってから調理師をしている。そして二年前に料理長になった。
ベテランのゲンマは男気溢れる快活な男で、面倒見のいい彼を慕う若者も多い。ゲンマ自身、これまでの功績は自慢できるものであったし、片足を失っても騎士団を支えているというプライドは持っていた。
だから、いきなりやって来たロイドの婚約者と言う小娘に、自分のテリトリーのことでとやかく言われることは我慢がならなかった。
「それで、何だい嬢ちゃん。俺ら金喰い虫は、もっと安い物を食えってか!ふざけたこと言ってんじゃないよ。一体誰が身体を張って仕事をしていると思っているんだ」
「勿論、それは存じております。金喰い虫とも思っておりません。もう少し料理の幅を拡げて無駄を無くしてはどうかと提案をしているのです」
調理場が休憩時間に入ったところを見計らってやって来たアンジェニカに、腹立たし気なゲンマは門前払いをしてやろうと声を張り上げたが、しかし、アンジェニカは怯むどころか言い返してきた。
「ふん。俺の料理が不味いって言いたいのか。生憎俺は貴族様の食事は食ったことがないんでね」
「あら、私は貴族ですけどステーキなんていつも食べませんわ」
「どうだか」
「でしたら、私にお料理を作らせてくださらないかしら?」
「は?」
「こう見えて私、少しはお料理が出来ますの」
「なんで嬢ちゃんが料理をするんだ」
「私が作った料理を美味しいと思ったら、私の話を聞いてくださいませんか?」
「はぁ?何言ってんだ?」
何故自分がこんな生意気な娘の話を聞かなくてはならないのか。ただでさえ気に入らない存在なのに、そんな娘の作った料理なんて食べたいはずがない。
「断る!」
当然だ。
「あら、残念ですわ。ではロイド様に作って差し上げましょう」
「は?あんた、ロイド様に食わせるつもりか?」
「ええ、私は婚約者ですし。誰も食べてくれないなら、ロイド様に食べて頂くしかないでしょ?」
何だ、その道理は?全く通じないぞ。
「ふざけるな!なんであんたの料理を食べさせるんだ!」
「料理長が食べてくれないからです」
「俺が食べたら、ロイド様には出さないか?」
アンジェニカはニヤッとした。
アンジェニカは知っていた。ゲンマのロイドに対する忠誠心は並々ならぬものがある。はみ出し者の自分を拾ってくれて、足を失ってからは料理人として雇ってくれた。どれだけ感謝してもしきれない主人を害する者を、ゲンマは絶対に許さない。
それは仮令婚約者であっても同じ。料理もまともにしたことのなさそうな令嬢の作った食事など、絶対にロイドに食べさせるわけにはいかない。過去にはロイドの命を狙った令嬢もいたのだ。この婚約者が、同じように愚かな行いをしないとも限らない。
「はい、出しませんわ」
「本当だな?」
「ええ、あなたが美味しくないと言ったら出しません」
ふん、とゲンマは鼻を鳴らす。
「いいだろう、作りたければ作れ。ずっと見張っているから余計な小細工は出来ないからな。忖度もしないぞ」
「ええ、正直に感想を言ってくれればいいです」
どうせ大した料理が作れるとも思えない。
ゲンマの顔を見ればそんな心の内が読み取れるが、そんなことは気にしない。簡単に話を聞いてもらえるとは思っていないし、聞いてくれるまであの手この手で懐柔していくつもりだ。これまでだって、そうやって粘り強く交渉してきたのだから、なんてことはない。
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